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やがてペンと制度の力で 〜公書士アンリエッタ2〜  作者: ke
第6話「子供たちが、幸福を絶やさぬため出来ること」
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6ー2 ②

「や、お二人さん。まだ話し中だった?」


 傍まで寄って来たアニーが、そう問い掛ける。直前まで言い合いをしていたバツの悪さもあって、アンリエッタはすぐには返答できない。


「ルネというのは、彼女か?」


 あちらを見やって訊ねたロランに、頷くアニー。


「うん。しばらくウチで厄介になんの。ほいご挨拶」


 パチンと響いた拍手を合図に、ルネの目と口が丸く開かれた。


「は、はい! わたくし、ルネ・デュボワと言います! お目に掛かれて大変光栄でございます、ムッシュー……」


「すまないが、過剰な口上は不要だ」


 仕掛け人形の如く名乗り始めた少女をロランは短く制して、敏腕事務員へと目を戻した。


「……厄介?」


 不可解そうに訊ねる。


「そ。私の部屋に居候。だからこれは、家主兼雇い主との顔合わせってことになるね」


 すかさず、といったふうに、ルネが遠くから「よろしくお願いします!」と声を上げる。賑やかさに反して表情に苦いものを浮かべながら、ロランはアニーを見つめた。


「アニー」


 と念を押すように一度呼んで、それから言う。


「あまり、俺を困らせるな」


 口にした(たしな)めはなんとも控えめに聞こえたが、けれどもはっきりと拒絶の意図を孕んでいる。例え意中の相手からのわがままであっても通すつもりは毛頭ないと、そういう意思が垣間見えた。


 対してアニーの反応は悪びれもしない、あっさりとしたものだ。


「困るって、何さ。出入りの業者を変えるくらい、別にあるでしょ」


「……なんだと?」


「大工、変えるの。この子に。だから私の雇い主にご挨拶」


 次々と周囲の人物を指差し、意向を伝えるアニー。


 つまり、それは。


「修繕業者をルネさんに変更する、ということでしょうか?」


 言い換えたアンリエッタに、アニーが頷く。


「そ。できるよね?」


 ルネの方へ目を向け問い掛ければ、未だ事務所の入り口に控えている少女は、ぐっと前に掲げた両の拳を握り締めた。


「実家の手入れは、ここ数年は全部私がやってました! あまり大掛かりなことになると難しいですけど……屋根、壁、床、家具の不具合対応ならお任せ下さい! 手工具を揃えれば、簡単なものをお作りすることも可能です!」


 なだれ出た謡い文句をうるさそうに、ロランは険しく眦を細める。


「……彼女に変更するメリットは」


「安く済むし、私がラク」


「もっと詳細に」


「えー」


 いかにも面倒がって声を上げた。けれどもロランは無言の求めを続けて、応じなければ話が進まないと察したのか、アニーは改めて続ける。


「一緒に住むから声かけやすいし、手間賃かかんないだったらほとんど必要経費だけで済むじゃん。今の野郎も値引きに雑に応じるしまあまあ安いんだけど、たまに仕事が粗かったり約束すっぽかされたりで、ぼちぼち抜けがあんだよね」


 それと、と一言アニーは説明を区切ると、言う。


「節目節目に適当に言い寄ってきて、うざい」


「っ……」


 どうも、一番気になる理由であったらしく、ロランはいっそう憮然とした眼差しをアニーへ向けた。


「お前は、なぜそれを俺に言わない」


「たかだかナンパを、なんであんたに報告しないといけないの」


「迷惑していたと言っただろう。応じたことはあるのか」


「だから、なんであんたにそれを言わなきゃなんないの」


「客との接点を利用して不埒を働こうという輩に、依頼する仕事などないからだっ」


 少々語気を強めて言われた答えに、アニーは涼しく肩を竦める。


 それから立てた親指で、ルネの方を指した。


「じゃ。適任は、あの子の方ってことになるね」


「……」


 据わった目付きでアニーを見つめる、ロランがいる。否とも応とも返されなかった意見への見解を求める様子で、アニーは片側の眉と唇を吊り上げ、首を傾げてみせた。珍しく答えあぐねたらしいロランはその仕草から視線を逸らし、深く息をつく。


 それから横目に、アンリエッタのことを見た。


「……さっきは、何を言おうとした?」


「え?」


 出し抜けに投げられた質問の要領が、アンリエッタには掴めない。


「アニーが来る前だ。言いかけていたことがあっただろう」


 付け加えられた言葉で、二人の登場で遮られた会話の続きを求められているのだと、合点がいく。アンリエッタは、とはいえすぐに述べ立てることができなくて、わずかに視線を落とした。


「その……」


 呻いて、言葉に詰まる。出るに任せて言いかけた思いが考えにそぐなうものだったか、自信がなかった。


 ゆっくりと周囲を見やる。


 ルネに、目を留める。


 無防備に体をこわばらせながら見つめ返してくる少女の存在を確かめて、それからロランと目を合わせた。


「私は――ただ、今この瞬間彼女の意向に真摯に向き合うことが、やっぱり必要なんだと思ったんです」


 他の誰かの願いとか心配では、なくて。


 彼女だけの意志に触れることが。


「それが、それを尊重することが、この先私がルネさんの後見役として寄り添っていくのに絶対にしなければならない態度のはずだと。……そう、思ったんです」


 揺るぎなく、告げる。


 まだ険しさを残した眦が、こちらを見ている。


 それがやがて細められて、ロランは仕方なさそうに息をついた。


「……ムッシュ・アンドレは、いつここに?」


 ふいに問われ、アンリエッタは目を瞬かせる。


「その子を迎えに来るはずだろう。今日、この後か?」


 答えを促してきたのに、首を振った。


「鉄道の列車に不具合があったとのことで、明日以降になるかと」


「そうか。であれば、契約はその時に」


「え――」


 と、アンリエッタが目を丸くしたのにも構わずに、ロランは淡々と言葉を続ける。


「条件が特殊な請負だ。当然都度の注文ではなく、正式に契約書を取り交わす。締結に当たっては彼女の祖父に同席を求め、同意書を残すこと。業務や報酬に関する細かな条件はアニーと相談して決めろ。私からの要請は以上だ」


「ええと、それは」


 次々と口にされた指示にアンリエッタがまごついていると、ロランは一つも表情を変えないで、言う。


「彼女が結ぶ、最初の委託契約だ。君が作ってやるべきだろう」


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