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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
35/64

暗闇で共にワルツを 1

 夜の九時。 リオンの自室に呼び出された四人は、一様に緊張した顔だった。 リオンはその様子を見て、そこまで緊張せんでもよかろう。 と声をかけた。

「でもまあ、大事な話であることは確かなんだがな。 今から話し合うのはアナスタシアのことだ。 早いこと決着をつけておきたいんだ」

 四人をソファに座るよう促して、自分はベッドに腰掛けた。 そして周りの魔力を探り、誰もいないことを確認した。

「妨害魔法はしないんですか?」

「ああ。 向こうはもう気づいているんだ。 取り込むつもりで聖歌隊に入れた祭星が、王命で私の管轄にいることに疑問を持たないほどバカでもないだろう。 奴、王がこちら側の人間であることに最初から気づいていたからな」

 リオンが言うに、ヴァチカンにアナスタシアの味方は誰一人いないらしい。 イルミナティ側も、アナスタシアには散々かき回されたらしく、向こうにも味方はいないだろうとのことだった。

一人ぼっちなんですね。 と祭星が言うと、蓮が(たしな)めるように祭星に言う。

「流石にアナスタシアにはお得意の慈悲をかけるなよ?」

「しないよ。 一人ぼっちで滑稽(こっけい)だなって思っただけ」

 祭星の言葉に蓮は驚いたような顔をした。 そう言う考えも持てるのか、という顔をしている蓮に、祭星はムッとして言い返す。

「なによなによ! 私だってたまにはそう言うこと思うよ!」

「わかったわかった! そんなに怒るなよ!」

 だが、味方を持たぬアナスタシアがたった1人でもこちらに攻撃を仕掛けてくる可能性というのは大きかった。 なにせ彼女の身体は聖騎士のクラウン。 それを人質にするかもしれないし、聖騎士としての力を出してしまえば、太刀打ちできるのは王ただ一人になってしまう。

王は滅多なことがない限り前線へ出ない。 このアナスタシアとの決着を、王の言う「滅多なこと」にしたくないと言うのがリオンの答えだ。

「じゃあ一体どうするのです? もしかしてヴァチカン全戦力をあげてアナスタシアと戦うおつもりなのですか?」

 レイの言葉にリオンは首を振った。

「信じられるのはエルドリッジ、リャウレン、ノックスとリュヌ、そしてお前達くらいだ。 アナスタシアが、他の隊員達に何か仕組んでいる可能性も十分にある。 それに、事情を深く知らない隊員を使ってみろ。 中身はアナスタシアだとしても外見は聖騎士のクラウンだ。 信じられずに使い物にならないのがほとんどだろう」

 リオンの言うことは至極真っ当なことだった。 よってこの四人とノックス、リュヌ、リオンでアナスタシアに迎え撃つと言うことだった。

 エルドリッジはどうやらクラウンとは長い付き合いらしく、彼の様子が変わったのはすぐにわかったらしい。 暗殺部隊と聖歌隊はよく責任者同士で関わりのある部隊だ。 表立って動けないため、エルドリッジは戦いには参加できないとのことだった。

