098
ハロルドはアデレイドがエリザベスに捕まってダンスが始まると、すぐにローランドの元に走った。
ローランドは幾人かの女生徒にダンスに誘われている所だったが、構わず割り込みそっと耳打ちする。
「申し訳ございません、ローランドさま。今すぐ死神みたいな黒装束の鴉仮面を探して檀上へ上がってください。恐らく東側のドリンクステーションの近くにいます。アデレイドさまの仮面が剥がされる危機を回避するために」
「!」
ローランドは瞬時に状況を悟るとハロルドに頷いて駈け出した。
近くに居たジャレッドはローランドが駈け出したことに驚いてハロルドに近寄った。
「おい、何かあったのか」
「あぁ、お前はリュッカーの居場所を確認してくれ。アデレイドさまの仮面が剥がされたら、奴を足止めしてくれ」
「!!」
かなりの無茶ブリだが、状況がそこまで逼迫しているならやるしかない。
ジャレッドがこくりと頷くと、ハロルドも小さく頷き返し、踵を返すとアデレイドの元まで走ったのだった。
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時は少しばかり前に遡る。
温室から出たオズワルドは銀の髪の乙女に目が釘付けになりながらも、どの令嬢もイメージと重ならない。
背格好が似ている、と感じた令嬢は別の男子生徒を囲んでいた。
(あれは……ハワード?―――あんなに沢山のご令嬢に囲まれるとは……!不埒な奴め)
背格好は似ていても、行動が「レオノーラ」と重ならない。
(レオノーラはあんな風に積極的に異性に近寄らない……)
レオノーラがいないことにやはりという納得の気持ちと、それでもと微かに期待した分失望も湧く。
オズワルドは歩き疲れて喉も渇いたので少々休憩しようと給仕を探したが、生憎と近くにはおらず寧ろ飲み物を用意しているドリンクサービスの簡易テントが近かったため、直接そちらへ向かうことにした。
この後、ダンスが始まったら全員仮面を外すので、顔の確認はその時でいい。
水を飲んだ後は何となく人混みから離れたくて木陰へと移動する。
六月の陽気が強くて少々黒尽くめの衣裳では暑かったのもある。
「……殿下」
「うぁ!?―――其方は……」
木に寄りかかった所で声を掛けられ、びくりと肩が跳ねてしまった。
振り返るとヴィンセントが――少しだけ仮面を外して顔を見せていたため判別した――軽く頭を下げた。
「……驚かせるな。……王女は見られたか?」
「――そうですね……一応」
何やら考え込むように顎に手を添え無言になるヴィンセントに構わず、オズワルドはとさりとその場に座り込む。
「……貴殿は大量の『レオノーラ』もどきをどう見る」
「……殿下が女生徒たちをレオノーラさま代わりにしようと仮装させているわけではないのですね?」
「当たり前だろう!……あぁそれと、私は王子であることを伏せている。殿下とは呼ぶな」
「………なるほど。その不吉な仮面は敢えて女生徒を遠ざけるためですか」
「不吉……いや、カッコよくないか?え、……女生徒を遠ざける?……確かにあまり話しかけられなかったが……」
首を傾げるオズワルドに「天然か……」と呟くヴィンセント。
無意識のようだがオズワルドの仮面はその昔、病魔を払った医術師たちの衣裳が元になった退魔の象徴なのだ。奇しくも魔女を退けることを宣言する悪くない衣裳だが、女生徒受けは微妙なところだ。
「……貴方の発案でないのなら、『魔女』サイドの対エルバート揺さぶり作戦かと邪推するところですが……」
暢気に酒盛りをしていた王女がオズワルドを監視している気配はない。
実務面はリュッカー侍従が差配しているのかもしれないが、王女は完全にパーティーを楽しんでいた。全然『エルバート』に関心を示していない。寧ろその他大勢の男子学生を虜にしていた。
ちらりとオズワルドに視線を送ると、こちらも全然『魔女』に関心がないようだ。
