3-4場「シャーーー」:花壇の水まきの音
その音は、花壇が見える前から聞こえていた。
「シャーーー」
建物に隠れて見えないのに、ノズルを通過する水の音だと分かった。
この位置から聞こえるとすれば、水道。でも、花壇のそばに足洗い場はない。
だからこそ、俺たちはバケツや如雨露で水やりしてきたのだ。
空のバケツを持って、建物の隅を曲がり、花壇が見える所に出ると、暗馬君と好菜さんが、仲良く如雨露で水()遣りやりしていた。
偉いな、と感心した。というのも、彼らはどの漫画も直接は作っていないからだ。
文化祭が終わったとき、もしも育て続けるなら、作った者の責任ということになっていたのだ。
なんせ、この季節だと、モヤシとカイワレは、あと2-3週間で萎れるはずで、水()遣りにあまり意味はないから。
漫画をデザイン・種まきしたのは、「ヒーローもの」は仮名女、「忍者もの」は仮名代と仮名男、「男装騎士」は弓美と弦矢だ。冗談で追加に作った漫花壇は、俺と女子2人の「余り者」が作った。
なのに、暗馬君と好菜さんは、花壇の維持の為に水()遣りに来てくれているのだ。
こういうところが、好菜さんの美点だ。
と、感心はしたものの、それ以上に気になることがある。
件の「シャーーー」という音で、それは如雨露から出ているらしい。水道ではなく。
変だと思って、もっと良く見ると、もっと大きな違和感に気付いた。
水の出方が、如雨露の傾きと合わないのだ。
そして、水がまるで二次元の絵のように流れていて、水しぶきの一つもない。
まるで漫画のように。
小学校の頃、初めて如雨露を持たせてもらった時、漫画や絵本で見覚えのある角度にする前は水が大量に出るのに、件の角度にすると、水が少し出ただけで止まってしまうのに気付いた。
そして、アニメのように一定の水量を維持するには、少しづつ傾きを上げる必要があることを学んだ。
その経験からして、目の前の光景が非現実的だ。
そう認識すると、暗馬君と好菜さんの2人も不自然に見える。
その動きは、今朝のニセ仮名女と同じく、AI生成の動きに見える【第3幕、第1場の脚注】。
そして、なによりも2人は普段よりもつやつやしていて、目がぱっちりしていて、口がサクランボで、服も皺がない。
影にも、回析による半影や地面の凸凹を反映したジグザグ、陽炎効果による揺らぎが足りない。
実体があるのだろうか。
もしかすると3次元立体像『幻影』?
2次元の映像技術を昇華させた先。
いや、脈絡の無さは、むしろ、別名の『幽霊』で呼ぶべきか。
そういう視点で目の前の光景を判断するに、2人と如雨露と水だけが『幽霊』なのだろうと見当をつけた。
声を掛けるのが躊躇われた。
話をするだけで、俺も二次元=霊界に取り込まれそうだから。
幸い、2人はおしゃべりに夢中で、こちらには全然気付いていない。
もちろん、目の錯覚の可能性は否定出来ない。
なんせ、屋外の二次元現象を見たという同士に、俺はいまだ出会っていないのだから。
でも、今朝の出来事に類似し過ぎているのだ。そして、それが錯覚でない事も確認済みだ。
会話だけで幻影に同化する訳でない事は、今朝、教室で分かっている。
でも、午後の開始のチャイムと同時に幻影化した連中は、その前に仮名女の幻影と話をしていた。
会話した全員が幻影化した訳ではないが、それは何に気休めにもならない。
とは言え、ついさっきの苦い経験がある。怪我人に手を差し伸べられなかったという。
それを踏まえると、説明できない視覚を、幻影・幽霊だと切り捨てるのは、俺の自尊心を損なう。
俺は見栄っ張り=自尊心が強いのだ。
声を掛けるのは怖いが、それでも自尊心が勝った。
「おーい。残りは僕がやっとくからー」
『じゃあ、おねがい』
返事をせずに、空のバケツを持って、水場へと足を向けた。
水場から戻ると、AI映像っぽい2人は居なくなっていた。
だが危険物が一つだけ残っていた。如雨露だ。
見た目で立体感があるが、実体でない気がする。最悪、幽霊界(二次元世界)への入り口かも。
幸い、おれは如雨露を必要としない。バケツから手撒き組なのだ。
何故って、如雨露はバケツより運べる量が少ない癖に、運ぼうとすると重いのだ。
だから、如雨露が二次元の絵になっても困らない。
地面は、と見ると、一応、花壇の半分ほど濡れている。となれば、あの二次元っぽい水はホンモノ?
いや、むしろ、さっき出会った仮名男と仮名代だろう。
一番丁寧に水が散布されて場所が、「忍者もの」の漫花壇だったから。
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「ヒーローもの」の漫花壇の水やりが概ね終わった頃、女子が2人来た。文化祭の打上げで一緒だった2人だ。いや、慰め会だっけ。
まずは俺の視覚の確認から。
「ちょっと、あれ見てくれる?」
と如雨露を指差す。
「違和感ない? 今朝の仮名女と同じように見えるんだけど」
漫花壇の実行仲間だけに、既に彼女たちとは仮名女が、実体ある人間に見えないということは共有している。
『言われればそんな気もする』
『確かに映像っぽいかも』
確実ではないが、俺の目だけの問題ではなさそうだ。
「念のため、今日は如雨露には近づかないようにしない?」
『うーん、いいけど』
どうにか同意を得たあと、水()遣りを続け、4つ目の漫花壇の番になった。3組のカップルを矢印込みで描いた奴だ。
『ねえ、ここって、いつの間にこんなに伸びたの?』
『文化祭の時は、芽が出たばっかりだよね』
あれ、その時に種を蒔いたんじゃ無かったっけ?
いや、違う。あの時は確かに芽が出ていたような?
記憶違いはともかく、成長が早すぎるのは事実だ。
昨日、休日にも関わらず個人的に水やりした時(学校から近い者の宿命)と比べても、はるかに成長していた。
それは、あたかも二次元が急速に立体化しつつある現状を象徴しているかのようだった。
一応、明日も更新する予定です。
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あとがき
最後の女子2人が、あっさり違和感に同意していますが、実はそこまでに以下の遣り取りがありました:
件の如雨露をよく見ようと、彼女たちが近づくのを、俺は慌てて片腕を横に広げてブロックして、より具体的に違和感の全部(影とか)を説明すると
『それって、失恋で目がおかしくなったとか』
と茶化された。
「ちょと待って、俺、誰にも言ってないけど」
『見れては分かるよー』
『だって、その腹いせで、4つ目の漫画を作ったんだものね?』
反射的に口答えする。
「それを言ったら、そっちもだろ」
『はーずれ』
まずい。これはキラーパスだ。
女子は隠すのが上手い。もしも彼女も同じように恋競争に負けたのなら、それを追究するのは失礼だ。
俺は、しどろもどろに
「ちくちょう。でも、変に見えたってのは、錯覚じゃない気がする」
と返した。その様子に満足したのか、彼女達は、ようやく
『はいはい、信じてあげるから』
と本音で俺の言う事を認めてくれた。




