1-3場「パッカ。パッカ」:馬の足音
文化祭が終わった。
俺たちの出し物「漫花壇」は、二コマ漫画を地面に描いて、そこに種を撒いて、新芽で漫画を表現するというもの。新芽だから野菜を使っても、それが花でないとは分からない。
漫画は3つあって、ヒーローものと、忍者もの、男装王女の恋、甘酸っぱいかも知れない男女もの。あれ、3つじゃなかったっけ?
打ち上げを学校から徒歩範囲の我が家で行なうことになり、今はそこに向かう途中だ。俺を含めて全部で7人で、自転車が4人。
誰か足りない気がするが、些細な事だ。だって、ここには準備を通して気に入った女子がいるのだから。
途中、商店街の端を渡る。反対側は裏参道になっていて、交通量が少ない割に道は広い。買い物に出ていた自転車組のうちの2人は店と品物を特定しただけで、既に合流して、自転車を押して歩いている。
神社の裏側だけに、バス通学するような女子の中には、こちら方面に疎い女子もいて
『へえ、ここが裏参道なの?』
と関心してくれたりする。
地元に興味を持ってもらえるのは嬉しい。でも、得意ぶって説明するのは禁物だ。でも一言だけ
「うん、だから商店街も生き残っているんだ」
そう答えて商店街を振り返ったとき、違和感が俺を襲った。
『雰囲気、あるー』(女子)
『言われてみれば、確かに』(女子)
「そんな目で見たこと無かったよ」(男子)
レトロ。
打ち上げのノリで、些細な事でも楽しむ同級生を尻目に、俺が気になっている女子だけは、無口で買い物組を待っていた。
こういう性格の良さが……理想化は駄目だ。単に買い物組の男子に気があるだけなのかも。
そんな煩悩を抱く間もなく、後方遠くから、しかし明瞭な音が聞こえて来た。
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「パッカ。パッカ」
馬がゆっくり固い路面を歩く音だ。音は一頭だけ。にもかかわらず、耳の神経を支配するほどの「効果音」だった。
思わず裏参道の方を見返すと、100mほど向こうの境内から、人馬が二の鳥居を潜って出てくるところだった。
あれ? 境内は砂利道で、足音は「パッカ。パッカ」でなく「ザック。ザック」の筈だ。
そんな驚きも、人馬を完全に認識した時に上書きされた。
境内の森の陰で、始めは分からなかったか、参道の陽光の下に映し出された姿は、人馬でなく、人馬の絵のような何かだったからだ。
見た目には大きな看板に描かれた絵のようでありながら、馬の足の動きも、人が馬の上で揺られている様子も、それが看板であることを否定している。
それが鳥居の下、真ん中、本来なら神の通り道として忌避される場所を、ゆっくりこちらに向かっているのだ。
はっきり見えるにつれ、それが流鏑馬一式、すなわち狩衣の背中には矢筒を、手には弓を持った人であることが見て取れた。
ただし、明らかに二次元。まさにアニメだ。背景が現実空間の。
「空中投影かな?」(男子)
『凄ーい』(女子)
『お祭りで使うのかな』(女子)
この神社の大祭は近い。大祭とは別の季節に流鏑馬神事を行なわれるが、もしかしたら、そのデモ映像かも知れない。これほどの投影技術なのだ、祭で公開する価値はある。
もっとも、俺には……どうやって投影しているのか、どころか、何処に投影機があるのか全然分からないけど。
「すげーなあー」
と思わず関心した。
でも、同行者の興味は別のところに移っていた。
『それよりも、あの姿』(女子)
『あれって、弓美ちゃんの……』(気になっている女子)
言われてみれば、鳥居を神殿の門に入れ替えれば、弓美が「漫花壇」で描いたヒロインとそっくりの構図なのだ。矢筒に弓を持って外に出て行く男装の女騎士。
そして、映像(?)の人も、黒髪の美しい女と輪郭。男装姫。
確か、あの漫画は、横から襲ってくる刺客を取り押さえ(1コマ目)、その後、あとから追いついたお忍び中の変装王子が何かを差し出した時に、顔を赤らめて、恋する男装乙女(2コマ目)となったっけ?
それを、もう1人の買い物役である弦矢がベタ褒めしていたっけ。
それらを思い出したところで、二次元「映像?」にも変化があった。
男装姫を中心とした長方形の視野が、全て二次元に見えたのだ。背景の森や鳥居、石灯籠を含めて。アスファルトの参道は濡れた石畳に変わっていた。
二次元に見える範囲は、馬がこちらに近づくにつれて広がってくる。
俺の目がおかしくなったのかと疑ったが、同行者も同じように驚いていた。
馬上の男装姫の映像が50mほどにまで近づいた時。
その後ろ、境内横の脇道から、買い物組の弓美が自転車でやって来た。
俺たちから見ると、弓美が斜め後ろから男装姫を襲うような角度だ。
その後ろで、大量の打ち上げ物資を荷台と籠に乗せた弦矢が、弓美を追いかけるように脇道から現れた。
その弓美は、二次元の長方形視野内に入るや、自転車は暴走する荷車の映像に、弓美は襲撃者の映像に上書きされた。
そして、映像の中の男装姫が、映像の襲撃者をあっという間に取り押さえた。
その際の主人公が取り押さえる「ドン」「バサッ」の音も、テレビとかで聞く効果音と同じようにはっきり聞こえた。しかも、音源はその映像らしき場所。
馬は止まって、そのまま横を向いた。
それはアニメ。しかもディスプレイの中ではなく、3次元空間の中での上映だ。
弓美はたまたま映像と重なっただけだろう。そう思ったのに、弓美も自転車も、「立ち止まった」に見える二次元映像の手前に出てくる気配がない。
あたかも、二次元映像に取り込まれかの様に。
代わりに目につくのは男装姫だ。その輪郭は、まるで弓美の、思いっきり美化された似顔絵だ。
似てるかも、と思った次の瞬間、弦矢の
「こっちは大丈夫だよー」
という声が、男装姫の映像の向こうから聞こえた。
荷物が多いのを弓美が気にしていたらしい。
その、弦矢の姿は、と探すと、さっきの自転車の位置から類推できる場所に、格好良い武士が馬に乗って近づいているアニメになっている。そこは既に二次元の長方形視野内だった。
辛うじて、視野から僅かにはみ出た場所に、自転車の後輪と学生服を半分が映っていた。
弦矢もまた、二次元に取り込まれているのだ。
そういえば、弦矢のセリフは、その後半が、肉声ではなく、映像付随の声に変わっていたな。
映像の人馬は再び歩きだした。
思わず道を開ける、というか距離を大きく取るべく、自宅に向かう小道に入る。
仲良く轡を並べる二次元画像は、商店街の方に向かって行った。
「ポッカ、ポッカ」という足音を立てて。
後ろから見る彼らの姿は、まるで、馬に乗った和装の巡査2名と、引き立てられる在任。
それは、明治時代を思わせる商店街の「絵」にぴったりとマッチしていた。
微かに残る、馬特有の臭いだけが、これが幻覚や映像でないと訴えていた。




