知らない部分 11
「う……」
か細い声を零して、祭星が意識を取り戻した。
「まつほ……!!!」
レイが大粒の涙を零しながらベッドに顔を埋めて泣き始める。 祭星は泣き出したレイの頭を優しく撫でる。
「レイちゃん……。心配かけちゃってごめんね」
ゆっくりと祭星が上半身を起こして、体に異常がないか確かめていた。 そして蓮と目があった。
「蓮……! 怪我してる、大丈夫? 痛くな……」
何も言わずに、蓮は祭星を強く抱きしめた。
彼女の温かさを確かめるように、そして、親を求める子のように縋り付く。
「よかった、良かった……。 お前が無事で、よかった……」
「ど、どうしたの急に……? 私は大丈夫だよ」
「守るって言ったのに、お前に怪我をさせた」
蓮が祭星から離れて、彼女の頭を撫でる。
「ごめんな」
「別にそんな謝らなくても……」
祭星の声を遮るように、入り口のドアのロックが外されて開く音が聞こえる。 ジョシュアとレイが訪問者に警戒し、武器を構えようとする。
リャウレンは二人を止めると、やってきた魔法使いを中へ通した。
水色の髪の男。 蓮と祭星が知る男だ。
「やっときたネ、リオン」
リオンは、どこの部隊のモノでもない隊服を着ていた。 いつも会うときは私服だったので、初めて見る。
だが腕章と肩章、そして胸についたエムブレムを見て四人が驚きの表情を浮かべた。 声を真っ先にあげたのは祭星だ。
「リオンさん、アークナイトなんですか!?」
リオンはポカンとした顔をして、いま自分が着ている服を思い出したようだった。 彼も慌てたような驚いた顔をして、取り繕う。
「い、言ってなかったっけ! いや、言うつもりもなかったしバラす気もなかったんだが、何せよ急いで来たもので着替えるのを忘れてしまっていたようだ。 あははは」
アークナイトとは聖騎士の一つ下の階級だ。
ヴァチカンを指揮、管理するのが聖王。
その聖王を護衛するのが聖騎士。 魔法使いのトップ。 今はクラウンが聖騎士として勤めている。
そしてその下がアークナイト。 部隊編成でなく、個人で動くことのできる魔法使い。 戦いにおいてワンマンアーミーで動く。
どちらかといえば、聖騎士より戦闘特化だ。 魔法使いの憧れも、聖騎士よりアークナイトの方が強い。
この3つがヴァチカンで与えられる特別な階級だ。
そのうちの一つをリオンが授かっているとなると、この目の前にいる男はとんでもない魔法使いだ。
リオンが仕切り直すように咳払いをして、リャウレンを見やる。 するとリャウレンも頷いて、口を開いた。
「杯 祭星」
「はい」
「キミは、本当のことを知りたい?」
リャウレンの言葉に、祭星が目を瞬かせた。
「知ったらきっと、人生が変わる、世界が変わる。 でも、知ったら最後、二度と戻れない。 逃げ出せない、運命だかラ。 知りたいなら教えてやル。 キミの本当の、こと」
「ま、まって」
祭星が困惑した様子で身を乗り出した。 それもそのはずだろう。 さっき目覚めたばかりなのに、急にこんなことを言われたら誰だって混乱するはずだ。
「話が急っていうか、なんのことだかさっぱりで……」
「そこまで急な話ではない。 祭星、お前だって薄々感づいていただろう?」
リオンが祭星へ言うと、あの名前を囁く。
「エトワール」
祭星が目を見開いて、そしてすぐに激しい頭痛に襲われた。 鈍痛にもがく祭星の肩を蓮が支える。
リオンはギリっと奥歯を噛み締めた。
「エトワール、その名……。 祭星、貴女もしかして」
レイは何故か青ざめた顔で、信じられないというように祭星を見つめた。
「……ねえ、リオンさん」
痛みに喘ぎながら祭星がやっと声を出す。 掠れた声で、リオンへ問いかける。
「わたし、なんなんですか……?」
その問いに、リオンが俯く。
「クラウンさんを見て、懐かしい気持ちになるのも、あの赤い髪の魔法使いさんを見て悲しい気持ちになるのも、全部全部、解らない……。 昔、私がどうやって生きてたのかもわかんない……。 そもそも私にお母さんっているの……? わかんない、わからない……!
