4ー2 ①
「突っぱねてやりましたとも。そんなもの」
腰に両手を当てたルネが、毅然と胸を張って言ってのける。首の辺りで断ち切られた後ろ髪を払って、レームたちに見せつけた。
「そんで切ってやったってわけ。おじいちゃんてば何も言えなくなっちゃって、『勝った!』って思ったね」
ぎゅっと握った拳と共に、悪どい笑顔を浮かべる。気さくな言動もそうだが、勝気な仕草にどことなく、アニーに似たものを感じるレームである。
アンドレの代理をするというルネに案内され、レームとルウィヒはデュボワ家の工房に通されている。何の気なしに始まった親についてのお喋りが結婚の話題に移って、それでルネが、不満を露わに近況を語る展開になったのだった。
『喧嘩してたの?』
そんな質問を、ルウィヒは腰掛けにしている手帳に書き付けて彼女に示す。読み取って、ルネはややトーンダウンした雰囲気で肩をすくめた。
「まあね。今もしっかり」
「わかんなかったな、全然」
レームの感想にルウィヒが頷く。消しゴム付きの鉛筆をさらに動かし、さっきの紙の余白に書き付ける。カードとは別に携帯するそれらの筆記具は、オッテンバールが気まぐれに手製し与えてきたものである。革製の黒カバーと紙の束を数個のリングでまとめたその無骨な外観をルウィヒは不満げにしたものの、結局は扱いやすさが勝ったらしくずっと手持ちしている。口が悪く、ぞんざいな態度をとるせいで大人達から厄介者扱いにされがちなオッテンバールだが、自分たちに対してはそんなふうにぼちぼち世話を焼くことがあって、レームとしても態度を決めかねるところがあった。
『仲、良さそうだったのに』
「っ」
ルウィヒの走り書きした問いかけに、ルネはばつが悪そうに言葉を詰まらせる。
「……まあ、お客様の前でツンケンするわけにもね。そりゃ、別に、方針に納得がいかないってだけでおじいちゃんを嫌いっていうことでもなし……、何も決まっていない内からそんな行動に出たのはちょっと、少し、行き過ぎたことをしたような気はしないでもないんだけど……」
目を逸らし唇を右へ左へ尖らせながら、ぶちぶちと言葉を漏らす。まさに屈託を体現したみたいに煮え切らない態度が、その場にはあった。
「やりすぎなら、謝っといたら?」
「うっ」
レームの一言にルウィヒも頷く。手元の紙面に、さらに字を書き連ねる。
『悪いと思ってるなら、そうした方が良い』
「それは……」
「謝って、それで全部が決まるわけじゃないんでしょ?」
「そうなんだけども……」
二人で視線と言葉を注げば、ルネはみるみる身を竦めて小さくなっていく。しまいに黙りこくって、それから「ええーい!」と勢いよく両腕を振り上げた。
「やめやめ! こんな話! ほらほらさっさと作業に入るよ!」
「自分で始めたのに」
「つた」
レームたちが軽く非難したのには耳を傾けないで、ルネはがたがたと部屋のあちこちを漁ってみせる。
「――大まかに、製作の工程を言うとね」
様々作業台に転がした道具や材料の中から一つを取り上げて、ルネは言った。滑らかな楕円の形状をしたガラス球を透かした先に、金色の瞳が見えている。
「これが、封入器。口の部分に触媒を詰めて霊素を反応させたら、拡散しないようにコルクとかで蓋して、完成」
次々に物品を指差して述べた末、ガラスの端部に開いている穴を指で塞いでみせる。理解度を押し測る様子でこちらを見つめてきたルネに、レームとルウィヒはうんともすんとも反応を返せなかった。
「何はともあれ。まずは、現象を見ておかなくちゃね」
そう言うと、ルネは雑多な器材類から避けて並べた完成品の中の一つを、摘み上げる。
「これは、おじいちゃんが持って帰ってきた不具合品。その後改めて色素を封入して、今日まで健在。ルウィヒちゃん、これにもう一回触ってみてもらえる?」
「……に」
頬をこわばらせつつも頷いて、ルウィヒは願いに従い指を伸ばす。
「あ、ストップ」
頼んでおきながら、思い出した様子で待ったをかけるルネ。
「暗くした方がよくわかるよね。ええっと――」
とたとたとルネは工房の玄関方面へ駆け寄って、入口両脇の開放棚から、畳んだ布を取り出す。広げると身丈ほどある大きさのそれは短手の片端にポールを通してあって、二つの棚の上段に渡してやれば、工房の入り口は垂れ幕で塞がれる格好となった。ルネはその内側に身を隠し、ちょいちょいと片手だけ出して手招きしてくる。がちゃりと、隔てた場所から扉の音が響いた。レームとルウィヒは目を見合わせて、指示された通りに彼女の後を追いかけた。
「そら、入って入って」




