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やがてペンと制度の力で 〜公書士アンリエッタ2〜  作者: ke
第4話「彼女たちとの短くも眩い日々」
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23/31

4ー1

 家長と孫娘の二人きり。


 それが、デュボワ家を取り巻く親類関係の全部なのだという。度々の戦争や流行り病で親戚は残らず、息子夫婦も他界している。つまりアンドレがいなくなれば、ルネは天涯孤独の身の上となる。


 状況の悲愴さについてはともかく、相続上の関係性だけを言えば祖父から孫に全部が引き継がれるという単純なものであって、「資産の分配が親族間の揉め事の種になる」というようなことは、少なくとも起こらない。また、致命的な持病もなく、アンリエッタの目から見ても年齢の割に壮健な印象で、明日にもその手続きが必要というような性急さも、現在のところない。


 それでも彼が今回、アンリエッタのような公書士に依頼し遺言書を作成しようと考えたのには、次の三つの動機があった。


 第一に、資産状況を明確化し、まだ若い孫娘に余計な面倒をかけないようにしたいということ。


 第二に、なるべく多くの資産を残せるよう、節税などの策を打っておきたいということ。


 第三に、死後、真偽不明の権利者や負債の訴えが生じた際、信頼して対応を相談できる先――即ち後見役を務められる公書士を、孫娘のために確保しておきたいということ。


 特にこの三つ目については、わざわざ遠方のマティルドの公書士を選んだ理由にもなっている。曰く、近隣の住民の面倒を見てきた公書士は存在するとのことだが、老齢で跡継ぎもいないらしく、「今後も差し障りなく孫娘の面倒を見て欲しいという希望を叶えるなら、初めから都会で若い公書士を探した方が良い」との助言を受けたのだという。


 アンリエッタは、昨日の就寝前に走り書きしていたメモを、アンドレに見せる。


「大まかですが、資産として計上されそうなものを挙げておきました」


 老夫は紙面に目を落として、それからアンリエッタを見る。


「読み上げてくださるだろうか。知らない単語が多い」


 はい、と承諾し、アンリエッタは一行目に指を指す。


「まず、母屋周辺及び森林の土地。次に建造物、製造加工用設備一式……」


 デュボワ家に訪問して二日目の、朝だった。昨日正式に委託契約を取り交わして、本日は遺言書作りの打ち合わせに入る。ルウィヒとレームのことはルネに任せ、ダイニングにて、朝食をすっかり片付けた食卓に書類を広げる。


 アンリエッタがそれらの内容を説明するのに、アンドレは小さな挙手を挟んだ。


「道具にも税金はかかるんだったか」


「細かい工具なんかは対象外ですけど、規模の大きなものとか特殊な用途のもの、事業への関連性が深いものだと入ってくる場合があります」


「それは、仮に、分解したとすれば」


「廃棄物か金属材料と解釈できるでしょうね。申告は不要になりますが、業種を考慮すると全ての設備を処分したとするのは不自然なので、お勧めはしません」


「廃業するとしたら、自然にならないかね」


 問われたアンリエッタは視線を上向け、少し考える。


「状況にもよりますけど……書類は通りそうですね。しかしそもそもの資産価値自体、あまり大きく見なされない場合もあります」


「やったところで、大して差はない可能性がある?」


「そうなります」


 了解したというふうに、アンドレは片手を振る。アンリエッタは頷いて、書面に視線を戻す。


「続けます。他に相続資産に入りそうなのは、年金の抵当に入れていない土地と、後は家畜ですね。これは用途によって価値が変わってきます」


「鳥と牛は、食べる用だね。市場への卸しはやってないけど、畑を耕すのにも使う」


「家事消費として問題ないかと思います。馬もお持ちでしたよね?」


「あれはよそのだ。必要な時に借りてる」


「なるほど」


 走り書きしていた馬の字に線を引き、取り消した。それからも保有資産のことについてしばらく話して、打ち合わせは次に、締結中の契約や許認可の承継に関する内容に移っていく。


 聴取と説明を続け、やがて、いったん一息を入れようという時間になった。


「――あの子も、もう十五になったしね」


 淹れ直した薬草茶を飲み干すと、アンドレはそんなことを言う。


「嫁ぎ先やら探すにしたって将来の財産をきちんと提示できれば、良い縁談が見つかる可能性もぐんと上がる」


「つまり近い内、ご令孫を結婚させるおつもりが?」


 頷く。


 アンドレは座ったまま、傍の棚の引き出しに手を伸ばし、パイプを取り出す。葉タバコをボウルに詰めながら、つらつらと口にする。


「流石に今すぐにどうこうということはないだろうが……生きている内にとは思っている。まあ、そりゃ、のんびりさせてやりたいとも思う。だが一人になっちまった後からじゃあ、生活も結婚もままならなくなるから」


 つい春先、母の持ちかけた縁談に反発したりしたアンリエッタとしては、内心立場のない話題ではあったが。アンドレの心配は大筋、その通りと言えるものではあった。


 固定資産こそあるデュボワ家だが、その収入は細々としたものだ。生業である金属細工と特殊装飾品の製作業は安定せず、小規模農業を始めとした数個の副業と、畑と別宅を抵当にかけた年金と賃料で収入を補填する。月単位で見れば概ね貯金もできる程度の収支状況ではあるものの、アンドレの死亡後には年金と賃料が入らなくなるし、抵当にかけた資産も譲渡することになるわけで、生活は厳しさを増す。だから早めに嫁がせておこうと考えるのは、家の経済状況から言って順当だ。


 老夫が安全マッチを擦って火を付けると、焦げたタバコの甘い匂いがアンリエッタの鼻まで届いた。パイプから細い煙が立ち上る。「では失敬」と言葉を添えると吸い口を咥えて、今度はアンドレの口の端から、濃い靄が漏れては消える。


「ちなみに」


 立ち入った話になるだろうかと思いつつ、アンリエッタは一つ訊ねてみる。


「……ルネさんは、ご結婚についてはどのように?」


 甘い香りとは裏腹に渋く目を細めたアンドレが、深くため息をつく。


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