「彼女が戦闘に加わってくれたら百人力だったんだが……」

「エルドリッジさんそんなつえーんっすか?」

 ジョシュアが目を丸くして聞くと、レイがその頭にごつんと拳を落とした。 自分の所属部隊の責任者のことはしっかり調べておけという怒りを込めて。

「エルドリッジさんって確か、色を貰ってますよね?」

 祭星が言う。 ヴァチカンの隊員名簿の色を授かった隊員の名前で、エルドリッジ・O・セドリックと書いていたはずだ。

「彼女は錆だ。 錆の暗殺者エルドリッジ、そう呼ばれているな。 使う魔法は雹雷(ひょうらい)魔法だ。 あれは彼女にしか使えないからな」

「ひょーらい?! あれエルドリッジさんだったんすか!!」

「ほんっと貴方は失礼な男ねジョシュア!! 常識でしょう?!」

「うっせーよブス! テメーの常識がオレの常識とは限らねーだろうが!」

 喧嘩をしだす二人を、祭星は慌てて止める。

「ちょ、ちょっと落ち着いて、ね? 喧嘩をしにきたわけじゃないんだから……」

 祭星の優しい声を聞いてレイはハッと我にかえって咳払いをして姿勢を正した。 リオンはただ2人をみてニコニコ微笑んでいただけだった。

「それで……、アナスタシアはどうするんですか?」

「ああ、その事だが。 アナスタシアは今ラスベガスにいてね」

「は?」

「雑誌のインタビューで出かけているんだ」

 イマイチ話が読み込めない四人。 リオンは「はて?」という顔をした後に、理解した顔をした。

「ああ、お前達知らなかったな。 あのルックスだから良くインタビューを受けたりしてるんだ。 ヴァチカンの広報担当って感じだな。 今はそのインタビューでラスベガス。 やつのいない間に戦力を整えておく必要がある」

 意外なクラウンの一面を知ってしまい、祭星はなんともいえない気持ちになった。 まあ確かにクラウンは完璧な顔立ちだ。 あの蠱惑的(こわくてき)な瞳に見つめられては、男でも女でも思わず顔を朱に染めて逸らしてしまうだろう。

あまりクラウンと話したことがないので、その魅惑に翻弄されたことはないのだが。

「そうだ、祭星。 これを渡しておこう」

 リオンはそう言いながら、布で包まれた小瓶を取り出す。 冷気を放つソレは、液体のようだった。

「魔水にお前の魔力を溶かしたものだ。 お前は良く力加減を見誤るから、魔力切れの時に飲むといい。 ただ、渡しておくと無茶をするだろうからレイに保管してもらおうか」

 リオンはその瓶をレイへ差し出す。 レイは革鞄に大切そうに入れた。 祭星はというと納得いってないようだった。

「くれぐれも祭星以外が飲むなよ? アレは祭星の魔力だから、口に含みでもしたら魔力が同化して大変なことになる」

 その時、ドアをノックする音が聞こえた。 祭星が「私がでますね」と言って立ち上がる。 ちょうどドアから近い位置だったので、誰も止めることはしなかった。

リャウレンか、それか兄か姉だろうかと思いながら、祭星がドアを開く。 だがそこには予想にもしない人物が立っていた。

 赤い長髪。 白い燕尾服に、黄金色が目に眩しい肩章。 そして蠱惑的な瞳。

「見つけた」

 聖騎士クラウン……、いや、アナスタシアはゆっくりと祭星に手を伸ばした。 その手が彼女の喉元に触れる瞬間、リオンが血相を変えて祭星を下がらせた。 祭星を庇うように立ち、アナスタシアを睨みつける。

「……なぜここにいる?」

「えぇ? 私がどこに行っていると思ってたのか知らないけれど、ずっとヴァチカンにいたんだよ。 ラスベガスに行くなんてそんなのは嘘。 そう言っておきさえすれば、君たちは警戒を解いてくれるでしょう?」

 アナスタシアはケタケタ笑って指を鳴らした。 するとヴァチカン全体にガラスが儚く砕けるような音がして、結界が消え去った。

そして塔全体が大きく揺れて、不気味で耳障りな音と共に照明が消え、闇に包まれた。

 その冷たい雰囲気の中で、祭星が一つの気配を感じて体を震わせた。

 ──これ、この気配は……!

「魔物……! いや、これは、魔界の!」

「ご名答。 流石私が作っただけあるねぇ。

 でもやっぱり、邪魔だ」

 アナスタシアはそう忌々しく言うと、暗闇の中で一瞬で祭星を捕らえて、上へ続くエレベーターの前に立つ。 リオンの自室は230階だ。 それより上といえば、王の間と祈祷室、結界を維持するための特別な部屋しかない。

 リオンはハッとした。 これより上の階で、しかも祭星を連れて行く理由。

「アルトストーリアを、解き放つつもりか……!」

 廊下の壁にある非常ボタンを拳で押した。 サイレンが鳴り響き、電源が非常用電源に切り替わる。

「とまれ! お前一人では最上階へ行こうとも、阻止されるのが目に見えている。 大人しく降参したらどうだ」

「はははっ、一人? まだ気づいてない? 私がただのうのうと生きてお前達にこの体を受け渡す気になっていたと思うか?

