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やがてペンと制度の力で 〜公書士アンリエッタ2〜  作者: ke
第8話「糸、まだ紡がれて」
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8ー1 ③

 それから気を取り直して、話し始める。


 事前に予想した通り、こちらが話す内容にフランツが目新しく感じるものはないらしかった。


 ただ。


「何から何まで自分で取り仕切ろうとする動機は何なのか? っていう嬢ちゃんの疑問は、今まで持ったことはなかったな。こっちの調査の焦点からズレてるってこともあるが、取り立てて不自然かと言われたらそうでもないし」


 人物関係や利害関係、行動の指針などであればともかく、細かな仕事の采配――それも、本人の性向以上の理由があるかもわからないものまでとなると、彼らの分析の優先度も下がるのだろうと思われた。


「それで、理由の目星は付いてるのか?」


「……確証があるわけではないんですが」


 興味ありげに身を乗り出したフランツを前に、アンリエッタは自分の考えのたどたどしさを意識しつつも、視線を上げる。


 一度は手放したものをも掴んで引き寄せようとする、その理由。


「おそらく、こだわっておられるのではないか、と」


「自分の店にか」


「夫の店に、です」


 双眸が開き、彼の瞳がわずかに小さくなるのを、見る。次にそれは脇へ逸らされ、何か繋がりのあるものを検証しようとするみたいに細められた。


「……ルイーズは、旦那の資産を百パーセント相続していたな」


 その事実は、アンリエッタの確認しているものと相違ない。


「ご息女がおられましたが、死別されていると」


「一度、縁を切った娘だな。……いや、法的に離縁したわけじゃないから、これは正確じゃないか。娘夫婦と不和があって、出て行かれてる。これは娘側の情報だが、以来連絡を絶っていたらしい。孫がいたことも知らせてなかったって話だし」


「孫、ですか?」


 初出の存在に思わず言葉を繰り返すと、フランツはあらましを聞かせてくる。


「もっとも、大した時間生きられた子供でもなかったんだが……」


 出奔してから産んだその孫は、乳母に預けて育てようとしたという。社交や仕事の都合で育児をする余裕のない家庭が、母乳を代わりにやれる女性を家に置いたり、逆に乳飲み子の方を里子に出して育てたりというのは、今どきでもあることだ。例えばアンリエッタの家族にも事例はあって、アンリエッタ自身に乳母はいないが、上の兄にはいたと聞く。


 就業するハードルに対して身入りが良く、健康にも気遣ってもらえることのある乳母は職業としても人気で、ルイーズの娘もまた子供を他所に預けた一方で、自身は住み込みの乳母をして賃金を得ていた。夫の収入もあったはずだし、暮らしとしては良い部類に入ったはずだ。


 しかし。


「どうも自分が預ける方では、酷い仲介業者に当たったみたいでな。里子として運ばれる間に死んじまって、しばらく知らされなかった」


「それは、また……」


 何を言うのも憚(はばか)られる気がして、言葉を失くす。


「事態が親の耳に入ってりゃあ交流が回復するきっかけにもなったんだろうが……どうも娘の方は、『いよいよ顔向けできない』って思っちまったらしい」


 複雑な心境があったと、一言で片付ければそうなるのだろうが。互いに意地を張ってしまう状況があることはアンリエッタにも覚えがあることだ。そこで子供まで亡くして、身に余る悔恨を抱えたに違いないと、アンリエッタは思う。


「たぶん、ドツボだったろうな。初めそれなりに上手くやれていると思えた分、余計に。状況が悪くなればなるだけ、頼ろうとは思えなくなっていったんじゃないか」


 しばらく経ち、病気で夫を亡くす。一人になって、けれども家には帰らない。年を取って、乳母として働くのは難しくなって、それでも帰らない。細かな仕事で日銭を稼ぐ。やがてその身もやつすようになって、ついには自身も病に伏した。


 帰らない。


「しまいには、施療院で終わりを待つばかりになった。たまたまそこの職員が家族のことを聞いてな。連絡して、ルイーズもフランソワも娘の死の目には間に合ったみたいだが……せん妄も酷くなってたっていうから実際どれだけ話ができたかはわからん。知らん子供を息子だと言って騒いだこともあったらしいし」


「……」


 それが、今から十年近く前のことだという。一つの家族が辿った痛ましい顛末に、アンリエッタは何を言ったものやらわからなくなる。


「ボン・リシェスを立ち上げたのが五年前。一人娘との死別が夫婦の意思決定に影響を与えたっていうのは、少なからずあるんだろうな」


 ロランやベルナールから聞いた、「今までと違う趣向の店を作りたい」という展望も、もちろんあったのだろうが。元の店の権利を手放すという思い切りの良さの根底にそうした事情があったというのは、得心のいく繋がりのようにアンリエッタには感じられる。


「で、今、あのマダムはボン・イスタにも積極的に入れ込んでいるみたいだが。それを嬢ちゃんは、『先立たれた夫の作った店だから』と、そう考えたわけか?」


「はい」


「ふう、む。確かに、あり得る話だ……」


 ひと時考え込んで机に目を落とした後、フランツはアンリエッタと目を合わせ、口を開く。


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