3-5場:3次元目に拡張する二次元
翌日も前日の繰り返しだった。いや、もっと悪いと言うべきか。
朝は確かに全員が実体だった。しかし昨日「漫画」「人形」「AI映像らしき何か」になった連中は、
「キンコン カンコーン」
という音と共に、同じく「漫画」「人形」「AI映像らしき何か」に戻っていた。
しかも、より奇麗な造形、即ち、目、鼻、口、眉、耳が漫画っぽい(個性も大きい)それとして。
異常を認識出来る者同士で対策を話し合った結果、とりあえず対策を共有した。
・接触は禁物
・会話も出来るだけ避ける
・その上で、ハブり型のイジメという解釈をされるのを避けるように努める
・体育等では、認識出来る者どうして固まって、組になる時の接触(柔軟運動とか)に備える。
体育はサッカーで(ちなみに1年生はダンスらしい)、担当の教師は幸い生徒優先の人で、整列さえしてれば並ぶ順番は気にしない。
それでも当然のように虚像化・二次元化する者は増えていた。時間(というか、違和感のある音)と共に。
最後の授業が終わる頃は、クラスの4割が人間でない何かに置き換わっていた。
その被害者に俺が含まれなかったのは幸いだ。
放課後、時間差を意識して花壇に向かうべく、例によって宿題を済ませてから漫花壇に向かった。安全確保のため。
今日は、例の2人も一緒だ。
三方を警戒しながら校内を歩く。
途中、恐れていたとおり、漫画っぽい音が聞こえる。テニスの魔のサーブが金網にからまる「バン」「ドカン」「シュルルー」とか、校舎3階から植木鉢が落ちる「ヒュー」「パリン」とか。
いずれも、音源に近い人間が、明らかに2次元や映像に見える。3人で手遅れと判断して、無視して漫花壇に向かった。
水は撒かれていなかった。
担当者5人(映像または人形)は、全員が放課後、直ぐに教室から居なくなったのにだ。
もっとも、その辺りは想定内だ。昨日、水()遣りしたばかりなのだから、今日は必ずしも必要ではない。
問題は4つ目の漫花壇、俺たち3人で作った「3組のカップル」のほうだ。昨日の異常な成長が気になっていたのだ。
そこに蒔いた植物は更に成長し、花のほうに至っては、つぼみまでついていた。
二次元の漫画は確かに3次元目に浸食していた。
気を取り直して、バケツやスコップを置いている倉庫に行く。折角来たのだから、水()遣りぐらいはしたい。
扉を開いて再び目を疑った。
そこにはバケツの「絵」が如雨露の「絵」の横に置いてあったからだ。
二次元化した仲間が、バケツを取り出そうとして二次元化したとか?
二次元化した故に、実体のある水を扱えなくなったとか?
余りに非現実的な思考なのに、それを当たり前の可能性として受け止めている俺がいた。
その思考の延長で、異常成長を見せている花壇こそが、二次元による浸食の元凶ではないかという感想が浮かんだ。
そういう葛藤をしていると。
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「カン」
という音がした。不自然な音。ヤバい奴だ。
反射的に音源のバケツのほうを振り向くと、その横に見える女子の足先が二次元「漫画」のように見えた。
二次元はジワジワと上へ上へと広がっている。
『あんた、足』
『キャッ。なにこれ。あたしの足!』
どうやら俺の見間違いではなさそうだ。
一瞬、我が身かわいさに、彼女から距離を取ろうと思ったが、直ぐに気を取り直した。
俺は昨日、決心したではないか。これ以上、被害者を増やさまいと。
この2人と俺との間の縁はほとんどない。余り者による漫花壇を作っただけの関係で、今年度が終わったら、ほぼ確実に赤の他人に戻る。
でも、だからこそ危機から救うべきなのだ。
急いで彼女の腕を取って、倉庫から避難させた。
もはや一刻の猶予もない。
直感的に、異常な成長を見せる漫花壇「3組のカップル」だ。
カップルは更地に戻さなければならない。
倉庫を見ると、スコップは実体があるように思える。もしかしたら既に二次元化しているかも知れないが、一か八かだ。
意を決して、スコップを取ると、幸い、それには実体があった。
「俺たちの花壇を壊すぞ」
と宣言して走って行く。
そんな俺が、その場から逃げようしていると思ったのか、もう一人の女子は
『ちょっと、助けてっ、たら』
と咎めるが、
「そのためだ」
という俺の返事に、言い分を悟ったのか、遅れて鍬を手に取って追いかけてきた。
二次元化が進行中の女子も剪定鋏を手に、追って来る。
掘り返すべき野菜と花は多い。その間にも、二次元化はじわじわ進んでいる。
10分後、漫画のキャラを2人分掘り返した時、彼女の片足はスカートの下部まで二次元漫画となっていた。
20分後、キャラを2人分掘り返した時、スカート全体が二次元化していた。それでもさっきよりは遅い。
30分後、キャラを3人分掘り返した時、二次元化は直ぐ下に達していた。実体があるのは肩から上と腕のみ。
それでも、俺たちは間に合った。
『3組のカップル+1人』の漫画を全部掘り返したとき、彼女の二次元化は止まったのだ。首から上と、肘から先を残して。
花壇の脇に目を遣ると、苦労して掘った挙げ句に引き抜いた野菜や花は、いつしか、小さな苗、萎れかかった苗になっていた。
掘り返している時、土の下にガラスらしきものの感触があった。
となれば、それまで掘り出すのが自然な流れだ。
そうして、掘り出した物は、真空管が複数ついた残骸だった。
抵抗とか配線とかはボロボロになっていて、残骸が元は何だったのかは分からない。
これ以上、俺たちに出来ることなぞ無い。だから真空管の残骸を前にあれやこれやと想像(現実逃避?)した。
真空管で連想するのは、玉音放送で出てくる旧式ラジオ。そして、その元となる増幅器だ。
そういえば、あの花のつぼみ、なんとなくポピー(ひなげし)を連想したなあ。
幻覚の増幅。オカルト的には十分ありうる。
真空管が「私を掘り出して下さい」と願って、芥子による幻覚を増幅させたとか。
こういう時の定番は、丁寧に洗って、ちゃんと安置すること。いずれにしても、他にやれることは無いのだから。
水場まで持って行って洗うと、ラジオというよりは拡声器のような気がして来た。
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洗い終わった直後から、微かな音楽が聞こえている。
「タータ タン♪, タータ タン♪, タータ タータ タン♪」
ドボルザーク原曲の、故国を懐かしむメロディー。
テレビ等で、下校時刻を告げる音楽の定番だが、俺はまたかと身構えていた。
この学校に下校時刻を告げる音楽なんてないからだ。
でも、何故だか、今の状況にしっくり来ていた。
洗い終えた真空管付きの残骸を両手で丁寧に支えつつ、2人の所に戻る。
あの音楽の結果が気になるのだ。
そこには二次元化が解けて、喜びあっている2人がいた。
意外ではなかった。なんとなく、そんな予感がしたのだから。
校門に向かう途中、部活の連中を見ると、二次元化は完全が解けている。
部活を表わす「効果」音も消え、自然な音が校内を支配していた。
平常は翌日も続いた。
でも、いつ同じことが起るか、俺には分からない。
それどころか、俺自身が二次元の世界に囚われて、全てを正常だと誤認識しているのかも知れない。
夏休みが終わったので、終幕の更新は遅くなります。




