1-2. 記憶を巡る旅路
この作品は全4話完結になります
屋敷に着くと案内してくれた男性がすぐに中へ入り、当主に事情を説明して戻ってきた。無事に許可が得られ、エーリヒたちは屋敷の中へと案内される。
応接間で二人を出迎えたのは、物腰の柔らかそうな紳士だった。
「はじめまして、エーリヒ殿、そして婚約者のフェリシア嬢。私は君の母の兄にあたる、ソーントン子爵家当主だ。使用人から事情を聞きました。どうぞ掛けなさい」
対面に着席し、もてなしのお茶をいただきながらしばし雑談を交わしたのち、ソーントン子爵は静かに本題へと入った。
「君の実の母であるクララは、君が生まれて数ヶ月後に病気で亡くなってしまったのだ。その後、従姉妹にあたるソフィア嬢とアシュフォード子爵が再婚した。……君がまだ幼かったこともあり、実母の顔を知らずに育った君が混乱しないよう、事実は伏せておくとアシュフォード子爵から聞いていたのだが……その様子だと、今日まで本当に知らなかったのだね」
ソーントン子爵のゆっくりとした確認に、エーリヒは肘を膝につき、うなだれるように頷いた。
「……ええ。今、伯父様から伺っても、まだ頭が追いついていません。ずっと、今の母が実の母親だと信じて疑わなかったので」
「...今すぐに事実を受け入れる必要はないよ。もし時間に余裕があるなら、今夜はここに泊まっていかないかい? クララがどんな人物だったのか、話してあげたいんだ」
エーリヒはフェリシアの方を見て「君は大丈夫かい?」と視線を送ると、フェリシアは静かに微笑んで頷いた。
「ええ、もともと荷造りのお手伝いでアシュフォード家にお泊まりする予定でしたもの。わたくしは差し支えございませんわ」
二人の滞在が決まると、ソーントン子爵はまずクララの肖像画がある部屋へと二人を案内した。
「これが君の母、クララの肖像画だ。アシュフォード子爵へ嫁ぐ前に描かれたものだよ」
そこに描かれていたのは、柔らかで優美な雰囲気を纏った金髪の令嬢だった。どことなく後妻のソフィアにも面影が似ている。
「これが、僕の実の母……」
エーリヒは、驚きと愛おしさが混ざり合った視線で肖像画を見つめた。隣に立つフェリシアも、静かにその肖像を見上げている。
その後、裏庭にあるクララの墓所へと案内された。
記憶にない母の墓前に立つことに最初は戸惑っていたエーリヒだったが、自分を生んでくれたことへの感謝と、隣にいる婚約者フェリシアと近く結婚することを静かに報告した。
「母が実母でなくても...それでも両親は自分に打ち明けてくれてもよかったのに」
うなだれるエーリヒの傍らで、フェリシアは感情の窺えない瞳で墓石を見つめたまま、淡々と呟いた。
「当事者であるお二人の考えなど、他者であるわたくしたちにはわかりませんわ…」
◇
「クララは学生時代、フロイデバーグの学校に通っていたんだ。もし明日お時間があるなら、そちらへ寄ってみてはいかがかね?」
その日の夕食時間にソーントン子爵からこう提案された。
「「フロイデバーグ……」」
二人の声が綺麗に重なり、ソーントン子爵は思わず目を丸くした。
「おや、二人してどうしたんだい?」
エーリヒはここに来るきっかけになった自室の絵画と母ソフィアの発言について掻い摘んで説明した。
「なるほど…そういうことでしたか…」
ソーントン子爵は難しい顔で腕を組み、思案するように頷いた。
「……確か後妻のソフィア令嬢はフロイデバーグ出身です。…故郷の景色と似た雰囲気を懐かしんで、そう口にしたのかもしれませんな。…尚更フロイデバーグに訪れれば、ソフィア嬢についても何か分かるかもしれませんね」
そう口にしたソーントン子爵は、どこか慈愛と愁いを帯びた細い微笑を二人に向けた。
