第16話 錆びた鉄の味
僕は知っている。
陶磁器で作られた小さな人形、リヤドロのフィギュリンを。曽祖母が元気だった頃、親族に子供が生まれる度に必ずひとつ買っていた。
なにか悪いことが起きても、この人形が護ってくれる。大事になさい。などと、口癖のように言っていた。曽祖母の死後、すべて売られてしまったけれど。
遠い夏の日のこと。
お盆になると全国の親戚が田舎に集まったものだった。記憶はあいまいで不明瞭で、だが、時に嘘のように鮮明で、なにが事実かそうでないかわからない。
通り土間のある屋敷で、むやみと広かった。近くの川でひとしきり泳いだ後、土間を吹き渡る風にあたって涼んでいた。板張りの床が気持ちよくて、少し年上の親戚のおねえさんたちが切ってくれた生冷えの西瓜を食べる。
シュウくん、シュウくんとよく遊んでくれたのがアミさんだった。年の近い姉妹の妹の方で、その頃は中学生だっただろうか。僕はまだ小学生だった。
一年会っていなかっただけで、いくつか年上だというだけで、とても大人っぽく思え、淡い憧れのような恋を覚えた。髪の毛を茶色に染めて、ちょっと不良っぽい感じ。でも、本当は優しいところが好きだった。その年を最後に会うこともなくなり、親族の間で名前が出ることもなくなったけれど。
僕はまだ子供で、何もわからなかった。
その年、アミさんはみんなの前で父親に殴られて屋敷を飛び出していった。なにがあったのか聞いても誰も教えてくれず、わけもわからないままみんなで探しに出た。
アミさんを見つけたのは僕だった。
二人で遊んだ川添いの崖の上、下からは絶対に見えない遊び場にアミさんはいた。団子のように丸くなって。
泣き腫らしたアミさんは、僕に気付くとそっと手招きをして、ぎゅっと抱き締めながら声をあげて泣いた。その後の記憶はあいまいだ。アミさんの手をひいて曽祖母の家へ戻ったことは覚えているけれど、その日、僕は、錆びた鉄の味のキスをしたような気がする。
草いきれと汗にまみれて、泣きやんだアミさんとなにを話したか記憶は怪しくあいまいだ。守って。うん。結婚して。うん。あは。などというやりとりが本当にあったかどうか。
……どうして殴られたの?
……あたし、バカだから。
伏し目がちにつぶやき、交差したまつげが滴を吸い込んでしまった。涙を流さずに泣くアミさんはまるでバカには見えず、魅入られた僕は呆けたように見つめるばかりだった。
そうだ。やっぱりそうだったんだ。わかっていた、わかっていたのに。
翌年からアミさんが顔をみせることはなくなった。元からアミさんなんていなかったように振る舞う叔母さん、叔父さん、従姉妹たち。なにかを聞こうとしても、黙ってなさいと怖い顔の母だ。いつのまにかアミさんはいなくなってしまった。夏に溶けてしまったかのように。




