第2幕、第1場「サワ サワ サワ」「ザッブーン」:海が近い
文化祭の俺たちの出し物は、野菜の新芽で漫画を表現する「漫花壇」。
戦前までは田畑の広がる平野だった土地柄か、この手の出し物は先生方が喜ぶ。
漫画は3つあって、ヒーローものと、忍者もの、男装姫の恋(キューピットと弓矢付き)。
後片付けも終わったので打ち上げをしようと思ったけど、人が集まらない。
手を挙げたのが10人。
そのうちの6人は桃色空間の中で完結していて、皆で出かけても、少数派の俺たち(男は俺だけ)は気まずいだけだ。
そこで、独り者どうしで「余り者の慰め会」を行なう事にした。場所は「漫花壇」の隣、そこに新しい絵を「蒔く」。
実は、俺が「漫花壇」現場担当の時間に、用務員さんがやってきて、秋まきの野菜(大根とエンドウ)と花(咲いてのお楽しみだそうだ)の種をくれたのだ。
2週間前から巡回の度に「漫画」の成長を見守っていたそうで、俺たちの企画が文化祭後も続くことを期待して耕したての花壇を「漫花壇」の横に準備してくれていたそうだ。
その時居合わせたのは、桃色でないほうの女子のみ。
となれば、俺たちだけで種まきでもして時間を潰せば、残りの6人は(キャンセルだと勘違いして)先に帰るだろう。
幸い、花壇は校門とは反対の方向で、放課後は誰も寄らない。
連絡? 田舎町の進学校じゃあ、俺みたいに持ってない者もいる。女子2人も登下校での緊急連絡以外に使わない。問題なし。
花壇用地に、3組の男女を、傾きバラバラで描く。トイレマークに毛の生えた絵だけど、まあ、男女と分かる。
もちろん、想いの向きを示す矢印とハートも加える。祝福としてだ。決してやっかみじゃない。
そこに貰った種を蒔いた。
こういう作業も、なんとなく打ち上げっぽくて良いと思う。
エンドウは矢印専用。その心は、蔓の向きは朝晩で変わる。
花と大根、どっちを女にするかは、ちょっと悩んだ。
『花を男にしたほうが面白いよね』(女)
との意見に全員一致したものの、大根を女にすると、セクハラ云々という雑音が入りそうなので、諦めた。
今は、ある意味、戦前よりも厳しい自主検閲時代かも知れない。
ついでに、7人目も加えた。出来るだけ可愛く書いた女の子のイラスト。桃色空間の破壊者となってくれることを期待して。
僕個人の願いとしては、好奈さんの心を奪った暗馬君が、7人目へと心変わりしてくれることを願って。
こんな醜い俺だから、女子にモテないのだなと思ってしまう。
知ったかかぶりの見栄っ張りで、誰かを助けるという行動には移せない臆病者、挙げ句に他人の幸せを呪ってしまう。
それが俺なのだと自覚してしまった。
作業が終わった所で、「余り者の慰め会」に向かった。
俺を含めて3人しかいないのだから、回転焼き・たい焼きか、たこ焼きあたりか。
男は俺一人。といっても、両手に花にははなり得ない。俺は失恋中で、女子は俺を、路傍の石・異次元人と思っているからだ。
4人目? いたっけ?
一応、他のクラスの打ち上げと重なりそうな場所は避けて、我が家に近い商店街にした。
自転車の女子は、方角が少しずれるだけだ。
バス通学の女子も、バス停を彼女の自宅の方向に2つずらすだけで済む。
交差点を曲がって商店街を視野に入れた時、なんとなく違和感を覚えた。
『あれ? この通りって、こんなに短かった?』(自転車女)
そっか、鳥居が近いのだ。150m先ぐらいだろうか。本来なら200m。
その時。
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「サワサワサワ」
風が街路樹を鳴らす音が、より人工的な音に変化した。何の音かは分からないが、少なくとも街路樹の音ではない。
街路樹の枝葉の動きが自然な事を確認して、改めて正面を見ると、一の鳥居が、さっきの位置より少しだけ近い。
まるで「だるまさん、ころんだ」のように。
しかも、鳥居を中心に視界の長方形部分が、漫画のように二次元の絵になっている。
幻覚なのか?
『鳥居が近づいてるっ』(女)
『映像よね、スクリーンが近づいているかな?』(自転車女)
『でも、スクリーンって何処にある?』(女)
3人同時に見えている=幻覚ではなさそう、という事で、若干の余裕が生まれた。
「空中投影ってやつ?」
と、乏しい漫画知識で取り繕いの答えを出した。原典の「おぼろ影」は、たしか白土三平だったか。
その時、
「ザッブーン」
海の波が押し寄せる音がした。
音と共に、一の鳥居の向こう側に海が見える。空ではなく海だと気付いた、というのが正しいけど。
距離にして150mぐらいだろう。
二次元の一の鳥居自体は100m先ほどまでに迫り、微かに潮の香りまで漂っている。
視野を左右に振ると、長方形の二次元空間の外は、立体感ある見慣れた風景で、木立は秋の微風に揺れていた。
ここから海までは2km近く離れている。台風の日こそ海鳴りが聞こえるし、海風の強い日には微かな潮の香りがすることもあるが、海は決して見えない。
見えたとしたら、それは戦国時代まで遡るだろう。
だから、理詰めで映像だと分かるが、その前に、俺は音が人工的だと感じた。
俺の知っている浜辺の音とは少し違う、テレビなどで聞くような音だったからだ。スピーカーからの音という感じが全くしないものの、耳は聞き分ける。
そして、空気の肌触り。
海岸近く特有の、塩がべたつく感じがしないのだ。
『みて! 海よ』(女)
『リアルー! あたしたち、凄いもの見てるんじゃないの?』(自転車女)
映像技術と音響技術、そして気体散布技術の見事な組み合わせだ。
その凄さに、俺は不安を感じた。疑問なことが多すぎるから。
何故ここで、とか、どうしてニュースになってないのか、とか色々あるけど、至近の問題は2つ。
機器は何処かということ。
そして何より、これが安全なのかということ。
辺りを見回しても、投影機らしきものも、スピーカーらしきものもない。
ネタが不明な、非日常現象には、だれもが原初的な恐怖を抱くものなのだ。
一方で、同行者の女子は、俺の「空中投影」という説明で安心したのか、
『もうちょっと見てようよ』
と、危機感が足りない。
もっとも、野次馬心理に陥ってしまっているのは俺も同じだ。
ネタとなる機器を探すべく、何も言わずにその場に立ち止まった。
映像の鳥居が近づく速度が次第に落ち、俺たちの立っている場所には届かない気がしたからだ。
やがて、一の鳥居までの目視距離は固定された。50mほど先。
ここまで近いと、海辺がよく見える。浜辺のある岩場だ。
そう気付いた時
「バッシャーン」
波の割れる音がした。
二次元の波しぶきが終わった時、予想外の姿が現れた。
7人の男女。二次元ではなく、立体的に見えるリアルな人間。
それは、打ち上げを表明した10人のうちの、残りのメンバーだった。




