1-4場「ガタ ガタ カラ カラ」:荷車、それとも馬車?
文化祭での俺たちの出し物は、野菜の新芽で漫画を表現する「漫花壇」。
漫画は3つあって、ヒーローものと、忍者もの、男装姫の恋、甘酸っぱいかも知れない男女もの。あれ? なぜ4つも描かれているんだっけ?
内輪だけの打ち上げを学校から徒歩範囲の我が家で行なうことになり、今はそこに向かう途中だ。俺を含めて全部で5人で、うち2人は自転車を押している。
人数が思ったより少ないけど、少なくとも気に入った女の子が一緒だからラッキーぐらいに思う。
このくらい少なければ、ジュースとかつまみとかの買い物も皆で行った方が楽しい。
そこで、自宅に近い商店街の八百屋で調達することにした。
裏参道沿いのお陰か、今でもシャッター街になっていない。
交差点を曲がって商店街を視野に入れた時、猛烈な違和感を覚えた。
八百屋、豆腐・揚げ物屋、酒屋、呉服屋、金物屋、家具屋、米・塩屋、駄菓子屋、お汁粉屋、飯屋、魚兼寿司屋、うどん屋、鍼灸。一番奥が一の鳥居。全て平屋か二階建てで、自販機もない。
参道だからこんなものだと思い込んでいたけど、一体、いつの時代だというのだろう。
そう気付いたとき、背後から、この光景に相応しい音が聞こえた。
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「ガタ ガタ カラ カラ」
木や鉄の車輪の車両が、ゆっくり走る音だった。自転車で引く荷車、あるいは、馬車。
ワクワク。
馬車は、欧米の観光地で旅行客向けに増えている。
だから、いつしか神社のある町内にも配備されたのではないかと、人知れず期待していたのだ。
それを想像してしまうほど「効果的」な音で、にもかかわらず、スピーカー感の全くない自然さだった。
乗り物としての馬車は、明治時代に上流階級で使われて、第一次大戦前後に自動車に駆逐された。農地での荷馬車も1970年前後に急速に姿を消した。
第一次大戦が自動車の普及を平和時以上に押し進めて、乗り物としての馬車が消えたんだよなあ。
1960年代の高度成長期、耕耘機が普及して、荷車の弾き手が馬や牛から耕耘機に変わって、荷馬車も駆逐されたんだよなあ。
自転車で引く荷車だけは生き残っていたけど、それもリアカー世代が引退するに連れて徐々に姿を消して行ったんだよな。
そんな近代技術史を瞬時に思い出す。
というか、そんな授業、受けたっけ?
おぼろげな回想は一瞬で終わった。振り返った先に、音から予想できないものが見えたからだ。
『じんりきしゃ(人力車)?!』(自転車女子)
それは2台の人力車だった。背景の二の鳥居を合わせて、20世紀初頭を思わせる構図となっている。
2台は競争するようにこちらに向かっていて、その横ぶれ縦ぶれや弾き手の息づかいはリアルな動きそのものだった。
『いや、あれ、映像だと思う』(女子)
「うん、凄いね」(自転車男子)
そういう感想が出るほどに精巧な映像だった。
2010年代に始まり2020年代に主流になった「実写を2次元に落とす」という技術は、ここまで発展したのか!
投影機が何処にあるかを探すも、なにも見当たらない。
それはリアルさ輪をかけ、映像の人力車が近づくに連れて、俺たちは思わず道を空けた。
音がミキサーか何かで強調された「馬車の効果音」であることを除けば。
二次元を決定づけたのは、木陰から日向に出てきた曳き手と、続いて出て来た女性客の姿。明らかに漫画風・浮世絵風なのだ。
曳き手は学生風の出で立ちで、女性客は女学生風で、いずれも典型的な大正ロマンの漫画に出て来るようなデザインだ。
2台の人力車は、商店街で一旦止まった。お汁粉屋の前。
"僕の勝ちだね。 ユミ様、到着しました"
"しかたない、ここは私がおごろう。カナヨお嬢様、さ、お手を"
という男たちの声に続いて
"ありがとう、カナオさん"
"ご相伴に預からせていただきます。 ツルヤもちゃんとお礼を言いなさい"
という女たちの声が聞こえて来た。
どの声も、声優さんたちのように明瞭で聞き取りやすい。
"ごめんくださーい"(女達)
"いらっしゃい、あら、ユミにカナヨじゃないの。 カナメ、お友達が来たわよ"(女将さん)
"いや、今日は客として来たので"(男)
"こいつが全部払うから"(男)
お汁粉屋には看板に「しるこ かなめ」と書いてある。娘の名前を店の名前にしたらしい。
なぜ斜めからでも見えるかというと、店は俺たちの立っている交差点からそれほど離れていないからだ。
さっき元の商店街を見た時は、100m以上先にあったように思うけど、今は50-60mぐらい。
投影画像なら、同じ構図でも、そのくらいに距離間を変えられる?
