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【蛇足】終-2場:文化祭の思い出

お話としては、この位置(第2場)に来ますが、ホラーの方向性が違う上に、省略しても話は繋がります。むしろ第4場のあとに読んだ方が分かりやすいかも知れません。なので【蛇足編】としました。


俺には複数の記憶がある。いずれも文化祭前後の記憶だ。


文化祭の思い出として、2つの矛盾する記憶があることに気付いたのは、まだ20歳台だった頃だ。

 次に気付いたのは30歳過ぎ。この時は文化祭当日と翌週の両方の記憶が増えていた。

 不惑の歳に近い今は、もっと多くの記憶を持っている。

 どれが正しい(あるいは全て間違っている)かは分からない。

 そればかりか、どの記憶を、別の記憶より以前から保持しているかすら、分からないのだ。

 だから、老化系の病気ではないかと、一時期は気になったが、今では割り切るようになった。

 頭の処理能力や心の許容量は、現在や将来に割り当てるべし。

 人生は楽しまなくっちゃ。


複数の記憶を持っている、と気付いたきっかけは覚えている。

 初めて気付いたのは妻を射止めた時だ。当時、俺は20歳台後半で、彼女はまだ二十歳(はたち)だった。

 彼女を巡っては、複数の競争相手がいた。

 最大の競争相手とは、年齢差の点でも、給与の点でも、スポーツや遊び、スマート差でも負けていた。

 でも、競争相手は真面目すぎて、お互いをもっと良く知りたい、というレベルでの付き合いを望んでいたらしい。

 それだけが俺の勝因だ。それでだろうか、競争相手に対して若干の引け目がある。

 それが複数の記憶を生んだのではないかと今では思っている。


結婚した翌年に子供が生まれた時にも、記憶が増えた。

 仕事場の全員から、育児休暇をまとめて半年取るように、強く薦められたのがきっかけだ。

 他の男性スタッフは、最低限の育児休暇しか取っていなかった。

 彼らの奥さんたちが、俺の妻よりもバリバリに働いていたにも関わらずだ。

 他の部署とかに聞き回ると、俺が今の職場で煙たがれていたらしいと悟った。

 仕事以外のことで五月蝿すぎるとか、不要な仕事を増やしすぎとか、そんな理由だった。

 もっとも、俺自身の欠点を自覚するきっかけになったので、結果的には良かったと思う。

 1年後には関係が改善したが、それでも、増えてしまった記憶は減らなかった。


一番最近では、妻の、歳の離れた弟が、とある思想団体にのめり込んだ挙げ句、その団体の幹部が刑事告発された時だ。

 思想団体の母体は、経済学者と称する配信者の信者で、その配信に義弟も嵌(はま)ってしまった。

 金を払って受ける大学の講義と違って、無料の配信は、デメリットを過小評価させたり、捕らぬ狸の皮算用をメリットとして過大評価させたりするのが常道だ。

 一部の真実、たとえば見逃しやすいデメリットや副次的なメリットを、あえて誇張せずに正しく扱うことで信頼度をあげる、といった技術。

 ひとつの嘘と、3つの誇張を信じさせるために、16個の正しい情報を語る技術。

 大学の類似の講義やゼミ討論を取っていない人間には、それで十分だ。

 20歳になるかならないかの、受験対策のための純粋培養から放りだされたばかりの大学生に、そんな配信への免疫はないのだから。

 実際、義弟も「共感」という名の信者になってしまった。


俺や妻はもちろんの事、義弟の同級生や先輩も、配信にのめり込まないように忠告したが、それは何の役にも立たず、おそらくは逆効果だった。

 非難される者どうしは、現実逃避も兼ねて結束を固める。そういう教訓を得ただけだった。

 義弟たちの場合だと、配信の共感者どうしが、コメント欄で共感だけなく疎外感を語り合って、それが彼らだけのソーシャルネットワークという形で引き継がれ、強化された。

 そのうち一部メンバーはオフラインですら会合を開くようになった。

 思想団体【脚注】の誕生だ。


こうなると、敵対意見や配信者の説明不足を補足した者を、敵視・蔑視した挙げ句に、共同で排除しようと動き出すのも時間の問題だろう。

 やがて、コメント以上の手段で「嫌がらせ攻撃」する思想団体に様(さま)変(が)わりした。

 告発の話を聞いた時、俺は、身内すら守れない、無力な人間であると思い知らされた。

 その心労が原因だったと思う。俺の矛盾する記憶が増えたのだ。


告発の直後、大学も名前も同姓同名の老教授が任意取り調べを受けた。

 しかし、取り調べの直前、老教授と配信者の姿が全く異なっていることが判明した。

