7ー3 ① 修正済
マティルド商業組合とボン・リシェスの協業だが、こちらはいよいよ妥結を迎えた。当然のこと、そこには様々関係者の思惑が存在する。
近隣の生産業者と正式に繋がって、調達や販売に関わる経路を補おうとする者。
仲介して利益を取ったり、また国内最大級の百貨店に接近しようと目論む者。
そしてこれらのせめぎ合いの中で、納期や値付けに無理を強いられ、苦境に陥る末端業者が生まれることを危ぶむ者。
「まったくクーポンの時といい、どうも、目先の物事に囚われる人間が多くてね。ひとまず形を作れたことは良かったけれども」
そのように愚痴ってみせた組合の古株ベルナールは三番目に当たる人物で、推進派から必要性を疑問視されながらも賛同者を募り、協業の実態の監査と事業者の保護を執り行う仕組みをねじ込んだ。結果で言えば組合の本分である互助機能を強める結果とはなったので、良い傾向であるという捉え方もできるというのが、アンリエッタ個人の感想ではあった。
無論、それに伴う労苦というものも当然、存在してはいる。
「損な役回りですな」
「……なるほど、そうはっきりと言ってもらえるのは気持ちが良い。事務局長からの覚えが良いのは、こういう理由もあるわけか」
ロランの口にした労いを、ベルナールはそのように歓迎してみせる。普段から皮肉や批判を交えるために強烈さが伴いがちな彼の言葉だが、援護される立場であれば頼りに感じるところがあるのも、また事実だ。
商業組合事務局の、応接室だった。
革張りのソファに並んで腰掛けたロランとアンリエッタの向かいには、ベルナールが座る。今しがた、組合とボン・リシェスの契約が締結された所である。慌ただしいタイミングな上、当日の申し出となってしまったのだが、談話の誘いはすんなりと通った。
「なに、自分で言い出した手前だ、事業実態の監督業なんかに骨を折る羽目になったことは確かにそうだがね。実はそれなりにやる気もあるんだ。こんな年寄りの身で、業界の後進を応援する機会を得られることは、単純にありがたい」
さっきロランにしてみせた応答とは裏腹に、ベルナールの表情には鬱屈としたものが見られない。
「商売をするのも楽しいが、自分が勝てばその分、見えない所に負けた人間がいる。この年になってそのことをずいぶん意識するようになってね。儲けを心底から喜べなくなった。……いや、まあ、それは昔からあったか」
細めた目で述懐すると、気を取り直した様子で話題を変える。
「何にしても、そこを思えば彼女は立派なものさ」
「彼女というのは、ルイーズさんのことですか」
頷くベルナール。
「以前から人の動きに聡い人だったが、フランソワが逝ってからは凄みが増した。さながら一国の王を思わせるくらいにね」
発言の意図こそ異なるが、先日ロランも彼女を指して王と称していたことを思い出す。自信に満ち、他者の介入をものともしないルイーズの佇まいは確かに、支配とか君臨とか、そういった表現が似合う気がした。
「元は店内サービスの整備や販売企画、人材育成なんかが仕事の領分だったか……資金調達とか仕入れ先との折衝、物流の調整など、旦那が取り仕切っていた仕事まで全部一手に引き受けて、今も十全にこなしている。いっそ執念すら感じる働きぶりだけども、商売人としては、やはり感心するところがあるわけだ」
執念。
腑に落ちる表現に思えた。
死んだ伴侶の役割を全うするというのは、確かに夫婦として見れば順当さを感じる。が、組織の業務分担という観点でも同じかと問われれば、安易にそうとは言い切れない。相応の内情があったのかもしれないし結果も伴っていることは事実だが、仕事量や専門性からするなら、直属の部下とか他の者の手に委ねる選択だって、当然あり得たはずだ。
しかしルイーズはそうしなかった。できなかったのでは、おそらくない。
「何か、そこまでする理由があるんでしょうか」
「ふむ……。何でも一人でやる社長というのはいるものだし、そこまで、と表現すべきかはわからないが」
顎を撫でて言葉を探す素振りをすると、ベルナールは言う。
「育った会社は、時にその人の一部のようにもなる。感傷的な気持ちが一分も混じらないかと言われれば、そうでないと言う他ないね」
「……」
口にされたのはどことなく重みを感じる見解で、アンリエッタは即座の応答をしかねる。何か、立ち入り難い場所の輪郭に触れている感触があった。
「いやすまない。つい、話し込んでしまったな」
一時挟んだ沈黙をそのように破って、ベルナールは話題を終わらせる。膝に肘をついて身を乗り出し、こちらを見つめた。




