暗闇で共にワルツを 2
リオンは周りにいる魔物達を見てため息をつき、サッと前髪を払う。 その瞬間、魔物一体ずつに白く鋭い光が突き刺さり、全部を始末してしまった。 あまりの速さにジョシュアが驚きを隠せずにいるようだった。
「くそ……、やられた! 魔界のゲートなんて普通開こうと思わない! ランスロット、どうする」
「こうなったらアナスタシア自身を殺すしかないだろう。奴の存在をクラウンから消してしまえば、それで終わる……」
などという声を、祭星は朧げな意識の中で聞いていた。 目蓋が重い、体が動かない。 魔力が空っぽで、生産も追いつかないようだった。
蓮は思考を巡らせて、ハッとした様子でレイに尋ねる。
「レイ、さっきのアレを出せ」
「え」
「早く」
レイが腰に下げた革鞄から布に包まれた小瓶を取り出して、蓮に差し出す。 蓮が受け取ろうとしたそれにグッと力を込めて、レイは厳しい口調で問う。
「でも貴方、これをどうするつもりなの?」
「飲ませる」
蓮が小瓶を奪った。 少しひんやりとした小瓶だった。
魔力切れで倒れた魔法使いに使う薬剤、それが魔水だと以前に祭星が言っていた。
蓋を開け、祭星の口元へ傾ける。 しかし上手く口を開けてくれない。
「……」
蓮は小瓶に口をつける。 驚愕する皆を他所に、魔水を口に含み、瓶を捨てる。 そして祭星の口をこじ開けて、唇を重ねて魔水を移した。
祭星の喉が小さく鳴る。 すると、彼女はゆっくりと
目を開いた。 蓮はホッとした様子で声をかけようとする。 その時だ。
とてつもない目眩と、頭の割れるような頭痛。 腹の中が掻き混ぜられるような感覚があって、思わず口元を塞いだが堪え切れない。 苦しそうな咳とともに出たのは赤黒い血だ。 白い手袋が赤に染まり、蓮はボタボタと床に血を吐きながら掠れた声でいう。
「祭星、調子は……」
「れ、蓮……?! 何を……何をし、ッ」
同様の感覚が祭星にも襲いかかった。 苦しむ二人の間にリオンが割って入り、額に指先を付ける。
そして何かの魔法を発動させたようで、二人の症状はすぐに消えてしまった。
「……とりあえず説教は後だ。 言っただろう、魔力が同化すると大変なことになると。 すぐに浄化できたから今回は良かったが、もう二度とやるな」
リオンにそう言われ、蓮は素直に頷いた。
祭星は霞む頭の中を整理した。 あの黒い手で魔力をギリギリまで吸い取られ、そのおかげで魔界のゲートが開いてしまった。
これは実質自分のせいなのでは?
顔色の悪かった顔をもっと青ざめさせた。
だがリオンもランスロットも、今はアナスタシアを止めることが先にすべきことだという。
ランスロットは自分の端末に送られてくる現在の状況を確認し、ため息をついた。
「どこもかしこも魔物だらけだ。 下のフロアは戦闘部隊に任せることにした。 ヴァチカンの隊員達をフルに使って魔物の討滅してもらおう。
これより上のフロアにはこの五人と……、ああ、今捕捉した。 こちらへ連れ出すか」
ランスロットはパチンと指を鳴らす。 すると風船が割れるような音とともに、ノックスとリュヌが現れた。 二人は突然連れてこられたようで、辺りをキョロキョロと見渡して、状況を読み込めていなかった。
「あ、あれ、ここヴァチカンか?」
「まっつほぉおお! あーんもう怪我まみれじゃない! どうしちゃったの〜!」
リュヌが武器をぽいと投げ捨てて祭星に飛びつく。 今祭星は蓮が抱えていたので、同時に蓮にも抱きつく形になったのだが。
リュヌが投げた武器をノックスは慌ててキャッチし、ランスロットを見つけるとかなり驚いた顔をして飛び跳ねる。
「ラ、ラララ、ランスロット王?!」
「リズム良い言い方だな? ダンスでも踊るか?」
ランスロットは窓の外の扉を指差して言う。 それを見たノックスは嫌そうな顔をして「結構です」と言った。
「祭星〜、せっかくの綺麗な髪が台無しよぉ。 待っててね、すぐに戻すわぁ」
