2ー4 ①
百貨店ボン・リシェスには、商業組合と協業する目論見がある。
そのためいずれは両者が膝を突き合わせる場に立ち会う機会もあり得るだろう、とは思っていたが、それがまさかこんなにも早く訪れるものとは、本当に、つゆとも考えていないのだった。
ボン・リシェス支配人ルイーズと、マティルド商業組合の古株であるベルナールが、アンリエッタの目の前には立っている。
──まあ! ムッシュ・ベルナールとご一緒だなんて! アンリエッタさんったら、お若いのに顔が広いのね!
鉢合わせてもにこやかさを崩さなかった口からは、そんな言葉が飛んだ。図らずも釘を刺された直後の密会となっているこの状況が、彼女にどう読み取られているのか、アンリエッタには想像もつかない。
「しかし、私の頭もずいぶんと鈍ったな」
冗談めいた自嘲をして見せながら、ベルナールが言う。
「彼女が上司と来ていると聞いた時点で、ここも仕事の関係で来たものと分かりそうなものなのに。知り合いと聞いて驚いてしまった」
あら、とルイーズは目と口をまん丸くして声を上げる。
「びっくりしたのはむしろこっち! いくら組合と仕事上の繋がりがあるからって、まさかベルナール様と親しくされているなんて」
「それはええと、なんといいますか……」
実際親しいと言える要素は特にない間柄であった。アンリエッタが曖昧にしか返せないでいるところに、ベルナールが哄笑を挟む。
「そうであれば良かったが、なにぶん、まだあまり時を過ごせてはいなくてね。もちろん有望な若者と良い付き合いができたらと思ってはいるが、さて……」
と、アンリエッタの方へ目配せをするベルナール。
「え。あ、はい、もちろん。ご懇意にして頂けたらと」
慌ただしくアンリエッタが答えると、「あらあらまあ」と、非難がましさを装ったルイーズが頬に手を置いた。
「ベルナール様に言われたら、そう返事するしかないわよね? まったく。偉そうな老人二人に囲まれて、きっとアンリエッタさんは肩身が狭いんじゃないかしら?」
なんだかごめんなさいね。と、そう付け加えられて、アンリエッタは慌ただしく首を振るしかない。
申し訳なさげに言うルイーズだが、そもそもを言えば、自分のことをこの場に引き留めたのは彼女だ。ルウィヒが手洗いを要望したのをこれ幸いにと、一時退散する口実にしようとしたアンリエッタだが、そんなことを見逃すルイーズではなかった。混雑を理由に従業員用の設備を使うよう提案し、手早く付き添いを部下に申し付ける。仮に意図があっての差配なのだとすればそれはこちらの動向を探ろうとするものに他ならず、その場に居残りとなったアンリエッタは気が気でない。
「それにしても」
ベルナールが言う。
「彼女たちに、一体どんな依頼を? 仮に大きな仕事があるにしても、君らには自前の法務部隊がいるだろう?」
澄ました表情で目をつむったルイーズは、心外そうに肩をすくめた。
「まあ、やだわ。服の上から探るみたいにして。耳の敏いベルナール様なら、元よりわかっていることでしょうに」
そんなふうに苦情を寄越した女支配人は、少女じみて唇を尖らせている。
ベルナールの指摘には、実際その通りと言える事情がある。
ボン・リシェスは、主に買い付けや販売に関する法的な事務手続きを、組織内の人員で処理している。より正確には業務提携関係にある本店、ボン・イスタのシステムに相乗りする形をとっていて、それは分家するに当たって本家と取り交わした契約に従い実施されていることだ。かつて、店舗の設立にあたって土地の取得や開業の届け出といった手続きを請け負ったロランが、今は継続的な委託関係に納まっていないのも、そういう経緯があってのことなのである。
とすればどうして今になって、改まって外へ依頼を投げる必要があるのか。
──あっちの人たちが、私を排除したがってるみたいなの。あれこれと口を出すおばあちゃんには退いて欲しいというわけ。
先刻の面会の際、ルイーズが話してみせた意向は、つまりはその流れに対抗したいというものだった。
ボン・イスタとボン・リシェス。本店、姉妹店という形で分岐した二つの百貨店であるが、実を言えば両者は元は同じ創業者、即ちルイーズの夫フランソワ・ユエの手により興されている。彼は妻のルイーズと一緒になって、革新的と言うべき施策を幾つも打ち出し、名実ともにボン・イスタを国内最大の商業体として発展させた。
そんな二人三脚のユエ夫妻だが、本店の主たる経営からはすでに退陣済みだ。心機一転で持ち株の大部分を手放し、ボン・リシェスを開業したのが五年前のこと。そしてこの五年という期間は、創業当時に本店と結んだ、業務提携契約の有効期間とも合致する。




