8ー1 ②
情報。といったところで、アンリエッタの知るそれは精々、人から伝え聞いた以上の域を出ない事柄だ。ほとんど余人の知り得る情報。それを、時に銀行の内部情報まで照会してみせるフランツたちの調査能力をもってして調べられていないとは、到底思い難い。
つまりは、あちらに、メリットらしいメリットが窺えないのだった。
……とすれば少し、考えにくいことだが。
「ひょっとして、私に情報を流そうとしていますか?」
「は――? いや」
「なぜです?」
畳みかけて問う。別段強い確信があるわけでもなかったが、だからこそ態度で押し切る必要があると思った。
幾分前のめりに訊いたアンリエッタの問いかけに、フランツはいったんもごもごと口の中で何事か唱えてみせていたが、やがて諦めた様子で息をついた。
「そうすぐに気が付いちまうのは、ちょっと可愛げがないんじゃないか?」
そんな文句を言われる。
どうやら推測に間違いがないらしいとわかったアンリエッタは、続く彼の言葉を待つ。
フランツは少しばかり拗ねたみたいに目を逸らしたまま、口を開いた。
「別に、単に、詫びみたいなもんだよ。前は余計な気を回しちまったから」
「……前?」
「だから、アイツらの時のことだよ! 勝手に連れてっちまっただろう!」
叫ばれるが、けれどもアンリエッタはすぐには了解できない。
「ああ。――ええ?」
合点と疑問が同時に来て、間の抜けた声を上げてしまう。
フランツが口にしているのはたぶん、夏頃、兄妹の身を匿うため国外へ逃がした件だと思うのだが。
「ですがあれはいろんな関係者の目を欺くためのものだったはずでは。二人の身元も、表面上正当なものにできましたし」
「そうじゃない、相談もせずに引き離しただろっ」
言葉に、アンリエッタは目を瞬く。
当初、レームとルウィヒに対する処置の詳細を細かく知らされないままアンリエッタが事態に立ち会ったことは、確かにそうである。本来ならばそのまま兄妹の身柄を預かるようアンリエッタに依頼するところを、フランツが独断で、段取りを変えた。自らが意志を表せないのであれば、その役目を負うのに不適格と考えたからだ。
結局、不甲斐なくもショックを受けるばかりでいたアンリエッタだったが、見かねたフランツからあらましの説明を受けて、そこでやっと引き取ると彼に申し出ることができた。要は、彼の気遣いのおかげでアンリエッタは主体的に兄妹と暮らすことを選べたわけで、時を経た今でも感謝こそすれ、フランツの処置に疑念を抱いたことなどない。
「だって、二人の人の親になろうというんです。愛情を確かめるのなんて普通のことでしょう?」
「いや、そりゃ、そうかもしれないんだが」
フランツは難しそうに言葉を詰まらせて、その内に肩を落とす。
「……負い目が空振るってのはずいぶん、空しい気持ちになるもんみたいだな」
「ええと」
「なんも言わんでいい」
慰めの言葉を探したアンリエッタをそう言って制して、フランツは気を取り直すふうに頭をかいた。
「まあ、なんだ。とにかくそういうことだから、嬢ちゃんの助けになろうと思ったわけだ」
「しかしそれは、フランツさんの仕事上」
「良くはないな。だがこういうのも別に、今に始まったことじゃない。大体俺だってあんたに偽造とか偽証を求めたこともあるわけで、それで自分だけやらないってのはムシの良い話だろ」
「……」
フランツの言わんとするところはわかるが、とはいえ推奨されないと聞いてしまうと、やはり受けるのに気の引ける申し出に感じられてしまうのだった。実際、なかなか考えを掴みにくいルイーズについて知ることが、ルネの件を上手く進めるために重要なのは間違いない。けれどもそれを、あちらの逸脱行為を促してまで得るということには、どうにも気が咎めた。
あ。とそこで、声を漏らす。
「情報交換ということなら、あくまで職務上という形にできるから、と?」
「……理解が早くて助かるねえ」
明後日の方を見ながらフランツが答える。じりじりとした皮肉っぽい声を聞くに付け、どうも察しが悪かったらしいと察するアンリエッタである。相手の建前を読み取れず、さらには口にしなかった意図までつまびらかにするのは、確かに不躾だったかもしれない。
視界を右へ左へ泳がせつつ、アンリエッタは言葉を落とす。
「ええと。そういうことであれば……、お受けします。――仕事で見聞きした全部をお話するのは、難しいですが」
少しばかりぎくしゃくとこぼしながら加えた条件には、「んなことまで求めちゃいない」と返される。
「自分を切り売りしない範囲にしてくれ。くれぐれも」
ややうんざりした口調で言い含めてきたのに、ただただ小さく頷くアンリエッタ。