さっきのあの夢のエスペランサの言ってた事はなに? クラウンさんに何の関係があるの、私は誰に利用されていて……!!」
悲痛な叫びに、リオンは俯いたまま何も言えなかった。 リャウレンもそれを見て、目を伏せた。
誰も何も喋らない。 祭星はいてもたってもいられずに、泣き叫ぶ。
「教えてください! 私が誰なのか、何があったのか!」
「私は! 本当は教えたくない!」
リオンが声を荒げた。 今まで聞いたこともない師の声に、祭星は言葉を詰まらせた。 いつも優しく微笑んで、怒ることを知らない彼が、俯いたまま拳を握って肩を震わせていた。
その姿を見て、祭星は感づいた。
自分はきっと、他の人間が受け止めきれないほどの過去を持っている。
「でも、識らなければお前は前に進めないんだ……! だから祭星、ちゃんと聞いて、ちゃんと考えて、受け止めてくれ。
祭星、お前は」
静まった病室。 耳が痛くなるほどの静寂の中、時計の針が進む音だけが残る。 リオンはやっとの事で言葉を喉から絞り出した。
「人間じゃ、ないんだ」
強く頭を打たれたような感覚。 次第に鼓動が速くなるのがわかった。
「祭星、お前は人の手によって創り出された……。 人の遺伝子と、魔物の血肉、そして天使から取り出した卵子を使い、女性の子宮の中で造られた「人ならざるモノ」だ。
産み落とされた後は造魔液の中で5歳になるまで育てられた」
そのあともリオンは淡々と真実だけを告げていった。
祭星は混合種と呼ばれる不確定要素の多い生命体であること。
産み落とされてすぐに造魔液と呼ばれる人工の魔力の中に入れられたため、体内の魔力が強まりすぎた結果今のような力を得たこと。
そして。
「お前はある1人の女に造られた。 その女の欲望を満たすために」
祭星が掠れた声を喉から絞り出す。
「クラウンさんの……妹」
「ああ。 ……アナスタシア・アドルフ・デイビッド。 全ての元凶であり、お前を作った女だ」
リオンは祭星に歩み寄り、彼女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫か? 一旦話を切り上げたほうがいいか?」
祭星は先程から目の前がチカチカと、煩いほど点滅しているようだった。 それがだんだんと痛みに変わり、そして少しずつ、少しずつ凍っていた記憶が溶けてゆく。
「大丈夫……だと思います。 少しずつ、記憶が。 まだ曖昧なものばかりだけれど、断片的に思い出してきて……」
「わかった。 続けよう。
アナスタシアという女は、もうすでに死んでいる」
素っ頓狂な声が、四人から上がった。 そして暫くして、蓮が「まさか」と声を上げる。
クラウンと初めて出会った時に感じたあの違和感。 恐らくそれこそが。
「そのアナスタシアは、クラウンさんの体に乗り移っているんじゃ」
リオンが目を見開いて、リャウレンは満足げに頷いた。 少し遅れてリオンも頷くと、話を続ける。
「あの女は意識そのものをクラウンへ移した。 今のクラウンは殆どがアナスタシアに支配された状態だ。 アナスタシアは死を恐れていた、恐れすぎたが故に、自分の死を受け入れきれず、兄の体へ自分を移して、新たな身体を生み出すつもりなんだ」
リオンの言葉に、祭星は全ての記憶が繋がった。 自分がアナスタシアに創られた理由。 託された野望。
全ては、アナスタシアの欲望だけで、産まれてきた。 親を持たぬ子供。
「てき、かくしゃ……、エスペランサの、適格者」
「その通り。 元々エスペランサの裁きはデイビッド家の当主が受け継ぐものだった。 けれども今の当主のクラウン、そしてその妹のアナスタシア。 二人ともエスペランサの裁きに選ばれることはなかった……。 クラウンの息子にノックスという青年がいるが、彼もエスペランサには選ばれなかった。
エスペランサに選ばれるということはとても大切なことだ。 あの魔道書は特別だ。だからアナスタシアは祭星を創り出し、常人とは桁違いの魔力を詰め込み、無理やりエスペランサと契約をさせた」
今まで話を聴く側に徹していたレイがおずおずと手をあげる。 リオンは優しく微笑んで「どうした?」と尋ねた。
「その、アナスタシアが蘇るというか。 新しく体を創るために、どうしてエスペランサの裁きが必要なんですか?」
「そのことなんだが、流石に説明不足だったな。 まず身体を創るためにエスペランサの裁きだけでは足らない。 もっと強い力が必要だ。
……君たちは、ヴァチカンの最上階に何があるか知っているかい? おとぎ話でも、少し聞いたことがあるだろう」
天まで連なる白亜の塔。 その一番上に何があるのか。
この事はリオンの言う通り、おとぎ話にもなっていた。 少しぼやかされてはいるが、魔法使いを目指すものだったら、みんな知っている。
祭星は口の中が乾いているのを感じながら、小さく声を零した。
「アルトストーリア……」
「嘘……、あれは、おとぎ話の中だからこそ、成立するものなんだとてっきり……!」
驚愕で声が震えるレイは、口元を抑えてリオンを見る。 リオンは無言で頷いて、窓の外を眺める。
「アルトストーリア、古き物語。 全ての魔法を司り、万物をも産み出す。 その力は宇宙を創り出し、全ての魔力の根源と言われている。
この世界の木々が、生き物が、魔物と隣人たちが、人間が生きて個々に感情を持っているのは、アルトストーリアが存在するからこそ……。 今は厳重にヴァチカンの最上階で封印されている。 だがそれを従える者が現れ、命じた時、封印は解け、たちまちアルトストーリアは昔のように強大な力を持って、全てを創り出し始めるだろう。 主人の望み全てを、ね。
もう察しただろうけれど、今この世でアルトストーリアを制御できるとされる魔法使いは一人だけ。 それが祭星、キミだ。 キミはその為に創られた」
「でも私はそんなこと絶対にしない……!」
祭星は強く拳を握って、リオンを見つめる。
師は、弟子の美しかった白い毛先に赤が混じっているのを見て、悲しそうに頷いた。
「えっと、まだ完全に、思い出したわけではないと思うんです……。 でも、ちょっと頭の中を整理したくて。 一度着替えて、別の場所でお話を聞いていただくことってできますか?」
そう切り出した祭星に、リャウレンが頷く。
「知り合いのレストラン。 予約入れといたヨ。 そこなら絶対話が漏れない、ソコ結界貼ってある」
「ふむ。 ディナーにはちょうどいいだろう。 今から一時間後にここを出よう。 ……あとこれは、私だけでなくここにいる皆が思っていることだが」
リオンは病室を出る前に、祭星へ言葉を紡ぐ。
「お前がたとえ人間ではなくとも、お前の帰ってくる場所はここで、お前のいるべき場所はここだ。 ……わかったか?」
「……! はい!」
祭星は流さないように目に溜めていた涙を、微笑みながら流した。




