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地理特定令嬢フェリシアは明かしたい 〜景色から真実を暴いてみせますわ〜  作者: 百松あおい


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1-3. 三枚の絵

この作品は全4話完結になります。

エーリヒたちは女性に導かれ、趣のある校舎の中へと足を踏み入れた。

歩きながら、エーリヒは昨日ヴァルトゼーヘンのソーントン家を訪ねて実母クララの死を知ったこと、ソーントン伯父から母の母校と聞き訪れた経緯を静かに明かした。


女性はエーリヒの言葉にじっと耳を傾け、やがて寂しげに目を伏せた。


「クララの死はソーントン子爵から聞いているわ……本当にショックだった。クララから結婚相手としてアシュフォード子爵のことは聞いていたけれど……私、あの人のことだけはなんだかなぁ、と思っていたのよね。あっ……ごめんなさい、あなたのお父様のことを悪く言ってしまって」


長年胸に抱え込んでいた思いが溢れ出すように、彼女はツラツラと言葉を重ねる。

「だってね、クララが亡くなって一年も経たないうちに、従姉妹のソフィア嬢と再婚されたでしょう? なんでそんなにすぐ切り替えられるのかしらって……ソフィアにしてもそうよ」


苦笑するしかないエーリヒの横で、フェリシアはどこか上の空のように、静かに校内の廊下や窓の外の風景を見渡していた。


「こちらにどうぞ」

案内されたのは、油絵の具と木材の匂いが残る美術室だった。


「実はクララとソフィア、そして私は学生時代にここの美術部に所属していたの」

そう言うと、彼女は部屋の奥にある棚をガサゴソと探し始めた。


「当時描いたキャンバスの絵がまだ残ってるかもと思って…そうしたらあったわ。これはソフィアの絵ね」

差し出されたのは、ノートよりも小さなキャンバスだった。フェリシアも横から覗き込むように、その小さな画面を凝視する。


描かれていたのは、陽光が燦々と差し込む高台に、ピンク色の小さな粒状の花がたくさん咲き誇る景色だった。


「この……小さな粒状の花はヘザーという花ですわ」

「フェリシアは地理だけじゃなくて植物にも詳しいのか…」


エーリヒが驚いて見つめる中、女性はもう一枚のキャンバスを取り出した。


「こっちはクララが描いたものよ」


クララが描いた絵には、薄暗い針葉樹の影と、その足元にひっそりと咲くピンク色のベル状の花々が描かれていた。


「こちらはジギタリスという花ですわ…」

「えっ…ジギタ…?」


エーリヒが言いかけたところで、女性はさらにもう一枚、紙の束から取り出して差し出した。


「これはソフィアが王都に行く前に学園のバザーで描いた絵葉書なの。彼女の家はこの学園の寄付者でね、卒業してからも学園のイベントに参加していたの。持って行ったら懐かしむかもしれないわ」


それは、薄暗い針葉樹の影の中に、なぜかピンクのヘザーが描かれている絵葉書だった。


フェリシアは頂いた3枚の絵を凝視していた。

「その三枚の絵は持っていって構わないわよ。本来なら卒業時に持ち帰るべきものだったのだから。ソフィアによろしくね」




女性にお礼を言い、二人はしばらくフロイデバーグの街を散策した。高台の学園を出て、緩やかな下り坂を市街地の方へと歩いていく。


母の友人から聞かされた話により、エーリヒの胸には父と後妻ソフィアに対する違和感がくすぶり始めていた。


(なぜ父は、母が死んですぐに再婚できたんだろうか。母への思いはその程度だったのか……?)

亡き母クララを想うと、胸が押し潰されるようなやるせなさに苛まれる。


「再婚相手の……ソフィアは、自分が実母であると僕に思わせるため、辻褄を合わせようとしてあの絵をフロイデバーグと言ったんだろうか……」


独り言のように呟きつつ、フェリシアの意見を求めて隣をチラリと見たが、彼女はずっと黙り込んだまま考え事をしていた。


市街地へ入ろうとしたその時、路地裏から現れた体格の良い男二人がニヤニヤと笑いながら立ちはだかった。

「よう、兄ちゃんたち。ちょっと金目のものを置いていってくれよ。大人しく渡せば痛い目は見せないからさぁ」


所謂街のゴロツキであった。フェリシアは絡まれていることにも気づいていないようで、悲鳴ひとつあげずに思索にふけっている。


エーリヒたちが声をかけられたのにも理由がある。街歩きをするにもかかわらず、貴族服を着ていたからである。急な旅路だったため平民の服を用意できず、貴族の衣装のまま散策していたのが裏目に出たのだ。


「…まったく、どこかしこにもこういう奴らはいるもんだな」


エーリヒが低く呟いた次の瞬間――鈍い衝撃音とともに、男の一人の視界が激しく歪み、顔面から地面に叩きつけられて気を失った。一瞬の隙をついて片割れを鋭く投げ飛ばしたエーリヒは、腰の剣をすらりと抜き、倒れた男の首元へ寸分違わぬ精度で突きつける。


「お前もこうなりたくなかったら、今すぐ消えろ


王都警備隊元隊長の圧を込めた低い声に、男は顔を蒼白にして逃げ出していった。

「フェリシア、怪我はない?」

剣を鞘に納めて振り返ったエーリヒだったが、フェリシアはまだ考え事の渦中にあり、ゴロツキが現れたことすら気づいていなかった。



その日の夕方、アシュフォード子爵邸に帰着したエーリヒとフェリシアは、出先から予定より早く戻っていた両親と鉢合わせた。

真実を確かめるべく、エーリヒはすぐさま執務室へと向かう。フェリシアも静かにその後に続いた。

執務室には、アシュフォード子爵と母ソフィアの姿があった。


「エーリヒ、急にどうしたんだ? そういえばフェリシア嬢と出かけていたそうだが……」

息子の切迫した表情に、アシュフォード子爵は驚きを隠せない。

エーリヒは息を整え、この二日間の出来事を包み隠さず話した。


フェリシアが自分の部屋にあった絵画をフロイデバーグではないと見抜いたこと。ヴァルトゼーヘンで実母クララの死と墓を知ったこと。そして、ソフィアが実母の従姉妹であると聞かされたこと――。


二人は静かに息子の言葉を聞いていたが、話し終えると、部屋には耐え難い重苦しい沈黙が続いた。



沈黙を破ったのは、ソフィアだった。彼女は肩を震わせ、今にも泣き出しそうな声で言葉を綴った。


「エーリヒ、騙すつもりはなかったの…ごめんなさい。クララ様が亡くなってすぐ結婚したこと、本当の母でないことを話したらあなた達に拒絶されると思って怖かったの…」


肩で泣くソフィアをアシュフォード子爵が力強く抱きしめる。


「私からも真実を伝えずにいてすまなかった。もっと早く話していれば、お前を混乱させずに済んだものを……本当に申し訳ない」


父の悲しげな顔を見て、エーリヒの心は揺れた。

だが、僕が本当に知りたいのは……なぜ母が死んですぐに二人が結ばれたのか、その理由なのだ。

エーリヒが意を決して口を開こうとした、その瞬間――。




「……表向きのストーリーはそのようでしたか」

冷ややかな静寂を切り裂くように、フェリシアが静かに、そして美しく言い放った。


次回 最終話 8/29 21時更新

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