終-5場:文化祭の打ち上げ
この前に【補足=終幕、第2場】を挿入投稿しております。
文化祭の打ち上げを、俺の所で行なった。来たのは「延べ」10人。
だが実質的には5人ぐらいという気分だ。さっさと3人が、いや7人が抜けてしまったのだから。
買い物係の自転車組4人のうち、2人が家の前で合流した時、リーダー格の仮名女は、そのまま帰って行った。
来るまでのおしゃべりで満足したのか、あるいは俺の家を見て入る気が失せたのか、と思ったが違った。
漫画のネタを思いついたので、忘れないうちに描いてしまうとのことだった。
残りの2人のうち、ひとりは俺の家を知っているので、そちらに任せ、打ち上げの準備をする。
畳部屋に、低いテーブルを出して、そこに座布団やらグラスやらを配り終えた。2人はまだ来ない
1回目の乾杯をして5分ほど経ってもまだ来ない。
スマフォが登場する前の時代、道に迷うのは日常茶飯事だったが、理由は違う。
道草デートを楽しんでいるに決まっている。
やがて、自転車組の暗馬君が2人を捜しに行ったが、その暗馬君も帰って来ないので、今度は女子2人まで捜しに出た。片方は自転車を押してで、もう片方はは俺が以前から気に掛けていた好菜さんだ。
好菜さんたちが出て、5分ぐらいして、遅れていた自転車組が、、自転車の女子と一緒に戻って来た。
既に俺たちが家に着いて30分近く経っていた。
でも、2人は言い訳もせず
「暗馬君は好菜さんに付き合って、歩いて戻って来るから遅れるよ」
と言って家に入って来た。
俺以外は口を尖らせていたが、俺にとっては些細だ。
そんなことより、好菜さんが遅れる方が問題だから。
ともあれ、待機組をこれ以上待たせる訳にもいかず、7人だけで2回目の乾杯を行なった。
そのあと15分ほど雑談していたが、女子の一人が
『そういえば、**を持ってるんだって聞いたけど』
と、俺の秘蔵の漫画について尋ねてきた。
「あるよ、隣の部屋」
と案内すると、女子2人がそこに籠ってしまった。
叔父が入学祝いに全巻揃えてくれた奴で、漫花壇を作る流れで、自慢した事がある漫画だ。
どうやら、これが目的で、こいつらは俺の家で打上げすることに即座に賛成したのか。
というか、女子が大挙して来訪する理由としては、寧ろ自然かも知れない。
残るは俺を含めて計5人。うち女子2人。尤も、彼女たちは男子に持て余されている連中で、会話はそこまで弾まい。
そのせいもあって、野郎どもも
「様子を見てくる」
と言って、ひとり、その後すぐに、残りのひとりが漫画部屋に向かい、そのまま戻って来なかった。
残るは不人気な女子2人のみ。
俺はホストとして話を合わせるのに懸命で、会話の中身は当時から何も覚えていない。。
一応、女子2人には十分に楽しめてもらったようだが。
俺が待ち望んでいた好菜さんは、1時間後に暗馬君と戻って来た。手には本屋で手に入れたらしい漫画週刊誌を持って。
彼らが合流したことで漫画読みは終わって、9人でやっと乾杯となったが、漫画を読んでいた女子2人は、もう帰らなければならないと宣う。
その後、ずるずると15分ほど話をしたものの、本格的な片付けの時間となって、そのままお開きとなった。
こうして、打ち上げは、俺だけが不完全燃焼で終わった。
皆が帰るのを見送ったとき、遠くに虹が半分だけかかっているのが見えた。
それが夕焼け雲と混ざって、漫画花壇のモチーフにひとつとそっくりになった。
ここにいない仮名女が担当した奴だ。
いっしょに見上げたのは余り者の女子2人。残りは既にカップルになって、別世界を作っている。
全てが二次元に浸食された。そして、それが3組のカップルを目に見える形で成立させた。
男子では俺だけを除いて。
苦い思い出だ。
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ここまで思い出して、今までの多重記憶が腑に落ちた。
その根底には、打ち上げが漫画に浸食されたという強い恨みがある。
そして、虹にしろ、雲にしろ、H2Oを媒体としたホログラムの一種だ。
これらが記憶の奥で強く結びついていたのだ。
だからこし、人生に置ける重要な体験で、記憶の中にホログラムが加わったのだろう。
心が普段より空ろな部分を持っていた時なのだから。
とはいえ。
俺の精神衛生上、そういう解釈は好みではない。人生は魅力的であるべし。
そこで、御神体らしき鏡にも役割を与えることにした。
見つかった鏡に象徴される古き神もまた、神社合祀と洪水で完全に失われたことへの恨みを持っていた筈だ。
それらが、漫画という共通点を通り道に「漫画の浸食」という形で増幅され、過去の記憶が書き換わったのかも知れない。
あるいは、掘り出してもらうために、遠くまで届く電波を出し続けたとか?
幻聴も同じだ。古き神の恨みの通り道にアンプがあっただけ。
人生における衝撃的な体験は、そのきっかけに過ぎない。
理由なんか、どうでも良い。
俺は記憶が統一されてハッピー。御神体は掘りだされてハッピー。
それで十分ではないか。
科学であろうがSFであろうが怪異であろうが、幸せの前に、そんな違いは些細だ。
とにかく、この日以来、俺は多重記憶で悩まされることが無くなったのだから。
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見つかった鏡だが、氏子さんから後日聞いた話によると、博物館ではなく、神社の宝物殿で引き取る流れになっているそうだ。理由は
「やっぱ、御神体だったとしか思えないからね」
とのこと。
この地方では、宝物殿が発展する形で戦前の博物館が設置された。
それが戦後の政教分離で、管理が替わって県立博物館となった経緯がある。
しかし、時代とともに、博物館に収め納めるべき歴史的遺産は増え、博物館では収納しきれなくなった。
そこで、神社に関係が深いと思われる発掘物は神社の宝物殿に納められるようになったのだ。
「うーん。そのまま宝物殿で眠るのかなあ?」(氏)
「どういうこと?」
「いやね、君の話が結構大げさに伝わって、ちゃんと祀るべきだって意見もあるんだ」
花壇跡は、そのまま遊水池として残す事が決まった。
もちろん、きちんと掘り返して過去の流出物を整理してのことだ。
それは、ゴミや流出物の中に混ざって土の中に長年埋もれていた御神体にとっても本望だろう。
その後、鏡の仮住まいの宝物殿で、3次元投影だか幽霊だか分からない何かが目撃される例が多発した。
俺は関係者による狂言だと思うが、きっかけとしては十分だ。
それを受けて、遊水池のほとりの一部の土地を、神社と県とで、等価交換することが決まった。
過去に県が博物館を作った時に、神社の土地の一部を県に無償で貸していたのを、一部、正式に県の土地にするという形でだ。
それで良いのか、政教分離?
東京圏では有り得ないような、いい加減さだが、今の場合は納まりが良い。
そこに置かれる御神体が何なのか、発表こそされていないが、俺たちには自明だ。
これで怪異ファンタジーとしては完結になります。ただ、このままでは消化不良の読者もおられるかも知れませんので、一応、この次に【蛇足=カーテンコール】があり、そこで完結マークを付けます。
冬休みに(時間があれば)更新予定の第2幕、第3・4場は、無くても困らないというか、話の質が異なる予定なので、【番外編】扱いになると思います。




