7ー2 ①
「へえ! そんじゃ、なかなか順調ってわけ!」
豪快にエールをかっくらったアニーからは、そんなことを言われる。
今日一日、レームたちと動いた成果。その報告に対するコメントだった。安易に頷くべきか悩んでしまったルネは、ミント入りのシロップソーダのグラスを、ぎゅっと両手に握り込む。
俯いた視線の先には、牛タタキのマリネとか、卵ソース付きのニシンのフライ、エスカルゴのオーブン焼きとかいった取りどりの料理が並んでいた。意外と食いしん坊なルウィヒがこの場にいれば、きっと目を輝かせたに違いない。
アニーと二人、彼女の行き付けだという居酒屋に来ていた。あまり気遣わずに歩けるくらいの密度で卓が並んだ店内は盛況で、時折り大きな話し声が耳に割って入る。アニーとの食事や談話に気後れはないルネだが、馴染みのない店内で触れる騒がしさは他人の存在を強調される感じがして、どうも落ち着かない。
「順調……は順調だけど。こんなに早く作業場が見つかると思わなかったし」
「何さ、景気悪い顔するじゃん」
「いやだって、何だか悪いことをしたみたいな。ロリゥさん、だいぶ参ってたし」
「お願いして、良いって言ったんだったらいんじゃない?」
からりと能天気に判定されるが、現場を見ていたルネとしては、そこまで思い切り良く割り切れないのだった。
「お願いだったのかな、あれ……」
悶々と呻いたのをよそに、アニーは「ふうむ」と思案げに腕を組む。
「しっかし。よく知らんおっさんの家に入り浸るのも心配だね。オッテンバールってのとも、話したことないし」
「そうなの?」
なんとなく、事務所一同で共通の知人なのかと思っていた。
「あの子達と知り合いなのは聞いてんだけどね。なんか、怪我してたレームを治してくれたとか、そんなん。じゃ、仲が良いのかって訊くとアンちゃんはビミョーな顔するし……あー、そうそう。ちょうど、さっきのアンタみたいな顔でさ」
あまり親しくしていると危険な場所へ行きそうな感はルネにもわかったので、アンリエッタの反応は共感できるところだった。
「ま、ちょっと話しかけりゃわかることなんだろうけど。見かけるのっていつも事務所でだからさあ。ロランと絡ませたら面倒そうだし、あんま話さないようにしてんの」
「ロランさん」
名前が出てきて、興味をくすぐられるルネである。這うように卓へ身を乗り出すと、わけもなく声を潜め、訊ねる。
「ね、ね」
「ん?」
「二人って、恋人同士なの?」
不満そうな眼差しが届く。
「……私と、アイツ?」
「うん」
「なに、なんかヘンなことでも聞いた?」
今度はアニーが身を乗り出してきて、ルネは気弱に退き首を振る。
「そうじゃない、けど。……アニーさんのこと、気にかけてたから」
――たまに調子を崩す時があるから、そんな様子の時は教えて欲しい。
一緒に住むことが決まった後、ロランからはそんなことを頼まれていた。それは人を寄せ付けない佇まいとは裏腹に細やかな配慮で、意外さに気を取られたルネはつい、何も訊ねないまま頷いてしまう。
――それと、不埒な男が近付くようであれば、それも。
もののついでとばかりに言い付けられた任務は難度が高い。何とも言えずに身を強張らせたルネに、ロランはさらに言った。
――無論、報酬は出す。……そうだな、ひとまずこれを。
「何を子供に頼んでんのかね、あの暴言むっつりは」
そうして十ゲール紙幣三枚がやり取りされたあらましの粗方を聞けば、アニーは呆れ返った様子でため息をついた。訝しむ視線に負けて白状したルネは居た堪れなくなって、どぎまぎと謝罪の言葉を落とす。
「ごめんなさい、こんなの、良くなかったよね」
「いいよ、別に。押し付けられただけでしょ」
「でも……」
と、割り切れずに呟いたルネに、アニーが大儀そうに眉をくねらせる。
「じゃ、半分」
「え?」
と声を上げたルネに対して、アニーは一本立てた人差し指を下へ向けた。
「ここのお会計。半分持って。情報料。そんでチャラ。いいね?」
「も――もちろん! 半分と言わず全部……」
「いい。残りは、財布の足しにしときな」
「う、うん」
頷きを返される。
杯を傾けエールをあおって、唇を拭ったアニーは、ふと眦にいたずらなものを宿す。
「しかし、手付で三十ねえ。案外、良い小遣い稼ぎな気がしてきたな。ルネ、あんた私と組まない?」
「……え? や、ダメだよ! ダメダメ!」
「別に誰も損してないでしょ。ロランは知りたいことを聞ける。私たちはお金を貰う」
「だからって。ロランさんは、アニーさんのこと好きで、心配してるんでしょ? そんなふうに扱っちゃ――」
言いかける途中で、口を噤む。唇を歪めて片目を吊り上げたアニーが、問い詰める視線でこちらを見つめていた。ルネは一瞬逡巡して目を逸らしたが、やがて耐え切れなくなって、言う。
「……えっと、その。レーム君から」
向かいからまた、面倒そうにするため息が落ちた。
執り成す心地で、ルネはそこに訊ねる。
「でも、そうなんでしょ?」
「らしいけどね。何もないよ。何もね。……今までもこれからも」
「そうなの……?」
念入りに否定するのに、少しばかりたじろいでしまうルネである。なんというか、少々やるせない。振る舞いの是非は置くにしても、ロランの気遣いや切実さに嘘はなかったと思うわけで、そこをすげなくされているのには哀れみを覚えてしまうのだった。
「……ロランさん、素敵な人だって思うけど」




