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やがてペンと制度の力で 〜公書士アンリエッタ2〜  作者: ke
第4話「彼女たちとの短くも眩い日々」
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5ー1 ①

 見送りの場に、ルネは立たなかった。


 借りてきた荷馬車の手入れだけはきっちりと済ませて、姿を現さない。またどこかへ行ってしまったらしいとアンドレはすまなさそうに頭を掻いて、アンリエッタは仕方がないと首を振った。


 傍らにいた子供たちも、何も言わない。はっきりと残念がるでも、苛立つでもなく、物静かに口を閉ざす兄妹が何を思っているのか、アンリエッタにはわからない。たぶんルウィヒについては、体に触ればその感情の一端に触れることはできるのだろうが、少女から身を寄せようとしていないのにそんなふうに探る真似をすることは、やはり気が咎めた。


 どうにも、距離を感じてしまっている。


 ルネのことを心配して一人彼女を追いかけたルウィヒと、気付いた後は一目散に駆け付けたレーム。それにずっと遅れて、背中を追うしかできなかったアンリエッタ。月の下で寄り添う三人を離れた場所で見つめながら、拭いようのない至らなさを感じていた。


「――不足はない。悪くない出来だな。君の負担が大きいのは、少し気になるがね」


「……」


 一週間ぶりの、ロラン公書士事務所である。述べられた仕事の評価について言葉を返さなかったアンリエッタに、ロランは軽く訝しむ目付きを見せた。


「聞いているのか」


「あ。は、はい。ご確認頂きありがとうございます」


 慌ただしく反応して、沈黙が流れる。二人だけで話しているから、応答の歯切れの悪さがそのまま、部屋の雰囲気の居た堪れなさに繋がってしまうのだった。アニーがその場にいれば何らか茶々を入れて間を保ったかもしれないが、本日は、彼女が管理人を務める物件で雨漏りがあったとのことで、出勤していない。


 ロランは執務椅子の背にもたれると、窓の方を見る。


「……まあ、相続案件は私もそう頻繁にこなすわけじゃない。懸念があれば、ニーナにも訊いてみると良い」


 ニーナ・クレマン。かつてはロランの同僚でもあったという彼女は、経験豊富な二等公書士だ。レームやルウィヒのことで相談に乗ってもらったり、クーポン騒動の際にも間接的に協力してもらったりと、出会った時から何かと世話になっている。


「おそらくは、彼女向きの案件だ。君に頼られて迷惑がるということもないだろう。私もムッシュ・ユエに不幸があった時には、ニーナに相談することをマダムに勧めた」


 以前対面した時、夫の葬儀の云々といった話をルイーズが口にしていたことを、アンリエッタは思い出す。慈善事業や相続関係に明るいと自ら称するニーナは確かに、相談をするにはうってつけの相手と言えた。


「また、連絡してみます」


「うむ」


 短く意向に同意するロラン。


 さて、会話には、他にも気になる人物の名前が出ていた。


「ルイーズさんと言えば、商業組合との件はどうなったんでょう?」


 訊ねれば、ロランは苦手意識を隠しもせずに憮然と眉をくねらせた。


 先週までの進捗について聞く。早いもので、不在にしていた一週間の内に、商業組合とボン・リシェスの件も話が進んだらしかった。ルイーズに望む構想がすでにあったこともあるが、何より彼女の手回しの多さが、展開の速度を目まぐるしいものにしている。組合の古株であるベルナールに対してそうしたように、他の複数の有力者にも抜け目なく手を回していて、協議の用意が迅速に整いつつあるという。


「状況を一言で言えば、あの魔王のペースだな」


「魔王って……仮にも依頼者をそんなふうに」


 アンリエッタが戸惑いつつも(たしな)めを送ったのに、ロランは一切気にした様子もなく肩を竦める。


「別に貶してはいない。老獪さに適切な形容をしたまでだ」


「要は、余計に失礼ということじゃないですか」


 指摘をしてもロランは素知らぬ顔である。本人が聞けば、頬を膨らませてこの場を掻き乱しそうなところだ。こんな気構えで対峙して穏便に依頼をこなせるものかと思うが、依頼者への不満を言い表すのは何も今に始まったことではないので、案外と支障はないのかもしれない。


「とにもかくにも」


 と、ロランは一つ会話を打ち切る。


「マダム・ユエに関して言えば、別に正式な依頼がある」


 彼の言う通り、以前の対面の際、組合を含めた関係性について釘を刺されたのとは別に、しっかりと持ちかけられた内容がある。


「本店との契約の更新、ですね」


 頷くロラン。


 ボン・リシェスは、その事業インフラの大部分を姉妹店であるボン・イスタに頼っている。両者の業務提携をいかなる形に取り決めるかということは、ルイーズにとって経営上の死活問題であると言って良い。


「双方の要求のどこに折り合いを付けるかというのはあちら方がすべきことだから、本来我々にどうこうする余地はない。が、一つ、重要な仕事がある」


「契約文書の精査と提案」


「そうだ、と言いたいところだが、実際はもう少し複雑だ」


「?」


 疑問符を浮かべたアンリエッタに、ロランは机の隅のファイルを手に取り、差し向けてくる。

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