2ー4 ②
「契約の更新! これに合わせて組織を幾らか再編することになるかも……というのは、確かに本当ですけれど」
「本店の企画顧問というポストに納まった君の立場も、いよいよ危ういというわけか」
「もう、やっぱりご存じなんだから」
表わされた文句にベルナールは肩を竦め、さらに訊ねる。
「で、どうするんだね? 君が、素直に別居に応じる人とは思わないが」
「そんなの、敵かもわからない方にはお教えできません」
ぷいっと顔を背けるルイーズ。
「だってベルナール様は商業組合の重要人物ですもの。本社のあの子たちと一緒で、私のことを目障りにされておられます」
「目障りというと人聞きが悪いが、まあ、考えが合わないという見解は正しいね」
「でしょう? 秘密を耳にするからには、味方になって頂かないと」
「そいつは、ゴシップにしては高い値段だ」
軽口の応酬に、ルイーズはうふふと笑った。
「もちろん、こんなことは冗談ですけれど。でも仲良くしたいのは本当」
甲高くしていた声をやにわに低いものに落ち着かせ、ルイーズは続ける。
「先の一件の影響で、商業組合は末端からの求心力を失っている」
先の一件というのは無論、クーポンにまつわる騒動のことだろう。組合の末端……生産者や小規模事業者が、いざとなった時に自分たちに負債の皺寄せが来かねないのだと、そう勘付いたのなら。危ぶんで組合との付き合いを考え直すだろうことは、想像に難くない。けれども後ろ盾から距離を取る分増すリスクやコストも当然あるわけで、吹けば飛びそうに脆弱な経営基盤しか持たない者たちの先行きは大抵、不安定なものになってしまう。
「そこに受け皿ができるとすれば、優しいベルナール様としても良いお話のはず」
「君がそれになると?」
「ええ。私としましても、一帯の経営者からの信頼に篤いベルナール様と協同できるのは、嬉しいことですもの」
息をついたベルナールの表情には、いかにも響いたものが見られない。
「高く買って頂けるのは光栄だがね……今の私は組合を統率する立場にないし、そのつもりもない」
「けれども危機と感じれば、表立って対応する」
彼の発言の続きをなぞったかのような口振りで、ルイーズはそう言った。
「今でも、腕を振るえば周りはついてくるはずでしょう。あなたにはその政治力がある」
「だから。目障りとでも思ったのかね?」
「いいえ。混乱を招くと思ったのです」
頬に浮かべた不敵な笑みを、ルイーズは崩さない。
「分断は、避けねばなりませんから。組合には私と仕事がしたいという方も多くおられます。そういう方々が、敵とか裏切り者だとか言って誹られるのは本意でありません。もしもベルナール様に守って頂けたのなら、そうした懸念は無用になります」
「……」
博愛めいた論調で述べられたルイーズの主張だが、ベルナールの顔に、賛同の色は見当たらなかった。
「君がただ、君に都合の良い業者リストを作りたいのでなければ良いが」
ベルナールがそう呟いたところで、階下からベルの音が響き渡った。催しの再開を告げる音。ルウィヒはまだだろうかと席の入り口へ目を向ければ、ちょうど少女が顔を出す。
「た!」
アンリエッタへ向かってそう声を出したルウィヒは、案内してくれた店員に礼を送ると、小走りでこちらのそばまで寄った。
手を触れる。
なんか、すごいのがあるみたい。
云われて首を傾げる。
すごいの?
店員さんに聞いた。
期待に胸を膨らませているらしいルウィヒは、それだけ返してくると早々に着席し、待ち遠しそうに肩を揺らす。
「もう、休憩も終わりね」
次第に場内が静かになり行く中で、ルイーズが呟く。ぱちんと、快活に両手を叩いた。
「さ! 演奏会の続きだわ。まだまだ、とっておきを残してあるんですよ!」
言われて席の手摺りの先へと目を向ければ、いつの間にやら奏者が舞台に揃っている。
あの人、さっきと違うとこにいる。
ルウィヒが目敏く、指揮者の配置の移動に気が付く。確かに、彼は中央から舞台袖の付近に立ち位置を変えていて、アンリエッタが認識した直後、客席では小さなどよめきが上がった。壇上の整列の間を割って、一人の女性が歩いて来ている。白のレースを幾重にも重ねたドレスのスカートを翻して、颯爽とした足取りは、間もなく彼女を中央に立たせる。
後ろから、自信たっぷりのルイーズの声が届いた。
「レジーヌ・ディジュ。当代きっての歌姫を呼んだの。御三方も、どうかお楽しみになってね」