祭星の額に軽くキスをするリュヌ。 するとサァっと血が剥がれるようにして、隊服や髪、肌が元に戻る。
綺麗になった妹の頰や額にキスの雨をふらし、リュヌが再びぎゅうと愛情込めて抱きしめた。
蓮とバッチリ目があったリュヌは、彼に片目を瞑ってみせた。 そしてにっこり笑う。
「ありがと。 祭星のこと支えてくれて」
「いえ、俺は何も……」
「うふふ。 お姉ちゃんって呼んでくれてもいいわよ?」
「じ、じゃあ言葉に甘えて……」
蓮がどぎまぎしてそう答えると、祭星は目を見開いた。
「珍しいねそんなに素直なの」
やいのやいのと騒ぎ出す三人。 一方その頃真面目なノックスはリオン、ランスロットと情報を共有しあいこれからの方針を決めた。 実際、悠長にこうやって話している暇などないのだ。 下の階からは喧噪が聞こえてくる。
「リュヌ! 僕達は先に上に行こう。 魔物を足止めする必要がある」
「はぁーい。 祭星、それに蓮くん。 気をつけてね」
リュヌが立ち上がって、ノックスから武器を受け取る。 彼女の使う武器はレイピアだった。 ノックスは肩に大鎌を担いでいる。
と、リュヌが蓮を呼ぶ。 一言二言話した後に、蓮がリュヌから何かを受け取っていた。 それが一体なんなのかはここからは見えない。
祭星は疑問に思いながらも、ノックスと目があった。 妹を励ますように優しく笑って、声を出さずに口の動きだけで言葉を伝える。
──大丈夫。
祭星はしっかりとその言葉を胸に刻んだ。 コクリと頷いて、エレベーターに消えていく兄と姉を見送った。
「リュヌとノックスに続くぞ。 アナスタシアの目的は250階に封印されているアルトストーリアだろう。 アナスタシアをクラウンの中から引きずり出すには、エスペランサの裁きを使うしかない。 祭星、やれるか?」
「はい、私がやります。 やられっぱなしなのは嫌ですから」
リオンが非常階段の扉を開けた。 塔の外周を渦巻くように設置されてある階段だ。 ほぼ使わないものだが、エレベーターはノックスとリュヌが使っている。 それにもし動力源が落ちてしまえば、最上階へ行くのに時間がかかってしまうだろう。
階段は暗く、空気が冷たかった。 時折、下の階からの悲鳴や怒号が反響してくる。
231階から240階までは大変静かだった。 恐らくノックスとリュヌが早々に蹴散らしてくれていたのだろう。 それにしても下級魔物がわらわらいたはずだというのに、それをあの短時間で殲滅させられるものなのだろうか。
241階。 リオンが違和感を感じて階段の踊り場で立ち止まる。 そしてロビーへ出る扉を開いて、足を踏み入れた。 その時、緑色の蔦のようなものがものすごいスピードでリオンに襲いかかってくる。
すぐに反応をしたレイが呪術でその蔦を跡形もなく燃やし尽くした。
レイはリオンの前に躍り出て、振り返らずに言う。
「ここはわたくしにお任せください」
眼前の敵は汚らしい花のような魔物。 フロア全体が蔦に覆われ、不気味な紫の花が禍々しく咲き誇っている。
やれやれと困ったようにレイが眉間にしわを寄せながら、鼻を塞ぐ。
「ああ、もう。 ひどい匂い。 わたくしの嫌いな香りね」
ふわっと髪を手で払うと、黒い蝶が彼女の周りを何匹も舞う。 パンドラという魔法具、それは彼女の蝶飾りのピアス。
「さあ、お早く」
「わかった、行くぞお前たち」
階段を再び登って行く、ジョシュアが不意に足を止めて、レイに小さく言った。
「死ぬなよ」
「あら、わたくしを誰だとお思いで?」
決して振り返らず、レイは眼前の魔物をにらみつつ、不敵な笑みを口元に浮かべた。
こんな場所で、この程度の魔物にやられるわけがないだろう。 そう言いたげな笑み。
「わたくしは貴方のパートナーでしてよ。 勝手にくたばるなんてありえないわ」
ジョシュアはそれを聞いてフッと笑った。 彼も再び階段を駆け上がる。
きっと彼女だったら大丈夫だろうと信じて。
「さあ、一人で戦うのは初めてなのよね」
