5ー3 ②
「それで、あなたの方も気に病んでいる」
改めて指摘され、アンリエッタは薄く下唇を噛んだ。
「難しい話だものね。お祖父様のご希望は、単なるこだわりとか意志の取り違えからくるものとは違ってる。後の生活に重きを置いた選択なわけで、尊重されるべきでしょうね」
一方で、とニーナは言葉を繋げる。
「ルネさんの境遇は痛ましい。将来の選択に経済的な支障があるっていうのは、まあありふれたことかもしれないけど。いざ目にすると、気持ちに割り切れない所もあるものよね」
「……」
「とはいえ結局言えることは、それがあくまで彼らの問題ということ。公書士は個人の人生の選択に立ち会うけど、彼らの決断までをも代行するわけじゃない。職責を果たすという意味では、みだりに立ち入るべき問題ではないでしょうね」
「……わかってます」
それは結構、とニーナは澄ました顔で言う。目を開くと、こちらの方を覗き見た。
「でもねアンリエッタさん、本当のところを言うと、私の意見はちょっと違うの」
「え?」
「だって、どんな人だって、判断に迷う時はある。いつでも準備万端に何かを選択できるなんてことはない。どこまでも依頼者の意思に沿うことが、依頼者の利益に繋がるとは限らない。そして公書士は、物事の見通しを良くして可能性を提示してあげられる立場にある。……ね、そうじゃない?」
力に満ちた声と、瞳。
アンリエッタは、同調にまっすぐには応じられずに、注がれた視線から目を逸らした。
「ですが」
喉から絞り出した声は、狭い場所を通って少しかすれた。
「ですが、それは、誘導に繋がります」
指摘に、何も揺らがずに頷くニーナ。
「確かにね。自制はもちろん必要。だけどそれと同じくらい、この人に相応しい選択を提示してみせるって意気込みが、私たちにはあっていいはず」
「……」
組んだ両手をじっと見つめ、指に力をこめる。
「傲慢には、なりませんか」
「そうならないよう手を尽くすの」
はっきりと言い切る。
啓示を受けたみたいに、アンリエッタはその声の余韻に耳を澄ませる。
ふっと、ニーナが目を細め息を漏らした。
「意外ね」
「え?」
「あなたよ。なんだか、驚いた顔しちゃって。こんなことはもうとっくにわかってると思ってたんだけど、違うのね」
「……?」
わずかに浮かべたアンリエッタの疑問を読み取ったのか、ニーナは言葉を続ける。
「だってね、あなた、この間の騒動にしても子供たちのことにしても、職務としての慎ましさなんてまるでないみたいな働きぶりだったじゃないの。てっきり、そっちの忠告の方が必要なんだと思ってたくらい」
「それは、ええっと、状況の違いと言いますか……」
ふむ、と口に手をやり、思案顔になるニーナ。
「まあ実際、今までと比べたらだいぶ繊細な案件だものね。悪意のないせめぎ合いに鈍ってしまうっていうのは、いかにもあなたらしい気はするけど」
自分らしいかはさておき、双方の感触を慮った結果悩んでいるのは、アンリエッタも自覚するところだ。
なんにせよ、とニーナは声を置き、アンリエッタと目を合わせる。
「あなたは依頼の請負人であると同時に、その子の後見人でもあるんだから。色々と考えを巡らせるのは悪いことじゃない」
断言する形で背中を押してきたのに、静かにアンリエッタは頷く。見つめ返したこちらの顔に何かしら感じるところがあったのか、ニーナは頬を緩ませ、目を細めてみせた。
それから、思い付いたみたいにいたずらな笑みを作って、口を開く。
「まあ……でも」
声はゆっくりと、けれどもおどけた調子で弾んでいた。
「強欲な相続人を痛烈無比に黙らせるアンリエッタ先生……そういうのも、いつか見せて欲しいところよね」
「はい?」
「ふふっ」
間の抜けた声を上げたアンリエッタに、ニーナは息を漏らして笑う。
「ね、それも、シモンが喜んで記事を書きそうなやつ。特ダネの提供者になってあげるの」
「いや――、ええ?」
どこまでも戸惑った声を出せば、ニーナはいっそう可笑しそうに笑みを深めて見せる。
……はてさて。強欲と見なすべきかはわからないが。
その日ニーナの手伝いを終え、「何か手立てはないものか」と思いつつ家に帰り着いたアンリエッタを待ち受けていた人物は、実際謙虚で従順であるとは言い難い。
即ち、ルネが、田舎から転がり込んで来ている。