「……べ、別に私は心を揺らしてなどいないぞ!……こんな余興の中にレオノーラが紛れているなど、期待しておらぬ……!」
「……………………」
しっかり動揺しているではないか。
……実際のところ、銀髪の乙女の中ではないにしろ、この学院内に『レオノーラ』の生まれ変わりはいる。
この余興が魔女サイドの仕掛けた作戦だとしても、裏を返せばあちらも『レオノーラ』の所在を把握できていないことの証明に他ならない。
王子の態度から王子が『レオノーラ』の所在を把握しているのかいないのかを探るためのものだろう。
放置しても問題ないとヴィンセントは結論付けた。
「……恐らく、特に意味はないのではないかと……。もしくは貴方が銀髪好きとの情報を得た女生徒たちが、こぞって貴方の気を惹くために同じ装いになってしまったのかもしれません」
「……へ?」
「乙女たちのいじらしい恋心……、罪作りですね。責任とってこの中のどなたかと踊って差し上げてください」
「いや、しかし……!というか、別に私は銀髪好きでは……。たまたま、レオノーラが銀髪だっただけで――」
「……まぁなんでもいいです。……目的は果たしたので私はそろそろ引き上げます」
「あ………」
立ち去るヴィンセントに声を掛けあぐねて、オズワルドは上げかけた手を落とした。
聖堂院はレオノーラの生まれ変わりを保護しているのではないか――。
聞きたいのに聞けない。
何度か聖堂院に礼拝に行ったが、その時はヴィンセントと会えなかった。
エリスティア聖導師長が甲斐甲斐しくお世話をしてくれたがレオノーラの生まれ変わりの情報は得られなかった。
「………………………………………」
オズワルドが物思いに沈んでいると――。
がしりと手首を掴まれた。
「……捕まえましたよ…………」
「―――――!!!???」
心臓が口から飛び出しそうなほど驚いたオズワルドだったが、驚き過ぎて声は出ず、カクカクと小刻みに恐る恐る振り返る。
オールバックにしていたオリーブグリーンの髪が一筋乱れて額に降りかかっている。
肩で息をしながらオズワルドを見据える瞳は金色。
「……ローランド・レイ……?」
「はい。貴方は殿下ですよね?……違ってもいいです。一緒に来てください」
「は?おい、ちょっと!」
ローランドは有無を言わせず、ずるずるとオズワルドを引きずってパーティー会場の中心へと向かうのだった。
*❁*
仮面を外したオズワルドに会場中が大騒ぎになった。
「え――――――――!!!王子様、ホンモノ――――!?」
「あの死神、王子様だったの――!?」
きらきらと輝く蜂蜜色の髪に、整った容貌、マントの下はきっちりとした燕尾服で完璧な正装だった。
直前までの死神との落差が激しすぎる。
ローランドは壇上からアデレイドがパーティー会場を抜け出すのを確認してほっと息を吐いた。
すぐに人混みに紛れたけれど、動きにつられてオズワルドの目線が動いたのでローランドはオズワルドの両肩に手を置いてくるりと反対側に向けた。
「殿下。ご褒美の薔薇をください」
「………!!!?」
目を逸らすことは許さないとばかりに強い目力で圧をかけてくるローランドに、オズワルドは困惑のあまり頭の中が真っ白だ。
(な、薔薇!?)
司会者がルールを思い出し、慌てて進行する。
「そうですね、殿下が鴉とは予想外でしたがローランド卿大正解―――!おめでとうございます~~!では殿下、薔薇の授与をお願いします!」
本来であれば女子学生が王子様を見つけて、王子様から薔薇を貰うイベントとなる予定だったが、別に男子学生が貰ってはいけない決まりはない。
執行部の学生が薔薇を載せた盆を差し出す。
「………………………」
オズワルドはなんとも言えない気持ちで一本取ると、ローランドに授与したのだった。
女子学生に、主役を男子に取られた!と怒られるのではないかと冷や冷やする執行部だったが、何故か女子学生たちからは温かい祝福の拍手が送られ、狐につままれたような心地ながらもともかくほっとする執行部一同だった。
*❁*




