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やがてペンと制度の力で 〜公書士アンリエッタ2〜  作者: ke
第4話「彼女たちとの短くも眩い日々」
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4ー2 ②

 声に従い暗幕をめくる。中を覗けば、外からの逆光を背にするルネの姿が見えた。工房は、玄関と部屋の入り口の間に短い廊下のような空間があって、物置兼作業スペースのようになっている。狭い部屋として区切られた通用口の光景をレームは一瞬見渡して、背中、妹からの苦情に押されて踏み入った。


「じゃ、閉めるね」


 きょろきょろと辺りを見やる二人をよそに、ルネは玄関の扉を閉める。真っ暗闇、というほどのことはないが、両開きの内の片側を開けて取り入れていた光が途切れると、空間は、「ふお」とルウィヒが唸ってしまう程度の暗がりに包まれる。


「準備よーし」


 ルネは言って、さっきのガラス球を取り出す。先ほども淡く発光してゆらめいていたその黄色の中身は、今はつまんだ指の先でぴかぴかと強調され、絵の具で塗った星や月のように鮮やかに閃いている。


 目前に球を差し出されたルウィヒが上目遣いにルネを見て、ルネは頷きを返す。続いてレームの方を見てきたので、なんとも言えない心地で頷いてやった。変わらず眉根に難しいものを浮かべつつ、ルウィヒはゆっくり、ルネの方へと指を伸ばす。


 ぎこちなく、触れた。それでふっと灯りが消えた。


「……ふう、ん」


 窺う様子で呻いたルネは、じろじろと、消灯したガラスの中身を眺める。


「抜けてるね。おじいちゃんが言った通り、触れた場所から抜けた感じ」


「え?」


 と思わずレームが声を上げると、他の二人から注目を浴びた。ルネの眼が、不可思議な色合いを纏って見開かれ、ずいと近付く。


「え? 違った?」


「と、思ったんだけど……」


 間近で訊き返され、心細く呟くレーム。


「どう見えたの?」


「えっと、少し下」


「下?」


「指より少し下のところから出て、指に入った」


「つまり……指の腹? 爪先じゃなく」


 言いながら、ルネはルウィヒへ目配せをする。ルウィヒは首を傾げて人差し指を眺め、やがて視線を上げ頷く。


「てことは、ちょっと待って……」


 ルネは玄関の扉を開け明かりを入れると、ガラス球を自身の目線まで持ち上げ、楕円の球状の端部に目を眇める。それから両手で捧げ持つように差し出して、少し傾けた片面をルウィヒに向ける。


「正確な高さはわからないけど、たぶん、お店ではこんな感じで飾られてたのかな?」


 推測に、ルウィヒが頷く。持ち上げようとしたらしいことを手振りで示されて、今度はルネがうんうんと首を動かす。楕円の中央よりやや下部の辺りに、指をやった。


「そしたらたぶん、初めに触れたのはこの辺り。ここから抜けてたってこと?」


「う、うん。僕にはそう見えた」


 ガラス球を突きつけられたのにたじろぎながらレームが答えると、ルネは止められなさそうに言葉を続ける。


「つまり、前と同じところから霊素(マナ)が抜けた……目には見えないけど弱くなってるんだ! だからそこから通り抜けた! ねえ! きっとそう!」


 唾を飛ばす勢いで、レームに向かって言い募る。こちらが一歩退いたのも構わずに、ルネはさらに体を前のめりにした。


「それはね、予想はしていたことなの! 容器の耐久性を上げれば解決するかもって! だけどキミのおかげで確信に変わった! レーム君は、とっても目が良い!」


 あまり受けたことのない勢いの絶賛に、レームはどう答えたものやらわからない。嬉しいようなついて行かれないような感触に戸惑っていると、ふいにその場に影が差した。


 母屋で話をしていたアンドレとアンリエッタが、軒先には現れている。


「騒がしいな、ずいぶん仲良くなったらしい」


 大人の人らしい見立てをした老人に、「おじいちゃん!」とルネは引き続き感激した声で呼びかける。


「発見だわ! 容器は脆くなってる!」


 かなり説明をすっ飛ばした報告だったが、どうやらわかったらしいアンドレは目を丸くした。「おお!」と穏やかだった声を急き立て、言う。


「傷でも入ったかっ? どんなだ?」


「ううん。でも、接触点とは別の箇所から抜けた! レーム君が見つけたの!」


「ほお、ほお、ほお……そうなのかね?」


 ルネとガラス球とレームを見て順番に息をついたアンドレが訊ねてきたのに、レームは再びどぎまぎとした。


「あ、えっと、そう見えたってだけなんだけど……」


 まごつきながら答える。自身でも受け止められていない功績で注目されて、レームはずっとなんとも言えない心境である。


「――とすると、先に試作したものが使えるか」


「そう! そうなの! 検証はまだいるけど、良いとっかかりだなって――」


 二人で話し込む祖父と孫娘の傍らで、ルウィヒはこそっとレームの手に触れる。


 何が、喧嘩中?


 いかにもわからなさそうな、そして非難めいた質感を載せて伝わった言葉に、レームもまた渋い気持ちで頷いた。



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