第30章 – カオスと肌と水上戦争
「アケミ、行くわよ! 肩車バトル!」アリサがプールを自分の庭みたいにバシャバシャと叫んだ。
太陽はギラギラと照りつけ、女の子たちの笑い声が庭中に響いていた。髪から雫を滴らせたアケミが口を開きかけた瞬間、ミウ、サヤカ、アリサ、リカの四人に中心へ引っ張られる。
「私たち対あなたたち!」ミウがサヤカの肩に登りながら宣言した。「ガチバトル開始!」
抗議する間もなく、リカがアケミの肩に乗る。
「行け、アケミ! 動いて! 勝ちをもぎ取って!」頭にしがみつきながら、リカはレーシングカーのハンドルみたいに彼を操る。
戦争の火蓋が切って落とされた。押し合い、水しぶき、笑い声が水に飲み込まれる。アケミはリカを落とさないように必死だった……アリサとミウが連携技を仕掛けるまでは。
「ダブルアタック!」二人は同時に叫んだ。
リカは後ろへ吹っ飛ぶ。
「きゃあああああ!」水しぶきは五輪級。
アケミは瞬きした。次の瞬間、リカが水面から顔を出し、申し訳なさそうに泳いでくる。
「ごめん、アケミ! 負けちゃった! 私のせいだ!」そう言うなり、考える間もなく彼を抱きしめた。
彼は石になった。
肌。柔らかい。濡れてる。温かい。
……肌?
片目だけ、そっと開ける。そして全てを理解した。
「な、なに……?」声が上ずる。
落下の衝撃で、リカのビキニの紐が解けていた。そして今、彼女は無防備なままアケミに強く抱きついている。
「リカ……!」アケミは火に触れたみたいに飛び退いた、顔はトマト色。「き、君のビ、ビキニっ!!」
「え?」リカは視線を下ろして、悲鳴を上げた。「きゃああああ!」
怯えたイルカみたいに水へ潜り、アケミを残して消える。彼は息を荒げ、空を見上げた。前だけは絶対に見ない。
その時……
「ずるい!」ミウが腕を組んで悪魔みたいに笑う。「私も“事故”が欲しい!」
「はあっ!?」サヤカがむせる。
それを合図に、公式競技みたいに女の子たちの悪ふざけが始まった。勝手に“ズレる”肩紐、勝手に“ほどける”リボン、飛び交うセリフ。
「あ、やだ! 動いちゃった!」
「アケミ、見ちゃダメ! ……いや、見て?」
「プライベートプールにトップスいらなくない? 自由よ自由!」
アケミは両手で目を覆い、指一本開けるのも怖い。
「なにしてるんだ!? 正気かお前ら!?」
「あははは! 見てあの顔! 爆発するぞ!」全員で囃し立てる。
目隠しのまま逃げようとしたが、遅かった。囲まれる。
「アケミにグループハグ!」アリサが宣言。
「ま、待て! 近づく……なっ……!」
時すでに遅し。柔らかくて滑る体の雪崩に包まれた。アケミが認識できたのは熱と笑い声と、自分の尊厳がログアウトする音だけ。
「落ち着いて、アケミ」アリサが耳元で囁く。「リラックスしたかったんでしょ?」
彼は動けない。真っ赤。硬直。悪ふざけと茶々の海に囚われたまま。
頭の中で一つだけ、無限リピートされる言葉。
『地獄だ……柔らかくて、温かくて、危険すぎる地獄だ』
……
夕方が近づいていた。
オレンジ色の太陽がプールを暖かい色に染め上げる。水面まで照れてるみたいだ。
アケミはリクライニングチェアに倒れ込み、肩にタオル、髪はまだ湿っている。ゆっくり呼吸して、生き返ろうとしていた。
「ふぅ……死ぬかと思った」呟く。
「疲労死? それとも視覚刺激の過剰摂取?」アリサが隣に座り、犯罪級にゆっくり脚を組む。
アケミは横目で見る。沈黙。
「沈黙……ってことは後者ね」うつ伏せで足をパタパタさせながらサヤカが笑う。