レイは困ったように言う。 だがその顔に焦りは一切見られない。
──祭星はいつもいろんなものを背負って生きてきたのよ。
そんなあの子のためだったら、なんだってできる。
言い慣れた呪文を唱える。 足、そして手に炎を纏い、花の魔物向かって拳を作る。
241階という、地上から遠く離れた場所で咲いた花に、レイは黒い蝶と共に舞い続ける。
階段を駆け上る五人。祭星が息を切らしながら白い壁を見ると、245階と書いてあった。 あと七階分、この階段を上らなければいけないと思うと途端に気分が悪くなった気がした。
だんだんと足が上らなくなってくる。 周りは男で、しかも皆体を鍛えているだろう。 そんな中女一人でそこまで運動していない祭星。 自然と足が止まり、胸を抑えて喘ぐように息を吸う。
「ご、め……ん! 先に、いってて……! すぐに、おいつきま、す」
そんな祭星を見て、ランスロットが祭星の元へ駆け寄る。 ひょいと華奢な身体を抱き上げ、再び階段を駆け上がろうとしたその時、足元から巨大な爪が階段の混凝土を突き破って現れた。 ランスロットは崩れる階段を少し降りて、向こう側にいる蓮の名を呼ぶ。
「白石ィ! 受け取れ!」
崩れてゆく階段、ランスロットは不安定な足場で祭星を蓮に向かって放り投げた。
「ちょ、ま、わぁぁっ!」
穴の空いた空間を見れば、地上すら見えない。 ここから落ちれば245階から一気に地上まで真っ逆さま……。
そんなことを考えて血の気が引いた。 すると縮こまる祭星を蓮が受け止めた。 反動で少し足場が壊れたのを見たジョシュアが、蓮をぐっと引き上げる。
「蓮、祭星を頼んだぞ」
「あ? おい、ジョシュアお前……!」
ライフルを構え、ジョシュアが王のもとへ飛ぶ。
「王、オレも一緒に戦います」
ふむ。 とランスロットがジョシュアを見た。 着崩した隊服から見て、そんなに王への信仰がどうだの言う筋ではないと一目でわかった。 ランスロットは腰に収めていた細身の剣を引き抜いて、ジョシュアと並ぶ。
後ろでは、リオンが蓮と祭星を連れて先へ進み始めていた。 あと五階、何もないことを祈るしかない。
「マッカーソン家の次男だったな君は。アルバード嬢に見倣ったのかい?」
「まさか。 オレにそんなこと考える頭なんかねぇっすよ」
ボルトアクション式のライフルを構え、暗闇の隙間から覗く魔物の瞳に狙いをつける。
銃声が鳴り響き、魔物が血しぶきをあげながら階段に体の一部を叩きつけた。
芋虫のような腕。 ランスロットはそれを剣で切り開く。
「じゃあ彼女に良いところでも見せようと?」
「レイのフィアンセはオレの兄貴だ。 オレはただ、レイがオレのことをどう思ってようが、レイに戦いに出てほしくない。 さっさと兄貴と結婚してイギリスの片田舎でのんびり暮らしてろってんだ」
ああ、そうか。 とランスロットが思う。 マッカーソン家は魔力を持たない人間が多い。 彼の兄もただの人間だ。 そして同じようにアルバード家も。
「言葉にしないと伝わらないんじゃないのかい?」
「バカ言わないでくださいよ」
ジョシュアが弾薬を変える。 魔弾と呼ばれる特殊な銀の銃弾だ。
「男ってのは、自分の本当の気持ちなんて、恥ずかしくて言葉にできねェんすよ」
247階をすぎた。
祭星は今まで生きてきた中でこんなに走ったのは今日くらいだろうと思った。 疲れた様子の祭星に、リオンが声をかける。
「祭星、すこし休むか?」
「いえ、だいじょうぶ……です! みんながんばって、るのにっ、わたしだけ休むことなんて……」
「そうか……。 だが、一旦止まったほうがいい。 249階に大きな魔力を感じる。 魔物のものだ。 一度ここで息を整えて行こう」
248階は異様な静けさだった。 魔物が一匹も見当たらず、ただ空気が重いだけ。 辺りに魔物が潜んでいないことを確認したリオンは、壁に手をついて息を整える祭星に水薬を差し出す。
なんてことない気休め程度のものだが、ないよりはマシだろう。 蓋を開けて口の中を湿らせる様に含み、ゆっくりと飲み込む。
