7ー1 ①
運河の岸辺に建てられた、小屋だった。
一室の壁には何段もの棚板が据え付けられ、書籍や紙束、種々のガラス容器が並ぶ他、真鍮の球体とか金属の糸を巻いた筒とか、そんなガラクタ然としたものが山と詰め込まれている。
人の住処というよりは物置と形容した方が適切そうなそこは、机や床もほとんどそんな調子で雑然とする。寝床も見当たらないのでどうしているのかと訊ねてみれば、奥に続く、ボートの発着場所らしきスペースをオッテンバールは指差した。……自分たちの目論んだルネの居候先の候補には彼の住居もあったのだが、アンリエッタが全力で拒否していたのはどうやら正しかったと、今更ながらに思うレームである。
「……ふうん。契約があって、百貨店以外には卸せない、と」
「うん。そうらしい」
オッテンバールがそうまとめたのを、レームが肯定する。
青年が自身のラボと称している小屋の中に、レーム、ルウィヒ、ルネ、オッテンバールの四人がいた。今日の用事は、金属加工をするための設備を彼から紹介してもらうというものである。が、それとは別に、臭いが出たり火を使うことがあったりといった都合で、霊的色素のための配合ができる場所もあると便利という事情があって、それで青年の家に案内されてきたのだった。
部屋の隅にしゃがみ込んで木箱を覗き込むルネとルウィヒを観察しながら、レームとオッテンバールは話をしている。
「どうするんだい? 市場に出店して知名度を上げたいんだろ?」
問い掛けには、首を振った。大人同士の取り決めの問題であるわけで、どうも、自分たちに何か出来そうな範疇の事柄ではない。
「アンリエッタは、たぶんどうにか出来るって」
「どうにか、ね。さてそう上手くいくもんだか」
肩を竦めたオッテンバールの言葉には、皮肉げな響きがある。
「要は、ボン・リシェスとの契約を改訂するわけだろ。すると大なり小なり支配人が関わってくる。百戦錬磨のマダムの相手が、果たしてあのお人好し公書士殿に務まるかどうか」
知った話しぶりをする青年に、レームは首を傾げた。
「オッテンバールは知ってるの? その人」
「百貨店では、僕が扱っている類の商品のフェアとか通信販売なんかもやってるからね。あとは、サロンの余興に実験を披露したりとか」
耳に聞いた新たな事実は、思わぬ繋がりを孕んでいる。わずかな期待を悟られてしまったらしく、「ふふん」とからかうふうに青年は笑った。
「言っとくけど、そっちの協力を期待するのは無駄だぜ。こんな僕にも、得意先を煩わせないくらいの分別はあるわけでね。精々してやれるとして、ちょっとした時の口添え程度だな」
「……気が向かないだけでしょ、単に」
ぶすりと声に棘を含ませてそう返すのだが、オッテンバールはかえって調子づいた様子で、「おおや残念!」と声を上げた。
「僕の機嫌を損ねたぜ。全くキミは、取引ってものが下手だな」
「……」
おちょくりの度合いを増してぶつけてきた言葉を、レームは無視する。そのまましばらく嘲りを受けることになろうかと思われたが、ルネの声がその流れを破った。
「ね! オッテンバールさん! ここの鉱石、ホントに分けてもらって良いの?」
もちろん、と声を大らかなものに変えた青年が頷く。
「構わないよ。二束三文で買ったクズ石だし、仕分けも面倒に思ってたところだ」
丸石を二つ、動物の耳みたいに頭の上に掲げたルウィヒの隣で、「ありがとう!」とルネが笑う。
「鍛冶場の伝手を紹介してもらえるだけでも助かるのに。良い人ね! オッテンバールさんって」
「なあに。僕の義理堅さは今に始まったことでもないけどもね。貴重な魔法技術について教えてもらえるってんだから、これに限っては礼を尽くすのが当然のことさ」
朗々と述べているのに、少々微妙な気持ちになるレームである。
実際、言葉通りの姿勢を貫いては、いる。知り合いに思い付いた施しをしてやろうというくらいの親切心をこの青年が持っていることは、レームも認めるところである。とはいえ、先日家に来た時と同じように、人の事情や迷惑を顧みない一面が多過ぎるほど彼にはあるわけで、どうにも、殊勝な態度を即座に褒めそやそうという気分にはなれないのだった。
加えて言えば、そういう負の側面を知らずにルネが感銘を受けているのにも、こう、何か理不尽な感触を覚えたりしている。
いつもの、あの揚々とした調子と表情で稼業の秘術を青年に語るルネを、レームは二人の後方から眺める。
「……要はやっぱり、触媒次第なのよね。だから石でも草でもなんでも、脂と混ぜて試してみる。そういうところは普通の染め物と似てる――って、これはお爺ちゃんの受け売りなんだけど」
「なるほど試行錯誤ってわけだ。科学者的だね」
青年の評価に、「えっ」とルネは意外そうに目を瞠った。デモンストレーションにいじってみせていたガラスを、親指で繰り返し撫でる。
「か、科学者……科学者さんかあ。えへへ、そんなの言われたの初めて。まあでも、結局のところ大体は、ちゃんと綺麗なのがわかってる配合を選ぶんだけどね」
……面白くない。
と、感じるレームである。
身をくねらせて照れ臭そうに笑うルネとオッテンバールのやり取りが、遠慮なしに家に踏み込まれた時と似た気持ちにさせていた。気に入らなさをぐるぐると喉の下に渦巻かせたレームの手に、小さな指が触れる。
どうしたの?
いつの間にか隣に並んだらしいルウィヒから、そんな問いかけが伝わる。不思議そうにこちらを見上げる妹の瞳と、目が合った。
不機嫌な顔してる。
訊ねた理由とばかりにそう云ってくる。以前の文句に律儀に配慮しているのか、感情を読み取るようなことはしていないらしかった。レームはほっとする反面、説明しようがなくて途方に暮れる。包み隠さず表明するのはたぶんみっともない事柄だろうという感触も、あった。
……別に、なんでもない。
結果、そのような返答になる。目の前には、怪訝に眉をくねらせる妹の顔がある。
なんでもなくなさそうなのに。最近のレームはおかしい。
不満げに云われる。否定したい心境ではあったが、根拠もなく主張するのもなんだかムキになっているみたいに感じられて、やっぱり黙り込むしかない。




