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やがてペンと制度の力で 〜公書士アンリエッタ2〜  作者: ke
第2話「大人たちの込み入った関係」
13/19

2ー3 ②

 クーポン事業の進退を巡る議論。その方針を誘導するのに彼に助力を請うていたわけだが、できればそれとなく行いたかったその操作は最終的に、予定したよりも威力的なやり方に結び付いた。「不満を抱いた民衆の集結」により撤退派を脅かして黙らせるという当初の仕込みが、「銃を用いた武力闘争を匂わせる」ところまで飛び越えてしまったのは、ベルナールが独断で演じた立ち回りによるものである。


「武器の多さで勢いづくかもと、そう思ってしまったので」


 無論、破滅的なところへと踏み出す前に場の勢いが失速するとの見込みはあったようだが。組合の長老たるこの老人であればいざ知らず、当日、初めて会合に臨席したアンリエッタに同じだけの確信を持てるはずもない。よって静観を決め込むことも難しく、それで苦し紛れに、銃の状態が万全でない可能性を指摘した。


「私も、同じことを訊くつもりでいたのだがね。君に先を越されてしまった。ご婦人の狩猟趣味は珍しいが、銃の扱いに心得が?」


 質問には首を振る。


「実家が農場で、たまに目にする機会があったんです。昔、手入れの不備で暴発する事故もありましたし、それに」


 つい言いかけて、口を噤む。


 ベルナールが興味深げに見つめてくる。


「それに?」


 促されて、アンリエッタは視線を下げる。


「大したことでは、ないんです。銃の知識とは関係のないことで」


「ほう」


 告げてみた前置きで、ベルナールの興味が消える様子はない。


 アンリエッタは、腹の前に組んだ手の指の力を、少しだけ強くする。


「その――」


 言いかけたところで、階下の壇上から、オーボエの音が聞こえた。出し抜けに響いた木管楽器の音色には、すぐに他の楽器の音が群がる。呼応するように場内のざわめきが小さくなって、アンリエッタ達も、どちらから言い出すでもなく会話を打ち切った。


 各々、階下の舞台へ視線を注ぐ。


 始まったの?


 訊ねてきたルウィヒに、首を振った。


「まだだよ。でも、もうすぐだね」


 少女は、わからなさそうに軽く眉根を寄せる。


「楽器がいっぱいあるでしょ。一緒になって演奏するから、音を合わせておかなきゃいけないの」


 説明に得心したふうに、ルウィヒが前を見た。


 旋律とは違う音がしばらく鳴る。壇上の幕はまだ下がって、隔てた場所から、同じ高さの音が重なって聞こえている。


 なんだったの?


「?」


 会話が立ち消えた中でふいに訊ねられて、アンリエッタはルウィヒを見やる。少女は前を向いたまま、こちらに視線をやらない。


 さっき、言いかけたこと。


 ……。


 ──?


 言葉はすぐに浮かばず、ルウィヒから疑問のニュアンスが入る。


 えっとね、ただ、撃たれるところを見たくなかったの。


 アンリエッタはそう応える。


 壇上では、楽器の音が止まっている。


 好きじゃないの。音も、臭いも。


 ルウィヒがこちらを向く。確かめるように見上げてくる。


 オーボエの音がまた鳴った。最初と同じ高さ、でもそこに別の楽器は群がらなくて、蛇行するようにたおやかに早く音をくねらせる。


 異変に気を取られたルウィヒがあちらを向く。


 壇上の幕がゆっくりと上がり始め、一枚隔てていた独奏が、こちらまではっきりと届くようになる。音を野に放ち遊ばせるような旋律。幕は上がり続ける。段々と、オーケストラの全貌が露わになる。


 オーボエが止まった。


 場内に静寂が染み込む。中央に立った指揮者が腕を掲げ、それからばんっ、とティンパニとホルンが鳴った。程なくして他の楽器も奏で始め、オーケストラが始まる。ルウィヒが口を半開きにして演奏に目を奪われるのを、アンリエッタは微笑ましい気持ちで見つめる。


 事前に配布されたプログラムによると、間に休憩を挟む二部構成の演奏会は、前半に五十分、後半に三十分を予定する。その時間配分こそ明示されているが、招待制で広告を打つ必要がないせいか、細かな演目の公表はなされていなかった。時間の違いに着目したロランなどは、「何か仕掛けがあるのかもしれない」と予想を口にしていたが、けれどもそんな舞台演出とは全く別にサプライズを喰らわされることになるとは、この時のアンリエッタは想像もしていない。


 即ち前半が終了した後の、休憩時間のことだ。


 ルイーズ・ユエが、ベルナール・ショパンの席へと顔を出した。


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