お汁粉屋が明らかに投影画像なのだから、そこから先の商店街も、左右とおに二次元映像のはずで、よく見ると、確かに実写を元にした二次元映像だ。
とすると、二次元なのは、もしかして直ぐそばまで?
そう思った時、この映像に重なったらヤバいと直感が訴えた。
そういう恐怖を感ずる暇もあらばこそ、同行者が
『なに? あの矢印』
「映像だったらアリか?」
『漫画まんま!』
と騒ぎだした、
俺たちと同年代と思われる5人の映像の間に、ピンク色の矢印が浮かんだのだ。まるで漫画だ。
さっきの会話から想像できるように、両思いが2ペア。
しかし、その濃淡に差がある。
お嬢様風の2人からは、それぞれの曳き手に向けて実線の矢印が出ているが、逆向きは点線なのだ。
その代わり、彼らからは、黄色い細い点線の矢印が、看板娘に向かっている。好奇心というか、好意一歩手前というか。
思わず、明日には色も太さも変わっているのでは、と思ってしまった。
俺たちが観客で居られたのも、そこまでだった。
看板娘から、黄色い矢印が伸び始めたのだ。
行き先は同行者の男。
「暗馬君、あぶない」と声を掛けるも
「え、なに?」と呑気に構えて、スタンドを下ろしている自転車を取ろうとすらしない。
一方、女子は気付いたのか
『君子、危うきに近寄らずだよ』(自転車女)
『ちょっと、はなれようよ』(女)
と、脇道の方に足を踏み出した。
俺は、というと少しだけためらった。というのも、3人目の女子、佇まいが静かで俺が気に入っている好菜さんが、暗馬君のことを気遣って、彼の肩に手を掛けて
『ね、行こう?』
と呼びかけたからだ。
俺には怖くて出来ないことを彼女は平然とやっている。そして、そこまで見ても、俺は暗馬君の腕を引っ張る勇気が出なかった。
自身の卑怯さ、勇気のなさを恥じたが、それでも根拠のない直感のみで、俺は身の安全を優先させた。
矢印が暗馬君に届いた時、果たして彼は二次元の映像にとって変わった。学生服のまま。
そして、あたかも幼なじみに会ったかのような顔で、
"やあ、久しぶり"
と、普段のボソボソよりも通る声をかけて、看板娘たち5人の方に歩いて行った。
怖くなった俺は、とうとう立ち退いて、脇道に逃れた。
好菜さんを助けることが出来ずに。
脇道に逃れた俺たち3人は、好菜さんまでもが二次元に取り込まれ、6人の集団に合流して行くのを呆然と見るしか無かった。
そこには新しい矢印が浮き上がっていた。暗馬君だったらしい漫画と、好菜さんだったらしい漫画の間に。
それは両思いを示すものだった。他の2カップルと同じ実線と点線の組み合わせで。
俺には始めからチャンスが無かったのだ。
それにしても、暗馬君が女子に一番モテていただなんて。
決してイニシアチブを取ることがなく、運動も中の下で大人しめの彼が。
ラブコメ主人公そのものじゃないか。
映像の若者7人が店の中に入ると、商店街は次第に元の姿に戻っていった。
もしかしたら、これ自体も実写映像かも知れないけど。
自転車のあったところでは、放し飼いの猫が日向ぼっこをしている。
通り行く車の音と排ガスの臭いで、俺は不思議な感覚から現実に戻った。




