5ー3 ①
……手を差し伸べるべき窮状は未だ数多く、枚挙に暇がございません。今後も、閣下の寛大なる御心をお示し頂けることを、切に願っております――。
手紙の結びをそう書き綴って、アンリエッタは便箋に走らせていたペンを置いた。同じ机で児童向け雑誌の翻訳をしていたニーナが、顔を上げてこちらを見た。
「終わった?」
「はい」
数枚の手紙を集めて揃えると、ニーナに手渡す。
廃業した郊外のダンスホール、その一室を間借りして、二人は作業に勤しむ。ニーナが本業とは別にこなしている慈善活動に同行する格好で、郊外に設けられた難民キャンプに、アンリエッタは足を踏み入れていた。
難民、即ち、ハーヴェルとの戦争が原因でマティルドへと逃れて来た、隣国ヴィエルンの民のことである。戦火を逃れる一時的な処置としてイスタ帝国が受け入れ、一部がマティルド郊外の村落に運ばれた。その管理全般は派遣された軍の部隊が請け負うが、組織の規模としても属性としても細かい世話まで行うことは困難なので、市からの要請により支援団体が介入している、という格好である。
「うん、オッケー。それぞれ封筒に入れて、宛名を書いておいてくれる?」
「はい」
返された手紙を手元に引き寄せると、封筒の準備を始める。
団体への寄付を呼びかける手紙。その執筆が、本日のアンリエッタに宛てがわれた仕事である。下書きがある場合と一から内容を作成する場合とがあるとのことだが、今回は前者だ。目を通す時に差し障りのないよう綺麗な字で……それも活字でなく、手書きである方が覚えが良いとの事情から、いつもは半ばお定まりにニーナに割り当てられている業務だという。帝都の公的機関では導入されつつあると聞く印字機も、この活動にはまだ用無しというわけらしかった。
「――なるほど、ね。それであなたは今も、浮かない顔をしているというわけ」
作業にひと段落が着いた合間、ルネのことについて話せば、ニーナは納得した顔でそう言った。
「資料。自信なさそうに渡してきた割に丁寧な仕事をしていたからどういうわけかと思ってたけど、そういう事情がね。家業を継ぎたくても継げない女の子、か」
口にしながら、ニーナはアンリエッタと目を合わせた。
「子供たちもやっぱり、あなたと同じ様子?」
訊かれて目を伏せる。
「あからさまに泣いたり怒ったり、というわけではないんですが……」
言葉を練って形にするような心地で、アンリエッタは膝の上に組んだ手を動かす。
「ルネさんは朗らかで頑張り屋で……本当に、感じの良い子なんですよね。二人とも短い間に打ち解けていたから、やっぱりショックは大きいんじゃないかって」
レームもルウィヒも、だからといってずっと落ち込むというわけではなかったが、どうも沈むような考え込むような空気をたまに醸して、普段大人しい中に垣間見えていた無邪気さにも翳りができた感じになっていた。その雰囲気とか表情を目にするにつけ、アンリエッタは、胸の内に爪を立てられたみたいな引っかかりを覚えてしまう。
「仲良くなってくれたら良いなと、ちょっと思ってたんです。頻繁には会えなくても、手紙のやり取りをするような友達ができたらって、私の方が勝手に楽しみにしてしまって。あの子達、年の近い知り合いはまだできたことがなかったから」
それがなぜかという理由は幾つかあるが、二人が学校に通っていないということがまず挙げられる。
帝国内の学童教育制度が整えられつつある中で、十三歳までの子供が初等教育を受けるのはすでに一般的なこととなっているが、二人は揃って学校へ行く意思を見せなかった。ルウィヒはかつての集団生活にあまり良い印象を持たないようだったし、レームはレームで、「自分はもう十三だし」と短い期間の在学を拒否した。おそらくそこにはルウィヒが除け者にならないようにという配慮があるはずで、アンリエッタも意図を察して主張を受け入れている。自分たちで勉強をするようにとの言い付けも守っているのでそれぞれの学力にこそ支障はないが、反面大人以外の知り合いを作れていないという現実は、アンリエッタからすると悩ましいものだ。
だから、ルネのような性根の良い娘との出会いに、アンリエッタは図らずも期待してしまうところがあった。それが結果として重苦しい展開に立ち会うという事態に結び付いているのだから、中々どうしてままならないものである。
消沈するアンリエッタのことを、ニーナは変わらず見つめている。




