第14話 最後のカード
葉月を過ぎ、長月となった。
肌寒い雨の朝、久しぶりに公園へ出向いた。暗い空の下、濡れたベンチに腰掛けることもできず、ぼうっと空を見上げていた。
みどりさんに会うことがあれば渡そうと、ずっと持ち歩いているカードをポケットから取り出してみた。よれて曲がってしまったそれは、ユナちゃん経由で初めてもらったカードを思い出させる。
赤茶けたクライミングプラントが東屋を這い登り、此処は、どこか見捨てられたセカイのように思えた。
誰も来ることなく、時間だけが過ぎていった。どれくらいそうしていただろう。人気のない公園を出て、通りを歩き出した時、傘の向こうから白いワンピースが揺れて近づいてくるのが見えた。
顔を見なくてもわかる。みどりさんだ。
互いに少し離れて立ち止まって、それからもう一度、申し合わせたように歩き出した。傘の向こうにみどりさんがいる。
この傘を下ろすだけでいい。そう思うのに、僕の手は動かず、代わりに足だけが動き続け、立ち止まることなくすれ違った。
みどりさんも立ち止まりはしなかった。声をかけることもなく、傘を下ろすこともなかった。ただ、
いくらか先で足音が止まったような気がして、ゆっくりと足を止めた僕は、傘を閉じて振り返った。でも、
みどりさんの姿はなかった。
ポケットからカードを取り出して、書かれた文字を機械的に眺める。よれて曲がってしまったそれには、
もう、なにも聞きません。だから、もう一度モデルをしてもらえませんか。
とあった。自分でそう書いたことが嘘のようで、雨に濡れたカードを握り込んでポケットに手を突っ込んだ。
僕の気分とは関わりなく雨が上がり、雲を裂いて日差しが落ちてきていた。まるでその日限りの夏が戻ってきたように。
消えていく雨の匂いがする。その中に、幽かに、石鹸とアルコールの匂いが漂っているような気がして、みどりさんとすれ違った時のことを思い出した。
体が大きくなっても、僕は無力な子供のままだ。結局、どの約束も守れなかった。せめて絵を仕上げよう。渡すあてがなくても。
見上げた空は、青く晴れ渡っていた。




