4ー3 ①
何やらどうも心配をかけてしまったらしく、洗濯の作業には参加させてもらえなかった。
客間に宛がわれた部屋の席に座り、アンリエッタは窓の外を見ている。そよ風や光と一緒に、聞き慣れた声の言い合いがそこから届いている。下に見える庭にはルネの立てた物干し竿が立って、兄妹二人が洗濯物干しに勤しんでいた。
レームが移動式の脱水機を回して(もしも指を挟んでも痛覚のないレームは気が付けないはずだから、ちょっと心配だ)服を絞り、ルウィヒがそれを干す。
ルウィヒの手付きは必ずしも熟達したものとは言えなくて、速度と仕上がりについて兄から小言を言われぶうたれている。実家にいた頃は「頭でっかち」との評を母から頂いていたアンリエッタだから、ああいう場面はルウィヒを応援してやりたい気持ちになってしまって、それでずっと眺めてしまう。レームが「気にかけ過ぎ」と言ったのは、もしかしてこういう所からくるのかもと、ふと思った。とはいえ過保護にならない線引きはどこかと言えば、確からしい答えは浮かんでこない。
室内に、ノックの音が響く。
返事をすれば、扉が開き、両手にトレーを携えたルネの姿が現れる。
「お茶をお持ちしましたよ、せーんせ」
おどけた調子で声を躍らせて、そんなことを言う。同時に、紅茶と焼き菓子の匂いが辺りを漂った。
「え」
とアンリエッタは、思いがけないもてなしに目を見開く。開けた扉を肩で閉じるルネに向かって、首を振った。
「良いのに、そんな、どうもお気遣い頂いて……」
「いえいえ、いえいえ」
少女がそばまで寄って来たのに応じて、アンリエッタは机の上を片付ける。
「ウチのために頑張って頂いておりますからね。労いの一つでもしなきゃあ、罰が当たるってもんです」
「そんなの」
お互い様だと思うことを言われて、アンリエッタは言葉を詰まらせた。彼女らだってこちらのために作業をしているし、その上大体、アンリエッタの仕事は普通の、対価を伴う依頼を受けてこなしていることなのだ。同列に扱うにしてもおかしな話で、労いで言えば実際、自分たちの方こそそうするべきなのである。
けれどもそんな立場の不平衡をルネは気にした様子もなく、覗き込んで微笑みかけてくる。
「それに。私も少し、お話をしたいなって。――二人で、もちろんお邪魔でなければ」
「……それは。全然、気を遣わないで大丈夫」
要望を携えてのことであれば、もはやアンリエッタに固辞する余地はない。ルネは二つのカップに紅茶を注ぎながら、口を動かす。
「今日も、お外に行く予定が?」
訊かれて、頷く。
「もとは身の回りのことをしようと思っていたので、お昼からですけど。役場へ行こうと思っています」
中々どうして、書類というのは散逸するものらしく、デュボワ家で保有している以外にも存在する可能性があった。有形資産の現況と、手元の権利書や契約書の内容の確認は終わったので、次はそちらを当たっていくというわけである。役場と銀行を訪ねるつもりだが、後者はよその町に所在し、さらには出入りの公書士の立ち会いも必要であるため、これはさらに明くる日の予定としている。預かりの契約書類の確認と、後はできれば書面の写本をしたいと考えていた。後々のことをアンドレが気にしていたから、なるべく情報をルネの下に残そうという心づもりである。
――書き写しだったら、私もできる。得意。
業務内容を耳に挟んだルウィヒがそんなことを進言して来たりもしたのだが、まさかやらせるわけにも行くまい。こと言語に関わることについて少女の能力は疑うべくもないが、人としても職としても倫理に悖った。
――じゃ、休んで。
結果、手伝いを辞退すれば娘からはそんなことを要求されて、アンリエッタは家事雑用から除け者にされたと、そういう寸法である。
椅子を持って来て着席したルネは、カップを両手にくつくつと笑う。
「まじめな働き者だって、うちのおじいちゃんはアンリエッタさんのこと褒めてたけど。ずっと何か読んだり書いたりは家族からしちゃ、気がかりだったのかもね」
発言に、勘付くものがあるアンリエッタである。
「あの。もしかしてこれは、二人が無理を言って?」
「え? ああいや、違う違う!」
手を振って否定して、はたと考えるふうに瞳を上向ける。
「あ。でも、そうとも言い切れないか。もともと私が持ち掛けたんです」
「?」
聞けば、雑用をこなさんとする兄妹に菓子でもどうかと誘って、「だったらエッタに」と言われたのだという。その提案に従い、ついでに自分の所用も果たそうと考えて、ルネは一服アンリエッタへ持ち掛けたと、そういうわけらしかった。
「で、それでですね」
秘密のやり取りでもするみたいに少女は声を潜ませ、顔をアンリエッタへ近付ける。
「縁談を突っぱねて実家を出たっていうのは、ホント?」




