6ー1 ①
影は、長く、夕暮れの部屋の中を伸びていた。
「……遊びに来た?」
「――って、その子たちは言ってたね」
勝手知ったるで一杯始めたらしく、組んだ膝の上に白ワイン入りのゴブレットを支えるアニーが、アンリエッタの復唱に答えてみせる。言いながら配った視線の先には、彼女同様、食卓を囲んで椅子に座る子供たちがいる。
手前の二人、レームとルウィヒは不安と申し訳なさを同居させたような上目遣いを向けて。
一番奥、膝上の手を固く握り、ぴんと直立に背筋と腕を伸ばして座ったルネが、いかにも緊張した面持ちでこちらへ視線を注いでいた。
子供たちの、明らかにアンリエッタの動向を窺う眼差しは、はっきりと後ろめたさを孕んだものだ。帰宅して帰ってきた時から続くその雰囲気には、無邪気さのかけらもない。
頭に浮かんでくる詰問の言葉を都度かき消しながら、アンリエッタは、目を瞑り長く息を吐いた。
ルネを見る。ぴくりとわずかな身じろぎをした少女に、一つ訊ねる。
「アンドレさんには、きちんと相談をしてのことなんでしょうか?」
ほとんど答えがわかっていることについて確認する。
ルネは一瞬視線を逸らして、すぐ戻す。アンリエッタはその様をじっと見ていたので、また目が合った。口を引き結んだ少女が、それが精一杯だとでも言うように首を振る。
そうだろうな、と推測こそしていたものの、少し失望する。
けれども同時に、ほっとしてもいた。ここから偽られてしまっては、話を進めていくのは相当に難儀する。
「到着の知らせは……」
言い切る前に、横からアニーが答える。
「駅で出させたよ。先方宛に電報と、あと途中の駅にも伝言」
とすると明日にも迎えか、何らか返信が届くものと思われた。駅まで兄妹がルネに会いに行った際、偶然にも居合わせたというアニーの手際に、アンリエッタはただただ頭を下げる。
「助かります」
「ふふふん、いーってことさ」
節を付けて唄うように言うと、彼女は頬杖を突き、子供たちの方へと目を向ける。
「しっかしあんたらも。思い切ったもんだねえ。仲良くなった子が気の毒だったとはいえ家出の手引きたあー、義理深いというか単純というか……」
「……」
居た堪れなく口を噤む兄妹。アニーはぱちくりと目を瞬き、ゴブレットを持った手で周囲を指差す。
「いや、だんまりしちゃってるけどさ。みんな、話さなきゃなーんも変わんないぜ?」
言うと、まさに酒の席で絡むみたいに、ぐっと机に身を乗り出した。
「ほらレーム。言ってみな。どういうつもりだったの」
無理やりに注目を受けて、少年は戸惑った様子で目を泳がせた。アニーが「そらそら」と囃し促し、それでようやく、重たそうに口を開く。
「ルネのこと、どうにかできないかって思ったんだ」
ぽつりと言う。アンリエッタと目が合って、レームは目を逸らす。青白い頬は苦しそうに強張って、どこまでも申し訳なさを漂わせている。喉の下に言いようのないざわめきを覚えたアンリエッタは、ただ唇を薄く噛み、続きの言葉を待った。
「このままじゃあんまりだってっ。思ったから。それでウチに来ないかって誘った。こっちに来て……どうにかできないか、一緒に考えられたらって」
「わ、わたし!」
がたりと立ち上がって口を挟んだルネは前のめりに、慌ただしく言い募る。
「私、そこまで言われてません。遊びに来ればいいって、アンリエッタさんから貰ったお金を使えば来れるって、そう言ってもらっただけで。こんな、家出をする準備で来たのは私の勝手なんです。レーム君は関係ないです」
互いに庇い合う。そんな光景を前に、ひゅうとアニーは軽薄な口笛を鳴らして、レームに笑いかけた。
「悪い男だねえレーム。その気にさせちゃったんだ」
「アニーさん」
「いや褒めてんだよ?」
「まじめな話をしてるんです」
はっきりと、苦言を呈する。
彼らの望みを叶えるべきかは、すぐには決めきれない。だが仮に通さなかったとして、大人がきちんと取り合う態度を見せなければ、子供たちはきっと納得しないだろう。これで無理ならばと、次はもっと無謀な方策を取る可能性だってある。
そんなふうにアンリエッタは心配するのだが、しかし当のアニーは小うるさそうにして、送った苦情にはひらひらと手を振った。




