3ー1
時が止まったように――
見つめる。
レームが目にしたアニーの仕草は、そんなふうだった。歌唱を締め括った女歌手が万雷の拍手に包まれる、そのさなかのことだった。
「アニー?」
呼びかけた、ものの。
隣に腰かけた女性の様子に変化はない。
「アニーってば!」
聞こえないのかと思って、再び呼ぶ。はっとした様子でこちらを向く。
「――あ。え? なに?」
「何って、こっちのセリフなんだけど。もっと騒ぎ出すかと思ったのに」
楽器隊の演奏の時にはやんややんやと歓声を上げていたくせに、今はどこまでも上の空にする。そんなアニーの反応は、とはいえ全く理解できないでもなかった。
「まあ、わかるけどさ。僕だって見入っちゃったし」
登壇した時の反応からして、その評判は察せられるものではあったが。
歌声はおよそ、同じ喉から発せられているとは思えない代物だった。低い声が身体の芯を揺らすように重く迫ったかと思えば、歌唱は想像を超えて高らかに伸び、天井を突く。その勢いは強く、こちらの背筋まで引っこ抜かれるのではと危ぶむくらいで、全身が歌に引き込まれる心地だった。声色や歌い方の多彩さにしてもそうで、背後の楽器隊に引けを取らない。鳥のように高く鳴いたかと思えば、遠くの鐘のように伸びやかに揺れる。
そんな、忙しくも穏やかにもなる歌いこなしの全部が、一人の人間から発せられているのである。その事実は、今しがた自身の目と耳で確認したことのはずなのに、同時に信じきれなくて、鮮烈な記憶にいっそ疑わしさすら感じてしまうくらいなのだ。
再び確かめたい心地になったレームは舞台の方を見やって、それから気が付く。
左右と前、三方へお辞儀を送っていた女歌手がじっと、こちらの方を向いていた。
「こっち、見てる?」
笑顔で細められた眼差しの矛先までは、わからなかったが。女歌手の顔ははっきりと、自分たちの席から見て正面にあった。
「大丈夫か」
アニーを挟んだ横の席のロランが、声をかけたのを聞く。
「何が?」
「決まっているだろう」
「……」
二人の会話が、アニーの沈黙で立ち止まる。彼女はただ舞台の方を見ている。女歌手はすでに踵を返して、舞台袖へと足を向けている。
「別に、なんも、何でもないだろ。歌を聞いたぐらいで。馬鹿みたいな気を遣ってんじゃない」
投げやりに言う。
ロランに対してのものにしてもぶっきらぼうにされたアニーの応答に、レームは訝しく首を傾げる。