 それに、私がこの子を捕まえた意味も、まだわかっていない?」

 アナスタシアはそう言うと「おいで」と囁いた。 そして祭星をトンッと突き放す。 アナスタシアから離された祭星の足元から無数の黒い帯のような手のようなものが生まれ、彼女の体に巻き付いて行く。

「っ、う、いやぁぁああっ!!」

 瞬間、祭星が(つんざ)くような悲鳴をあげた。 涙を流し、髪を振り乱してもがく。

手に触れられたその場所が、刺すように痛く、耐えきれない。

熱い。 痛みはやがて熱を持ち、全てを手放したくなるくらい、痛みに飲まれそうだった。

 祭星が痛みに喘ぐたびに、ヴァチカンを覆う闇が濃くなってゆく。 リオンは王の魔力を探り、連絡を取ろうとしたが、向こうの方が早かったらしい。

リオンの隣に王が現れた。 ランスロットは何も言わずに真っ直ぐとアナスタシアを見て、そして祭星を見る。

 ヴァチカンを覆う闇が一つに集まり、そして大きな扉を創り上げた。 それがゆっくりと開かれてゆく。

「魔界のゲートを無理やり開ける膨大な魔力に……、杯祭星の魔力を使ったということか」

 あの黒い手は、魔界の門番と呼ばれるものだ。 こちら側から魔界のゲートを開くには多くの魔力が必要になる。 クラウンの魔力量でも開けることができるが、それを使ってしまってはのちに続くであろう戦闘に押し負けてしまう。 だったら敵の、祭星の反則的な魔力を使ってしまえばいい。

「うぅ……! ぐ、っぁあ……!」

 痛々しい呻き声をあげる祭星。 アナスタシアは祭星に近寄って、頰に手を伸ばす。 涙を払い、蒼い瞳を見つめる。

「痛いでしょ、苦しいでしょ? 可哀想にねぇ……。 でもほら、もっと欲しいって言われてるから、協力してくれるよね」

「ッ、い〝、───ッ!!」

 祭星が声にならない悲鳴をあげたその時。


「水氷(ことごと)く、我が刃と()れ。 参の舞、雪華鏡水(せっかきょうすい)!」


 凛とした、覇気のある声が響いた。 水の竜がアナスタシアを飲み込み、さらにそこから上品な声が重なる。


「手加減は致しませんわよ、パンドラ!」


 黒い蝶が舞い、水の竜を見事に氷漬けにしてしまう。 その竜をしっかりと捉え、金の魔力を纏った弾丸が貫いた。


「神殺しの魔弾、ね。 使い勝手はァ悪くねぇ」


 氷漬けになった竜が砕ける。 蓮は祭星に巻き付いていた黒い手だけを切り刻むと、祭星を抱えてアナスタシアから十分に距離をとった。

「祭星、しっかりしろ祭星! 大丈夫か!」

「れ、ん……! 蓮、蓮ッ……!」

 ガタガタと震えながら、祭星が蓮に縋り付いた。 未だに体全体が痛みを持っている。 息を荒くして涙をこぼす祭星を、蓮はしっかり胸に抱いた。

2人を守るようにレイとジョシュアが立っていた。 あの程度でアナスタシアが倒せるとは思っていない。

予想通りアナスタシアは平然とした顔でその場に立っている。 怪我一つない。

「なぁんだ。 もっと吸い尽くしてあげようと思ったのに。 それとも直接魔力を奪ったほうがよかったのかな。 まあいいか」

 エレベーターに向かうアナスタシア。 ジョシュアが追いかけようとしたのをリオンが片手で制した。

みれば、あたりに魔物がわらわらと現れている。 魔界のゲートが開いて、ヴァチカンの結界が消えた今、これでは見境なく魔物が生まれ続けるだろう。

「止めたいのなら追いかけて来なよ。 ま、来ることができるならの話だけど、あはははっ!」

 愉快そうに笑って、アナスタシアは消えていった。

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