7ー2 ②
何気ない気持ちで呟くと、向かいからは訝しげな眼差しが向けられた。
「なに? それも、アイツの差し金?」
「へ?」
訊かれて、一瞬思考が止まる。
やがて仕込みを疑われているのだと思い至って、ルネはぶんぶんと首を振った。
「ち、違うよ! 違う違う! ただの、素直な印象!」
「アンタみたいな子があのむっつりと話して抱く印象なんて、怖い以外にないでしょ」
中々にあまりにもな決め付けである。別に、本当に特別な感情はないのだが、同意するのには気が引ける主張だった。
「そんなこと――あ、いや、確かにイアツカン? とかはあるかもしれないけど」
「……」
疑いの晴れない眼差しで見つめられ、ルネは焦って俯いたり顔を上げたりしながら、口を動かす。
「だってその、堂々としてて、顔もキリっとしてるし、大人の人って感じでしょ? あんな恰好の人って今まで周りにいなかったから、なんていうか、新鮮で。それに私のことも最後には許してくれたし、全然笑ったりしないけど根は優しい人なんだろうって――わ、笑ってる? なんで? 私、ほんと、ただそう思っただけで」
言葉を探しては引っ張り出している様を笑われて、わけがわからないルネである、問い掛けようと言い募った声は、手を振られて制される。
「ハイハイ、わかったわかった。し、ん、じ、た」
「……ほんと?」
「ホントホント」
疑わしく覗き込めば、アニーは嘘っぽく頷きを繰り返す。打って変わって愉快そうに腕を組むと、深く椅子の背にもたれた。
「そっかそっか、ルネはああいうのが好みなんだ。惜しいね。アイツは小金持ちだし、せめてあと五年近けりゃね」
「好みとか、そんなわけじゃ」
「ハイハイ、わかってるから」
むむむと唇を尖らせてみせるルネだが、アニーはこちらの不平を気にした様子も見せずに、空にしたグラスを見せつけながら給仕を呼んだ。
追加で注文した薬草酒を一度煽ると、思い浮かべるように天井の方を見つめた。
「――にしても。レームは全然、あんなんにはなりそうにないな」
「え?」
思考の埒外にあった名前の登場に、ルネはぱちくりと目を見開いた。
「レーム君? なんで?」
「一番歳が近いでしょ。どうなの?」
「へ?」
問いかけの内容には、一切馴染みを感じない。頭の中で空白になっている場所を引っ張り出されて、ルネは思わず言葉を失う。
「え、ど、どうって。そんなの、考えたことない」
「ほら見た目とか。結構かわいい顔してない?」
「それは、まあ、そうだと思うけど……」
濃い金色の髪に、くすんだ青い瞳。「都会風で小綺麗で、瞳の色合いも相まってちょっと儚げ」という感触は、出会った時からずっと、レームとルウィヒの両方に対して抱いているものだ。しかし、そもそものこと。ベルジェ親子に関して言えばそれとは別の部分での存在感が強すぎて、なんだか外見に関する印象が乏しい。
まっすぐで、嘘がなく、暗い場所へ沈んだ心に懸命に寄り添ってきてくれる、そんな存在。
自ら望んで越して来たくせにとは思うが、急に、自分が立っている場所の親しみのなさに不安を覚えることが今のルネにはあって、でも二人の姿を目にするだけで、ほどける。雲間から陽射しが差し込んだみたいに、眩く――本当に一瞬の内に、頭に生まれた暗闇を消し去ってしまう。二人は……レームは自分にとってそういう存在で、だから恋とか、そういうものに当てはめようとしても上手くいかない感じがしていた。何かが違って、どうにもしっくりとこないのだ。
葛藤して黙り込んだのをどう見なしたのか、アニーはからかうようにころころとした眼で、ルネのことを眺めた。
「ただの、友達?」
「……そんなわけない」
小さく、でも確信を持って否定する。
ただの、と軽々しく称することのできる人では、少なくともないのだ。だってあの夜寄せてくれた労わりが、示してくれた道先が、楔で打ち込んだみたいに頭の奥に残っている。
「レーム君は――」
「アニー?」
述べかけた言葉には、別の人の声が重なった。聴き慣れない響きに横を見れば、そこには見知らぬ女性の姿がある。つやつやとした、一目見て仕立てが良いとわかる瑠璃色のドレスと、服や体にあしらった栗色のリボン。灯りの炎に染まるブロンドの下では、ぱっと開いた灰の瞳が、宝物でも見つけたみたいにぴかぴかと光っていた。
見知らぬ美女の正体を求めてルネが向かいへ目をやれば、呼ばれた彼女は呆然と目を見張っている。
「……レジーヌ。あんた、なんでこんなとこに」
とても細いところから出てきたふうに詰まった声音で、アニーが言う。珍しく、いかにも不意を衝かれた表情で、といって喜んだ感もない反応に、ルネは図らずも首を傾げた。




