第15話 夏の人形
絵を完成させると心に決めると少し楽になり、しばらく足が遠のいていた雑貨屋『妖精女王』へ行くことにした。
マスターにも心配をかけていたらしい。嬉しそうに迎えてくれて、あれこれと世話をやいてくれた。出された麦茶は、あの時に飲んだのと同じ、あるようでないような味がした。最近どうしていたのかといった話から始まり、人心地ついたころ、そうそう、と思い出したように紙袋を渡された。
「ユナちゃんとマキちゃんからだよ。もう引っ越すから、シュウくんによろしくって」
紙袋を開けると、少し焦げたような匂いがした。袋いっぱいのクッキーと、ラップに包んだカードが一枚だけ。綺麗な字で、
カードをぶつけて、ごめんなさい。二人と遊んでくれてありがとう。さよなら。
と小さく書かれていた。
クッキーにはコーヒーだね、わしも少しもらっていいかね? ユナちゃんとマキちゃんは、クロちゃんにもお別れをしにきてくれたんだなどと喋りながら、マスターがコーヒーを入れてくれた。
さよなら。
最後の手紙からは、ふわりとみどりさんの香りがした。コーヒーカップに少し涙が落ちたけれど、マスターは何も言わなかった。
クッキーは少し焦げていて苦い味がした。
ゆっくりとコーヒーを飲み終えて、マスターに絵を仕上げることを伝えた。決意表明のようなものだったのだと思う。それぐらいのことしかできないから。これ以上心配をかけないように、笑顔でごちそうさまを告げて店を出ようとした時、商品棚の人形に目を奪われた。
その人形は、いつか聞こえた早過ぎる風鈴の音のように、僕の思い出を揺らした。
頭蓋骨の底から引きずり出されてくるのは、川を渡る風、毒々しい色合いのカキ氷、生冷えの西瓜、柄杓で流す便所、井戸水の冷たさ、土間を吹き渡る風、冷たい親戚、無数の人形、山と川と海と淡い恋心。バカだから。僕の頭の中のどこかに夏と一緒に仕舞われていた言葉。くっついているのは谷川俊太郎の詩と一青窈の歌、少し離れて切り落とされたおさげと。
「この人形、いくらですか」
「それ? 結構高いよ。リヤドロのフィギュリンだからね」
「知ってます。知ってるんです」
「買うのかね。ほかならぬシュウくんだから安くはするけど……」
かなり値引きしてもらって、それでも手持ちでは足りず、残りは今度でいいというマスターに、お金を取ってきますと言いおいて僕は店を飛び出した。
あの人形は、夏の人形だ。