「いじめないの、サヤカ」ミウが小悪魔スマイルで割って入る。「搾り取りすぎたから、きっと“優しい手”が必要よね」
「なっ!?」アケミは即座に振り向く。
「飲み物取ってあげるって意味よ? 何考えてたの、アケミ?」ミウはわざとらしく甘い声で無実を主張。
全員爆笑。
アケミはタオルで顔を覆った。
「もう無理……本当に無理だ……」
「ねえ、アケミ」リカが椅子から振り向き、髪を適当にポニテにする。「その体、いつから? それともDLC?」
「は?」
「腹筋」リカは遠慮なく指さす。「私の人生設計より線が入ってる」
「私も気づいた!」サヤカが乗っかる。「濡れたTシャツ脱いだ瞬間、『Boom!筋肉everywhere』だったもん」
アケミは縮こまる。
「朝ちょっと鍛えてるだけ。普通。ベーシック」
「ベーシック?」アリサが膝に肘、顎に手を当てて眉を上げる。「それがベーシックなら、私、専属トレーナーが急務なんだけど……」
「……大声で怒鳴って、汗だくにしてくれるやつ」
「アリサ!」アケミは顔を背ける。また赤い。
「変なこと言った?」彼女はアカデミー賞級の無垢な瞬き。誰も信じない。
「私も運動してるよ?」ミウがぼそり。「ただ、私のは……ソフト系」
「どんなの?」リカが興味津々で振り向く。
「えっと……ヨガ、ストレッチ、ゆっくり上下……バランス取りながら深呼吸して……」一言ごとに腰が小さく揺れる。
「た……楽しそう」アケミはどこを見ていいか分からず生唾を飲む。
「で、アケミは?」サヤカがニヤリ。「トレーニングは一人派? それともペア派?」
「ひ、一人……」自動応答。
「もったいない。その体なら、私を鍛えてほしいな」サヤカはぐーっと伸びをする。腕を上げて、彼の神経が処理しきれない量の肌が見える。
「罠だ……!」彼はまたタオルで防御。
「まあまあ。おしゃべりしてるだけよ……深い話、嫌い?」アリサが少し距離を詰める。「哲学でも語る?」
「哲学?」警戒。
「もちろん」彼女は頷く。「例えばね、美しいものを見て心臓がドキドキするのは……愛? アドレナリン? それとも不整脈?」
「どんな質問だそれ!?」
「あなたが答えるべき質問よ。私たちがウインクするたびの反応を見る限り」ミウが舌を出す。
「今日、家にいるつもりだったのにね……」サヤカがため息。「後悔してる?」
アケミは彼女たちを見た。笑ってる。からかってる。いじってくる。
そして、本当は、楽しいと思ってる自分がいた。
ため息をつく。
「分かんない……ちょっとだけ、後悔してるかも。でも……」
アリサが興味深そうに振り向く。
「でも?」
「……楽しい」
一瞬、静寂が落ちた。鳥の声、穏やかな水音、夕方の風。空はもうラベンダーとオレンジ。
「じゃあ……」アリサが静かに囁く。「日が沈むまでいて。
その後……あなたのこと、教えて」
「どんなこと?」
「なんでも。ただし顔にタオルは無しね」そう言って、彼女はそっとタオルを奪った。
アケミは彼女の目を見た。
一秒だけ、茶々も下ネタもない。本物の、小さな繋がり。
ミウがぶち壊すまでは。
「ねえ! この後“真実か挑戦”やらない? 罰ゲームありで!」
「やる!」全員が叫ぶ。
「いやいやいや……」アケミは椅子に沈む。「オチは分かってる」
「下着でテーブルの上で踊るやつ?」リカが聞く。
「墓まで持っていくべき告白とかね」サヤカが続ける。
「それか……盗んだキス……」アリサはアケミから目を逸らさずに囁いた。
彼は生唾を飲む。
そう。間違いなく、美女に化けた悪魔たちに捕まってる。
そして最悪なのは……逃げたくないって思ってることだった。




