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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
34/64

想いのカケラ 1

 検査ルームの待合室で、なにやらよくわからない書類を渡されたまま、立ち往生していた少女。 半分泣きそうになっていた少女に、聞きなれた声が届く。

少女は声のした方向を見て、パァッと顔を明るくした。

「杯さん!」

「藍沢さん! よかった、元気そうで……!」

 藍沢の手を取って、祭星はにっこりと笑った。 藍沢もつられて笑う。 その後ろに蓮がいるのを見て、藍沢は小さく頭を下げた。

「昨日はありがとうございました。 本当に、助かりました」

「検査結果は?」

 無愛想な声。 藍沢は慌てて書類に目を落とし、それが全て英語で書かれているのを見て首を傾げた。 祭星が横目で見て、安堵した声を出す。

「何もなかったみたい。 ただ魔力の生産は止まってないみたいだから、今後をどうするのか決めなさい。 って書いてあるよ」

「さ、杯さん読めるの……?」

 筆記体だらけのこの資料をペラペラと引っかからずに読めるなど、驚きだ。

「ある程度ならわかるよ。 それと、ヴァチカンに入るのと同時に解読の魔法をかけられて、それは死ぬまでずっと永遠に解けないから……。 ここってたくさんの国からたくさんの人が来るでしょう? だから言葉が通じるようにって、魔法でどうにかしてくれてるの」

「魔法?! というより魔法がなくてもある程度だったらわかるの?! すごい!」

 蓮はそのワイワイはしゃぐ二人を見て微笑ましくと思うも同時に、まるで祭星が二人になったようで頭を抱えた。 これ以上うるさい奴が増えてもらっても困るのだが。

気を取り直して、蓮は藍沢にヴァチカンのパンフレットを手渡した。 自分が読んでいたものだが、ないよりはマシだろう。

「マギアクラフターの作業を見に行くなら、ここじゃなくて隣の技術開発塔(ぎじゅつかいはつとう)に行く必要があるんだ。 藍沢さえ良ければ俺が案内する」

「あっ! ぜひぜひ、お願いします!」

 きょとんと首を傾げ、祭星が「マギアクラフター?」と蓮に尋ねる。

「お前まさかマギアクラフターを知らないんじゃないだろうな」

「わかんない……」

 盛大なため息をついて、蓮が頭を再び抱えた。 その様子を見て祭星は申し訳なさそうに「うう」と顔を伏せた。 藍沢は慌てたように祭星に話しかける。

「わ、私もまだわからないから、杯さんも一緒に見に行こう?」

「行く! ね、私も行っていい?」

 祭星は蓮を見上げる。

「お前病み上がりだろ。 あまり無理をしないほうが」

 そういうと、祭星が悲しそうな顔をする。

 ──やめろやめろ! そんな可愛い顔で俺を見るな!

 蓮が顔を真っ赤にして、祭星から目をそらす。 藍沢はそんな蓮を見て、ニヤニヤとした顔になった。

「あーあーもうわかったよ! 連れてけばいいんだろ、連れてけば!」

「ありがとう蓮!」

 調子が狂うと思いながら、蓮は気を取り直して技術開発塔への行き方を思い出す。 確か六階に連絡通路があり、そこから行けるはずだ。

話に花を咲かせる藍沢と祭星の先頭に立ち、六階を目指す。 下へ降りるエレベーターの中で、蓮は不思議に思って二人へ尋ねた。

「お前たちいつまで苗字で呼び合うつもりなんだ?」

「ほ?」

 祭星が首を傾げた。 藍沢はと言うと、少し恥ずかしそうな顔をしてチラリと祭星を見た。 その瞳を見て、蓮が感づく。

 杯 祭星という少女はどこか神秘的で、話すと心が温まる。 その蒼の瞳も、優しく包んでくれるような性格も、全て祭星の魅力なのだ。

だからこそ、敵が出来やすいのだ。

今で言うとレイも祭星の事を大切な存在だと思っているだろう。 リオンもそうだし、あの兄妹も。 それら全てが、祭星を恋愛対象として見ているわけではないが、やはり無自覚に人を惹き寄せる事には変わりがない。

