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もう、恋なんてしない  作者: 桐島ヒスイ
第三部

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097





 ネイサン・バルフォアは仮面卿を選ぶ覆面審査員として、密かに会場中を練り歩いていた。

 彼自身も今は仮面を着けている。彼は道化師に扮していた。道化師とは言ってもカラフルで滑稽なピエロではなく、黒と白でまとめたジョーカーだ。

 彼は審査をしつつも、もう一歩で完璧な装いだと思う者にはコーディネートアドバイスをしてあげていた。完璧主義の性である。


「君、実に惜しい」


 今度こそ退場しようと一歩足を踏み出したアデレイドを阻むように、ジョーカーが目の前に立ち塞がった。

(え!?何のこと?)

「衣裳が不十分だ。もう少し工夫をしたまえ」

 言いながらパチンと指を鳴らすと、左右から二人の道化師が現れ、アデレイドに高襟付のマントを斜めに羽織らせ、帽子を被せた。

 それから仕上げとばかりにジョーカーは白薔薇をジャケットの胸元に差した。


「これでファントムの完成だ、実に優美。ふ、良き仕事をした……」


 呆気に取られるアデレイドを置き去りにして、三人の道化師はささっとどこかへ消えた。





(何だったの、今の………)

「……確かに、完璧なファントムです……。……完敗です……」

 ハロルドが悔しそうに呟く。衣装を用意した身として、中途半端だったと反省しているようだ。

「…………」

(いや、ハロルド、私は衣裳の芸術性なんて求めていないからね!?落ち込まないで!?)

 ちらっとローランドの給仕姿を見に行くためだけの変装だ。

(このマントと帽子は誰に返せばいいの!?)

 ともかく、何やら気が抜けた。

「ハロルド、いいから行こう……」


 アデレイドが言いかけたその時――。


「見つけましたわ……!お兄さま!」

「え?」

(今度は何―!?)


 後ろからがしりと腕を掴まれて、アデレイドはバランスを崩して倒れそうになった。

 ハロルドが咄嗟にアデレイドの腰を攫い、引き寄せてくれたお蔭で事無きを得る。

「手をお放しください、ご令嬢」


 アデレイドの腕を掴んでいたのは薄桃色の髪に蜂蜜色の生地に黒銀色のリボンをアクセントに散りばめたドレスを着た令嬢だった。

 令嬢はキッとハロルドを睨みつつも声を潜めて拒否する。


「嫌よ!貴方バラクロフ騎士団長でしょう!お兄さまの護衛をしているのでしょ!?」

「?」

(バラクロフ騎士団長……ってもしかして……)


 ちらりとハロルドを見やると思案気に令嬢を見つめていた。

 ハロルドは少し長めの茶髪の鬘を被り目元を覆う仮面を着けている。

 いつものハロルドとは違う雰囲気だ。


 誰かと間違われたとしたらハロルドの兄だろうか。

(多分バラクロフ騎士団長はハロルドのお兄さん、よね)


 その人を護衛にしていると思われたということは――。


「他の人とは踊らせないわ」


 令嬢がアデレイドの腕をぎゅっと握る。

 その手は震えているように見えた。


「…………」


(うーん……人違いだけど……言葉ではこのご令嬢に納得させられそうにないわ)


 仮面を取ればすぐに別人だと分かるだろうけれど、今ここで仮面を外すわけにはいかない。

 それにハロルドが護衛に付いていることを公にはしたくない。

(彼女の勘違いに乗る方がむしろ安全ではないかしら)

 バラクロフ家の御曹司が護衛するほどの人物が地方の弱小貴族の娘であるよりは。


 アデレイドは一先ず一曲だけダンスを踊ることにした。

 令嬢の肩をとんとんと宥めてハロルドに大丈夫、というように頷く。

(あとのことは踊っている間に考える!)


 その直後、円舞曲の音楽が奏でられた。




 アデレイドは男性パートだ。

(昔、男の子になるために練習したことがあって良かった……)


 底上げ靴を履いているため、辛うじてアデレイドの方が背が高いのでなんとか恰好は付く。


(「お兄さま」って呼んでたわね……。流石にこの至近距離なら人違いって気付くわよね)

 お兄さんのことが大好きな妹なのだろう。

 兄を他の令嬢に取られたくないようだ。自分もそうなので、気持ちは分かる。

 親近感が湧くと同時に踊っている相手が自分であることに申し訳なさが募る。

(お兄さんが他の女性と踊っていたらごめんなさい)


「オズ兄さま、あの。あのね、その胸元の――」

 近寄られると困るので、片手を高く上げてくるりと令嬢を回す。

 令嬢は何かを言いたげだけれど、アデレイドが聞くわけにはいかない。

(ごめんね、後で本物のお兄さまに言ってね)


 アデレイドはちらりと周囲に目を配る。

 大勢のペアがぶつかりそうな距離で踊っている。

(曲が終わるまでにここから逃げないと。この曲が終わったら仮面を取って顔を見られちゃう……)

 人混みに紛れられれば、逃げおおせるだろう。

(このご令嬢が一瞬だけ、何かに気を取られてくれれば――)







 一曲が終わった。

 この直後にダンスのパートナーは互いに仮面を外して名を名乗るのだ。

 緊張感が会場内に漂った、その瞬間――。


「さぁ!皆さま、仮面を――」

「――お待ちください!」


 大声を張り上げたわけでもないのに、その声は良く通った。

 人々が動きを止めたダンス場の中を泳ぐように一組のペアが横ぎってゆく。

 正面の檀上に男子生徒が飛び乗った。――死神を連れて。


「「「「!!??」」」」


 静まり返っていた会場がざわついた。明るい日差しの中に黒い塊が異質に見える。

 死神の手を引いているのは給仕係の制服を着たオリーブグリーン色の髪の青年。


(え、なに……?)

(余興?)


 司会者が困惑気味に死神の手を引いてきた青年―ローランドに訊ねる。

「ええと……?ローランド卿??どうし……」

 ローランドはふわりとはにかんだ。

「―――『王子様』を見つけました」


「「「「えっ」」」」



「………え?」

 アデレイドのダンスのパートナーの令嬢も驚いたように檀上へと目を向けた。



 司会者も驚いたようにローランドの隣にいる人物を凝視する。

(え、この死神…いや鴉が……王子様?)

 会場中の心の声が一致した瞬間だった。


「あ、あの。仮面を取って頂けますか……?」

 鴉は会場中の視線にたじろいだようだが、そっと仮面と帽子を外した。


「――――――!!」


 令嬢――エリザベスも驚きに漏れそうになった声を咄嗟に押さえるため口元に両手を当て、人違いに気付いて振り返ると――そこには既に誰もいなかった。












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