知らない部分 10
真っ暗闇だった。
ふんわりとした空間で、祭星は一人で辺りを見渡した。
どちらが上で、どちらが下なのかすらわからない。 まるで自分も見えなくなってしまいそうなくらいだ。
何をしていたんだっけ。 と祭星が考える。 そういえば実戦訓練で怪我を負ったような気がする。
じゃあここは死の世界か。 と祭星は自然と思った。
すると、目の前に一人の女性が現れた。
髪は白で、瞳は赤。 美しい顔の女性が、暗闇の中優雅に漂う。 白と黒、決して混ざらないその色がとても美しかった。
『杯 祭星、ね。 この姿でははじめまして。 ワタシはエスペランサ。 お会いできて光栄よ』
「エスペランサ……?」
エスペランサとは祭星が使う魔道書だ。
『そう。 エスペランサ。 女性一人の魂を使い、作られたオリジナルの魔道書。 使うモノの命とリンクし、命を吸い取る魔道書』
エスペランサの裁きという魔道書は、とても強力だ。 故に使い主の命を削る。 そしてエスペランサの裁きは選ばれたものにしか使えない魔道書。
『でもワタシ、貴女を選んだ覚えはないわ』
心臓が、締め付けられるように高鳴った。
エスペランサのその射抜くような瞳が、祭星を捉えて離さない。 真っ白で長い髪がうねる様に靡く。
『貴女はワタシと契約してないでしょう?』
「それ、は……」
自分は渡されただけだ。 デイビッド家からの贈り物だと、王から手渡された。 だがなぜデイビッド家ではない自分がこのエスペランサを扱えるのだろうか。
ぐるぐると考え込む自分の頭を抑え、祭星が過呼吸にならないように冷静さを取り戻そうとする。
『ああ、いいのよ。 責めるわけではないの。 ただ確かめておきたかったのよ。 これでわかった。 貴女がワタシを利用しているわけじゃないってこと。
ワタシと貴女は利用されているのだわ』
エスペランサが祭星に寄り添うように隣に立ち、頰にキスを落とす。
「利用……?」
『クラウン・アドルフ・デイビッドをご存知でしょう?』
「はい」
『彼の妹を知っている?』
はて。 妹などいるのだろうか。
首をかしげる祭星。 エスペランサは品定めをするように唇に人差し指をつけて考えると、表情を明るくして頷く。
『貴女が全てを知った時、ワタシは貴女を選びましょう。 正式にワタシの主として』
そしてエスペランサが言葉を続ける。
『だから貴女は知らなくてはいけない。 貴女に何が起きたのか、誰に利用されたのか。
ただ与えられた場所で利用されたように死に行く女がワタシの主なんて不釣り合いだわ。 貴女が本当にバケモノで居たくないのなら、ちゃんと貴女が産まれた理由を知っておくべきではなくて?』
エスペランサの言葉一つ一つが胸に突き刺さるようだった。 確かに思い当たる節はいくつかある。 思い出せない母親のこと、エトワールという名前。 そしてクラウンと出会った時の懐かしいあの感情。
『貴女、気づいてないでしょうけど空っぽなのよ。 それも可哀想なくらい。 空っぽで、何もない。
では御機嫌よう、いつかワタシの主となる人』
意識が遠のいて行く。 目の前のエスペランサはふふっと微笑んで、風に乗って消えていった。