確かに今日、実母の肖像画や墓参りをしてみても、エーリヒの中に母との思い出は何一つ感じられなかった。もしフロイデバーグに行くことができれば、街の中に少し母の温もりを感じられるかもしれない。チラリとフェリシアを見ると、「いいですよ」と優しく頷いてくれた。
「クララが学生時代、フロイデバーグでソフィア令嬢の実家、グランデ家に居候していてね。確か当時、手紙で近況をやりとりしていたんだが、どの学校に行っていたか書いてあるといいんだが…」
ソーントン子爵は執事を呼び、書斎から当時の手紙一式を持ってこさせた。
クララからの手紙を広げると、そこには『学校のある高台から見下ろす街と川の景色がとても綺麗』『近くの道路には街路樹のベニバスモモがたくさん咲いている』といった情景は記されていたものの、肝心の校名は抜けていた。
「……フェリシア、この情報から学校の場所わかったりするのかい?」
手紙を覗き込むエーリヒがおずおずと尋ねると、フェリシアは「ふふっ」と胸を張った。
「楽勝ですわ!」
自信満まな笑みを浮かべている。
「フロイデバーグは、シュヴァルツヴァルトの崖の下から広がるなだらかな傾斜の街ですの。街自体はそう大きくありませんわ。それに、ベニバスモモは陽光を好み、春には花を、夏にかけては赤紫色の鮮やかな葉を広げる樹木ですの。日当たりの良い高台で、なおかつ川を臨める街路樹付きの道路となれば…候補は絞られますわ」
「それなら、迷わずにたどり着けそうですな」と、ソーントン子爵も感心したように目を細めた。
◇
翌日エーリヒとフェリシアはフロイデバーグに向けて出発した。
ヴァルトゼーヘンから馬車で南へ一時間ほど走ると、目指す街が見えてきた。
遠くから俯瞰すると、フェリシアの言葉通り、フロイデバーグは巨大なシュヴァルツヴァルトの崖の麓にへばりつくように存在し、そこから傾斜がなだらかに広がっていた。
(フェリシアの観察力と知識量は、本当に底が知れないな……)
各地を旅して得た地理データを完璧に記憶している彼女の非凡な才覚に、エーリヒは改めて感嘆を覚えた。
フェリシアはソーントン子爵から譲り受けたフロイデバーグの詳細な地図を開き、従者へテキパキと行き先を指示していく。
馬車が坂道を登り切り、目星をつけていた学校の前に到着した。
近くの高台から見下ろせば、まさにクララの手紙にあった通りの美しい街並みと川のせせらぎが広がっている。そして道路沿いには、陽光を浴びて深みのある赤紫色の葉を茂らせたベニバスモモの街路樹が、美しい並木を作っていた。
「ここが、母の通っていた学校……」
趣のある褐色レンガ造りの校舎を見上げ、エーリヒは感慨深げに呟いた。あいにく休校日のようで構内は静まり返っており、二人は門の外から眺めるにとどめた。
するとそこへ一人の女性がエーリヒたちに声をかけた。
「今日、学校はお休みですけど...ここの生徒さん?それとも、どなたかの御兄弟か何かしら?」
「いえ、亡くなった私の母がこちらの学校に在籍していたと聞きまして。母と同じ景色を見れないかと外から眺めていたのです。不審に思わせてしまい、申し訳ありません」
「あら...それはお気の毒に...もしよければお母様のお名前と、いつ頃在籍されていたかお伺いしても良いかしら?私、この学校の教員をしておりますの。台帳でお調べできると思いますわ」
「ありがとうございます。母の名はクララ・アシュフォード…あっ、結婚してたので旧姓はソーントンです。在籍していた時期は...ええっと兄の年齢と逆算して―――」
エーリヒが言いかけたところで、女性は目を見開き、息をのんだ。
「あなた、クララの息子さんなの!?」
予想外の反応に、エーリヒとフェリシアは顔を見合わせる。
「えっ…母をご存知なんですか?」
問いかけるエーリヒに、女性は信じられないといった様子でぽつりと呟いた。
「ご存知も何も…私、学生の時のクララの友人ですもの...」