 大学関係者によれば、教授は山登りや釣りなどの趣味で忙しく、配信どころか動画サイト自体に全く興味が無いらしい。

 名前を騙られた被害者であることは明らかで、警察も後日、後追いで被害者だと認めた。


画像解析に詳しい有志が、問題の配信映像を調べたところ、実体のある人物ではなさそうだという結論に達した。

 登場した自称経済学者は、AIにより生成されており、見た目の印象を「信頼出来る人」と感じさせる技術が色々と使われていたそうだ。

 となると、応援コメントもAI生成の可能性が出てくるが、こちらは文章が短いうえに、名前が分からないので同定は難しいとのことだった。

 これらAI生成物は、件(くだん)の思想団体の幹部がでっち上げたないかと噂されているが、彼らの専門や経歴をみると、そういう事ができる素養がなさそうで、真相は未だに分からない。

 ともあれ、義弟がAI映像の被害者になった。それだけが残った。


このAI配信事件が俺の複数の記憶に影響を及ぼしたのではないか、そんな疑問は当然湧(わ)いた。記憶の全てに、背景を含めた偽の立体映像・ホログラムがあるからだ。

 だが、この事件の前から、それどころか、初めて複数の記憶があると気付いた時から、偽の立体映像が記憶に入(はい)っている。

 だから、必ずしも、義弟の事件が全ての記憶に影響を与えたとは限らない。

 むしろ、文化祭前後に、偽映像らしきものを見て、それを忘れてしまっている可能性だってある。

 それとも全く別の、それこそ記憶の中の真空管が関係する何か?

 これらの謎を解く鍵が、この第4花壇の下にあるに違いない。

 なぜだか、そんな確信があった。

【脚注】義弟がハマった思想は、外国人を減らすために、リフレを止めるだけでなく、少しでも介助や高額医療が必要になった高齢者に、安楽死を推奨するというものだ。


元となるネット配信での論旨は、はじめはそこまで過激ではなかった。

 ● リフレによってホワイトカラーの求人が増えた。

 → その結果、福祉や運転、インフラ維持などの技術系・熟練系の肉体労働に就(つ)く日本人が減った

 → その結果、外国人労働者に頼らざるを得なくなった

 → 外国人が増えれば、欧州のように、大都市内に外国人が集中する区画が発生するだろう

 → 日本の暗黙の常識を知らなくても(郷に従わなくても)外国人が生活できるようになるだろう

 ● アジア全体の出生率低下で供給元が細る現在、この先は質が低くても採(と)らざるを得(え)なくなる

 → 日本文化を軽視した行動をする外国人従事者が増えるだろう

今にして思えば、いかにもAIの作りそうな配信内容だ。


そして、登録者という名の信者が増えたら、彼らからの疑問に応えるように、論旨が段々過激になり、やがて根拠の無い陰謀論と偏見をぶち上げるようになった。

 ● 外国人を嫌う筈の国粋復古主義者だからこそ、奴隷なみの安価な労働力として外国人を見下し、使い潰すつもりだった

 → リフレ政策自体が、単純・熟練を問わず、肉体労働を奴隷に任せる前提で始められた

 → だからこそ福祉関係の給与が低く抑えられた

 ● このままでは、福祉もサービス業だけでなく、建設やアパート維持などのインフラ関係も含めて、すべての肉体労働系が外国人だよりになる

 → 「暗黙の了解」が成り立たない者に、これらを任せたら、生活の安心が失われる・安全とは犯罪関連にかぎらない

 → これを防ぐには、外国人を不要とする政策が必要だ


こうして、不況(人余り)を作るべきという主張が生まれ、現在、外国人に依存している分野で、生産性のない受益者を切り捨てるべきだと主張している。それが高齢者切り捨ての部分だ。

 曰く、長期入院や大手術、介助を必要とする高齢者は、医療・福祉の人的リソースを食う前に死んでくれた方が、若者が助かる。

 曰く、安楽死を選んだら年齢に応じて相続税を減らすようにすれば簡単だ。


血の通わない、あまりにドライな主張と、それを支持する信者たち。

 恐ろしい時代が来たものだと、戦慄したものだった。


【脚注の脚注】ちなみに、このシナリオ作成にはAIどころか検索も使っておりませんので、AIがこんなロジックを組むどうかは著者の知る所ではありません。あくまで、この作品はフィクションであり、登場する人物や学校・神社・地形・思想は、実名を挙げた歴史的人物を除いて全て架空のもので、実在の何かとは全く無関係です。


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