7ー1 ②
そして言葉を失くしたのは、その後も同様であった。
運河沿いのオッテンバールの小屋から一つ地区を移動した区画にあるアパルトマンの、四階――使える鍛冶場だと案内され、四人、主人を留守にしたそこへと上がり込んだ時のことだ。細長い造りをした部屋の奥、油で黒ずむ簀子を敷き詰めた作業場の状態をルネが矯めつ眇めつしているところに、住人の男が帰って来る。
中に入り、一室に四人の姿を認めた途端。彼はどたどたと驚愕した様子でたたらを踏んだ。
背中を壁に這わせ、仰け反る。
「――なっ、なななな……っ」
いかにも予想だにしなかったという顔で、呻いた。
明らかに、ただならない。奥に集ってふいご付きの小さな炉を見分していたレーム達も、一切話の通ってない様子のわからなさにただただ息を吞んだ。入室の気配を察し、心を込めた挨拶をしようとしたらしいルネなどは、朗らかに弾ませた頬の形を残したまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「オ、オッテンバール! なんで中に……というか! 誰だ! その子たちは!」
震える声音で男が捲し立てたのに、オッテンバールはにこやかに腕を広げた。
「やあ、友よ! すまないねいきなり。ちょっと用があって来たんだが、いないみたいだったんで上がらせてもらった」
いかにもまともぶって非礼を詫びるが、振る舞いは一切まともでない。男はわけがわからなさそうに首を振り、言う。
「用って――いや、そもそも、これは」
「なに、ここの設備を借りたくってね。ああもちろんそっくり明け渡せということじゃない、彼女に使わせてやりたいのさ」
狼狽して声を落とすのには取り合わずに、オッテンバールは一方的に用件を述べる。彼への説明はそれで十分とばかりに、「君たち」とこちらへ呼びかけた。
「彼はロリゥという金工職人でね。装飾用の鎖を作っている男だ。見た通り、色々と加工用の器具もあるし、金とか材料の融通も利く。これ以上ないくらいにぴったりだろ?」
にこやかに妥当さを主張する。
ロリゥと紹介された男は、眩暈でも起こったみたいに片手で目を覆った。
「待て……待ってくれ。わけがわからない」
うわ言めいてそう口にすると、続ける。
「彼女って、そっちの大きい方の子か。その子に使わせろって? ここを? 何をするんだ?」
「その、金細工を……」
ぽそりとルネが口にして、目を丸くされる。
「この子が? 嘘だろ?」
いかにも驚いた声は冗談を聞いたみたいにわずかに上ずって、どこか侮りを含んでいる。耳にした響きが腹に据えかねて、レームは「違う!」と噛み付くように前のめりになった。
「嘘じゃないっ。これだってルネが作ったんだから」
「くわい!」
同調して声を上げたルウィヒの胸元を指して言われたレームの主張に、男は露わにされた反感が意外だったとでも言うように口を噤んで、遠巻きに少女のブローチを見つめる。
一室の雰囲気が混乱から膠着に移行して、オッテンバールが「やれやれ」と、呆れた様子で肩を竦めた。
「下手だな、ホント。これから協力してもらうってのに怒鳴るだなんて、愚の骨頂だぜ」
どの口が、とにやついた唇に言いたくなる評価をこちらへ寄越すと、青年は小馬鹿にするような眼差しをそのまま、男の方へと移した。
「ま、でも、一理はある。純度を誤魔化した品で小銭を稼ぐのに比べたら、彼女は十分まともな職人だよ」
「ぐっ」
何にしてもだ。と、オッテンバールはひょろっとした長身を屈めて、彼に顔を近付ける。
「ロリゥ。君は僕に幾らか借金をしているわけで、いや今そのことに直接の関係はないんだが、ここはやはり厚意を見せるのが得策だと思うぜ。なんていうか、隣人愛ってやつさ。これがなくっちゃ神さまには嫌われるみたいだし、君だって天に見放されて、例えば病気になるとか職を失うとか、そういうことが起こるのは避けたいだろ?」
下から覗き込むような姿勢でそう述べ立てたオッテンバールが、答えを促すように微笑みかける。攻撃的なそれに、男は蛇にでも絡まれたみたいに弱った表情を作った。
それからやがて、力なく頷く。
「さすが! 君なら決めてくれると思っていた!」
歓喜の声を上げて肩を叩く。
「何を隠そう彼女の作るものに、僕も興味があるんだ。こんな立派な男に余計な忠告は不要だと思うけれど、くれぐれも、よろしく頼むぜ。快く使わせてやってくれたまえ」
そうやって、軽薄に称賛と嘆願を送るオッテンバール。
恐喝めいた交渉を執り行った現場を前にレームが何とも言えない心地でいると、隣のルネが「レーム君」と、神妙な顔を作って肩を叩いてきた。
耳に口を近づけ、言う。
「えっと。オッテンバールさんって、もしかして危ない人?」
こそっと囁かれた質問に、レームは澄ました顔で頷く。
彼への評価が妥当なものに収まったことを内心ほくそ笑んだが、そんなことはおくびにも出さない。