だからこの藍沢ここみという少女も、彼女の魅力に気づいてしまった一人だ。

 嫉妬ではない。 相手は女だし、彼女にできた唯一の女友達だ。 だけどどこかで「これ以上は(たら)し込まないでくれ……」と思う気持ちもある。

しかも祭星本人はそれに気づいていないのが厄介だ。 無防備すぎる。

 これはしっかりと自分が見張っていないと……。

「あ、そうか。 藍沢さん、私のことは祭星って気軽に読んでいいよ」

「えっ!? じ、じゃあ私も。 私のこともここみって呼んで! 敬語もなくていいから、と、とと、友達……だし」

 エレベーターが目的の階に着いた音がした。 ささっと降りて、連絡通路を通りながら祭星がにっこり笑って藍沢の名前を呼ぶ。

「ここみ!」

「なぁに、祭星?」

 そして顔を合わせて笑い出す。

良かった良かった、と思っていた蓮の隊服についた腰のマントをクイっと祭星が引っ張る。 何事かと思い後ろを振り向くと、満面の笑みを浮かべた祭星が蓮に言う。

「ありがとう。 蓮のおかげだよ」

 ふわりと微笑んだその温かさ。 鼓動が高鳴るのを感じて、フイと前を向く。

「……別に、気になったから聞いてみただけだ」

「そうなの?」

「そうだ」

「本当に?」

「ああ」

「じゃあそう言う事にしておくね」

「そうか」

 そんなやりとりを見て、藍沢は微笑ましくなった。 そして蓮にわざと尋ねる。

「白石くんは祭星の事が大好きなんですね」

「なっ……?!」

 藍沢と出会って初めての驚き声をあげてしまった。 そこそこの大きさだったらしく、すれ違った技術開発員の何人かがこちらを振り向いていた。

「バレバレです。 顔に出ていますから」

「そ、そんなに出ているか?」

「ダダ漏れです」

 ポーカーフェイスは今まで得意だったというのに。 蓮はこめかみを抑えた。

 連絡通路を抜けて、技術開発塔に入る。 マギアクラフターの専用ルームに行く途中、朱塗りの異様な扉を通り過ぎた時、祭星が足を止めた。

隣を歩いていた藍沢が、つられるようにして立ち止まる。 それに気づいた蓮も歩みを止めた。

祭星は扉をジッと見つめる。

「どうしたんだ?」

「何かいる……。 この中、よくわかんないけど……」

 朱塗りの扉の前に立ち止まる三人。 警戒されぬわけもなかった。

一人の女性が技術開発塔の隊服をはためかせて、背後から声をかける。

「何してんだそんなところで」

 凛とした声。 祭星はビクッとして後ろを振り返ると、茶色く長い髪を一つに結んだ赤目の少女が立っていた。 前髪にはピンクのメッシュが入っており、キリッとしているが猫のように大きな瞳が印象的だ。 赤と黒の隊服は技術開発塔の一員という証。 しかも、黄色と黒の腕章が付いている。 それは紛れもなく、技術開発塔の次席のもの。

 技術開発塔次席兼ZEXT(ゼクスト)製造責任者という肩書きを持つ少女。 その名を藤堂文緒(とうどうあやお)

小さい少女にしか見えないが、彼女は相当偉い人間だ。

「えっと、あの。 私たちマギアクラフターの見学に来て」

「そっちの見慣れない女のことか。 リオンから話は聞いてる。 キミの準備さえ良ければすぐにマギアクラフターとして受け入れるつもりだ。 まあ先ずは見学してくれ。

 おい! 見学希望者だ。 隅から隅までじっくり見てもらっとけ!」

 文緒がそういうと、何人かの職員がやってきて、藍沢にこちらへ来るよう促した。

藍沢は祭星と蓮に向き合って頭を下げて、笑った。

「またね!」

 通路の奥へ進んで行く。 その背中を見送って、祭星は「またね」と言った藍沢に手を振った。 きっとまた、会えるのだから。

藍沢を技術開発塔まで送り届けるという目的を終えた蓮と祭星は帰ろうとしたのだが、それを文緒に止められた。

「そこのお前がクレアシオンか。 なんでこの扉の前にいた」

「えーと、なんだか。 何かがいる気がして……。 誰かを待ち続けている、何かがこう……」

 曖昧な言葉だったが、文緒にとってはそれが十分すぎる答えだった。 胸ポケットから銀色の鍵を取り出し、扉へ近づく。

「なるほどな、少なくともリオンとエルドリッジの見立ては間違ってなかったってわけだ。

 ……入れ。 お前の父、クラウンからの贈り物だ」

 真っ暗な部屋の中、言われるがままに入って目を凝らす。 文緒は自分もその中に入ると扉を閉めて、横にあったスイッチをつける。

何かが起動する音と共に水銀灯(すいぎんとう)の光が点る。 スポットライトに照らされて姿を現したのは、半分が機械で半分が魔物の何か。

白い隊服を身にまとっていて、丈の長い隊服から覗くのは黒と赤の尻尾。 機械のように細い脚は太もも部分から魔物の皮膚のようだった。 頭は機械、身体は魔物そのもの。

「ZEXT09。 これは魔物と機械を合わせた戦闘道具だ。 頭、腕、膝から下が機械。 そのほかは魔物だ。 一応人型魔物をベースにしている。

 クラウンとアナスタシアのことは知ってんだろ? ちょくちょく正気に戻ってたクラウンが、いつか来る時に向けてお前のためにと作ってくれって言われたんだ。 それをボクが作った。