蓮はというと、たいしていつもと変わらない顔色だった。 特に息も上がっていない。 額に汗が滲んでいる程度だった。
「白石は疲れていないか?」
「はい。 こういうのは慣れてます」
「そうか、なら良いが……」
リオンが上を見る。 パラパラと天井から小さな瓦礫が落ちてくる。 振動が伝わってきて、祭星は驚いた様にキョロキョロと辺りを見回す。
リオンは小さく舌打ちして、唸る。
「悠長に回復している暇はないか……。 祭星、一つお前に伝えておかなければいけないことがあるんだ。 最上階、幽郭の庭というのだが、そこに封印されているアルトストーリア。 それにエスペランサが近づくと、エスペランサは取り込まれてしまう。 つまり、ほとんど恩恵を得られない」
「え、どういうことですか……?」
「力を持つものは、別の大きな力に喚び醒まされ、一つになろうとする。 エスペランサは、自分よりも強い力を持つアルトストーリアという魔道書に吸収されてしまう。 そうすることでアルトストーリアはさらなる力を手に入れる」
でも。 とリオンは続ける。
「完全に吸収される前にアナスタシアをどうにかしたらいいわけだ。 やつをクラウンからはじき出すためには強い光属性の魔力を注げばいい。 ありったけの魔力をな。
つまりあの面子だと光属性の魔力を持っているのは祭星だけだった。 だからこそアナスタシアは祭星の魔力を魔界のゲートを開くために使ったんだ」
あの六人だと、たしかに祭星しか光属性の魔力を持つ者はいなかった。 蓮は闇、レイは火、ジョシュアは風、ランスロットは無。 リオンはレイと同じ火属性だった。
エスペランサが吸収される可能性も多いが、祭星を最上階へ向かわせないとアナスタシアをはじき出せない。
自分が光の魔力を持っていればと、リオンは悔やむ。 このまだまだ新米の魔法使いにアナスタシアを任せるなど。
祭星はそんなリオンの気持ちを知るよしもない。 彼女としては、アナスタシアは自分の手で殺さなければと、そう思っているからだ。
その時、爆発音が轟いた。 そして上階の床が抜け落ち、巨大な獅子の様な魔物が三人の前に立ちふさがった。
リオンが冷や汗を垂らす。 この魔物はその辺にわらわらいるやつとはわけが違う。
「上級か……! 祭星、蓮、気をつけ……、ッ!」
獅子の背中に広がる黒い翼が力強くはためいた。 うまれた風はもはや突風で、思わずリオンは顔を顰めた。 魔物が羽根を使い、階段付近の壁を崩すつもりだと察した彼は、急いでプロテクトを展開させた。 その中に祭星と蓮をトンッと押しやる。
「行け! 早く!」
「で、でも」
「早くしろ!死にたいのか!」
リオンの怒号。 祭星は肩を震わせて後退りし、走り出そうとする。
「祭星」
蓮が祭星の足を止める様に名前を呼んだ。 振り向きざま、彼女に黒曜石でできた短剣を渡す。
「これは?」
「リュヌさんからだ。 さっき渡された。 上じゃエスペランサが使えなくなるんだったら、何か武器があったほうがいいだろうからな」
美しい短剣を渡し終えた蓮は、自らプロテクトを通り抜ける。 その後ろ姿に祭星は、なにも声をかけることはしなかった。 ただキュッと口を何かに耐えるように固く結んで、独りで非常階段へ向かった。
祭星が先へ向かった気配を感じて、蓮は刀を構える。 隣に並ぶ灰色の混じった緑髪の青年を見て、リオンは仕方がなさそうに笑った。
「よかったのか、共に行かなくて」
「あんな女に負けるようなやつじゃないって、俺は知ってます。 リオンさんだって、そう思ってるはずです」
長い間、行方を眩ませていた青年。 離れ離れだった時間がどれだけ長かろうとも、その程度で二人の絆が、気持ちがなくなることはなかった。
最初から、蓮はずっと祭星のことを信じていたのだ。
やれやれ、本当に。 とリオンが小さく呟く。
「お前は本当に、幸せ者だよ」
そう言って、リオンは目の前の魔物と対峙した。




