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やがてペンと制度の力で 〜公書士アンリエッタ2〜  作者: ke
第3話「旅立ちと出会い」
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3ー4 ③

 やがて進路を変えて、街道を逸れる。均しのより荒い道に入って、荷台の振動が先ほどより体へ響くようになる。


「お、お、おっ」


 がたがたごとんと、草はらの割れ目に乗り入れた衝撃にルウィヒが呻いた。御者台から「しっけい!」と声が届く。


「こちらハインリヒ号、乗合馬車よりも粗い乗り心地となっておりまーす!」


 大きな声で、いたずらめいた口上を述べるルネ。強くなった振動に負けじとするルウィヒは、後ろ手に荷台の縁を掴み、車輪の外で(なび)いている草むらに視線を注いだ。カモガヤやオオバコにまみれる地面の中にはコスモスやリンドウといった鮮やかな色合いもあって、その緑や黄色や紫が、森の木立にぶつかって途切れたり、地平まで広がっていったりするのに、両目と口を開けて熱中してみせるのだった。


 そんな反応に、アンリエッタもまたほっとする心地で、二人に倣って遠くを眺める。公園や郊外へ赴けばマティルドでも緑に触れる機会は持てるが、このスケールの自然と対面することは中々ない。だからだろうか、もうっと漂う草の匂いに、その底を這う土の香り、車輪の踏み付けるざりざりとした石の音とか、そういう何から何までが故郷と同じではないにしてもどこか郷愁を埋めるような、そんな感触を覚えてしまう。どうも、いつの間にやら、生まれた土地への恋しさのようなものを宿していたらしかった。


 馬車駅からデュボワ邸までは、ほど近い。馬を飛ばさずとも時間はそうかからず、ルネと何往復かの質問を交わしている内に到着する。


「おじいちゃーん! 戻ったよー!」


 着くや否や、ルネが家の方へ向かって声を上げた。


 辿り着いたデュボワの家は古びてはいるものの、敷地は生業のある一族なりに広々としたものだ。森に繋がる木立を脇に置いて、二階建ての母屋に煉瓦造りの工房、他には幾つかの生活設備とか板張りの倉庫とかが、こまごまと並び立つ。聞けば小規模ながら農作物の栽培もしているようで、離れかどこかに畑も持っているのだろうと、アンリエッタは思う。


「ようこそ。長旅だったでしょう。お疲れだろうし、今日はもうゆっくりなさると良い」


 本件の招待人兼依頼人のアンドレ・デュボワ氏は、快くもそう述べる。荷物もそのままにこちらを応接椅子まで案内し、茶を振る舞った。何か草花を煮出したらしいそれには、青っぽい独特な爽やかさがある。


 匂いは、他にも部屋を漂っていた。


 野菜とかハーブを煮込んだり、肉とか脂とかきのこを焼いたらしい湿り気を含んだ香りが別の部屋からは流れてきていて、触発されたのか、ルウィヒとレームの腹の虫が立て続けに鳴く。聞いたアンドレの目が、つぶさに観察するみたいに丸く開いた。ちょうど馬と馬車の始末を終えて戻って来たルネに視線を向けて、言う。


「おい、彼女ら、まだ飯を食べてないらしい」


「え! あ、そっか。ずっと移動だったんだもんね」


「夜用だったが、もう出してしまおうか」


「だね。私案内しとくから、そっちで準備しちゃって」


 簡潔に打ち合わせると、ルネは改めてこちらを見やる。


「さ! 部屋はもう準備してあるんで、お荷物しまっちゃいましょっか。……その後は、すぐにお昼に!」


 そう宣言する。


 腰に両手を置いたルネは快活に笑み、アンリエッタ達が立ち上がるのを待ち受ける。


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