 ……おいいつまで寝てんだ09(ナイン)! さっさと起きろ、お前の護衛対象だ!」

 文緒がそう言うと、ZEXT09と言われるそれは起動音をもう一度あげて、瞳に光を灯した。 鋭い眼、それは赤く光り、髪のように靡くコードにも同じように光が生まれた。

そしてゆっくりと地面を滑るように移動して、祭星の前に立つ。

『ほう……』

 機械音、人間の肉声とは違う声でZEXT09が喋った。

『この小娘が、(オレ)の護衛対象か』

 祭星に顔を近づけて、舐めるように見る。

その赤い瞳を見て、不思議と恐怖を感じることはなかった。 どちらかと言えば、前の自分を思い出した。

蓮と再会する前の、孤独に耐える自分を。

『嗚呼、なんとも旨そうな香りだろうか。 柔らかそうな肉も、絹のような輝きの髪も全て喰らってしまいたい。

 そちらの小さき獅子も、十分旨そうだなぁ。 程よく引き締まった身体は歯ごたえがよく、骨まで旨い。 お前をメインディッシュにして、この小娘をデザートにするか』

 そんなことを言うZEXT09の頭をペンチで殴った文緒。 やれやれと言った顔をして子供を叱りつける様に怒鳴った。

「ドン引きしてんだろうが! てか今日は挨拶だけだ! 離れろ出来損ないが!」

『む、そうか。 それはすまない』

 大人しく身を退くZEXT09。 祭星はポカンとした顔で文緒を見る。 すると文緒は片目を閉じて、ZEXT09を指差した。

「こいつはキミにあげるよ。 でもまだ不安定なところが多くてな。 もう少し時間がかかりそうなんだ。 あと三ヶ月もしたら実戦に持ってけるからそれまでお預けな。 今日は紹介したかっただけだ」

 可愛がってくれよ。 といって文緒が笑う。 未だ状況を読み込めていないが、ひとまず気になったことを祭星は尋ねた。

「名前は……ZEXT09っていうんですか?」

 予想外のことを尋ねられたのだろう。 文緒は目を見開いて、首を振る。

なんでも、ZEXTというのはこの戦闘道具の名称で、09は作られた順番らしい。 つまりこのZEXTは9番目に作られたと言うことになる。

それではどうも味気ない。 祭星はうーんと唸って、ZEXT09を見上げる。

「ゼクト……。 ゼクトって呼んでいい?」

『……』

 半魔半機械の出来損ないは暫く動かなかった。 そして三十秒ほどして頷く。

『ゼクト、良いだろう。 好きに呼ぶといい』

 そう言って、自ら元いた防御装置に戻ると停止した。 また眠りについたのだろう。

文緒はゼクトと名付けられたそれを見て小さく笑った。 祭星と蓮に向き合い、銀色の鍵を投げ渡す。

「顔見たいときはいつでも来いよ。 しかし、コイツに名前を付ける奴がいるなんて、お前物好きだな」

「なんだが、悲しそうな目をしていたんです。 私と同じような」

 蓮もそれを感じていたのだろう。 祭星を見て目を伏せて、くるりと踵を返して出口へ向かう。

「行こう祭星」

「あ、うん。 文緒さん、また来ますね」

 丁寧に頭を下げた白い少女。 文緒は曖昧な返事をして見送って、そしてゼクトへ目線を移した。

「悲しそうな目、か……」

 出来損ない。

五年前の起動実験の時に、このZEXT09は起動に失敗した。 体の中の魔物の力が溢れ、バーストしてしまい、多くの犠牲者を出した。 暴走(バースト)状態になり、手のつけようがなかったZEXT09を命がけで止めたのが当時まだ次席という肩書きを持っていなかった文緒だ。

 ZEXT09の体内には造魔液(ぞうまえき)と呼ばれるものが使われている。 いわゆる作り物の魔力が詰まった血液のようなもので、魔物でさえそれに触れると五分もせずに激しい痛みに耐えかねて絶命してしまう。 それを循環させる管が彼に巻き付けられているのだが、暴走した彼は文緒の手を振り払う時にその管を斬り裂いてしまった。

 すぐそばにいた文緒には造魔液がもちろんかかった。 何かの時のために隊服は造魔液の対策がしてあるのだが、流石に眼にはしてない。 不幸に不幸が重なって、文緒の茶色の眼におびただしい量の造魔液が降りかかったのだ。

文緒の残酷なまでの悲鳴は当然、ほかの隊員にも届き、ZEXT09にも届いた。 ZEXT09は一瞬動作を止めて、文緒は決してその一瞬を見逃さず、すぐに強制的に彼をフリーズさせた。

 魔物さえ絶命するほどの痛みを文緒は耐えきった。

すぐにZEXT09を処分しようという声もあったのだが、文緒はそれをなんとかやめさせた。 だが暴走を起こした戦闘道具のメンテナンスなど誰も自分からやろうとしなかった。 結局、文緒は一人でこのZEXT09を管理することになってしまったのだ。

 造魔液を浴びた瞳は赤く色づいてしまった。 ZEXT09本体の魔力の色が赤だったのだ、その色に染まるのは当たり前だ。

 次に起動させた時、ZEXT09はこう言ったのだ。


『己はずっと一人の方がいいだろう』


 と──。

「……よかったな、ゼクト。 お前のこと理解してくれる奴が、やっと現れたよ」

 文緒は優しく、赤い瞳を細めて言う。

我が子のように手を焼いてきたこの出来損ないを、祭星はきっと大切にしてくれるだろう。

だからこそ自分も、この短い期間で、これを最高傑作にしようと思ったのだ。


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