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地理特定令嬢フェリシアは明かしたい 〜景色から真実を暴いてみせますわ〜  作者: 百松あおい


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1-1. 母の描いた油彩画の場所

この作品は全4話完結になります。

「……私、年が近い男性のお部屋に初めて入りますが、独特の匂いがいたしますのね」


アシュフォード子爵邸、エーリヒの自室。

荷造りの手伝いという名目で訪れたはずの婚約者――フェリシア・キルシュブルームは、壁に掛けられた剣を物珍しそうに眺めていた。


男性騎士の部屋らしく、飾り気のない室内には数本の剣とメンテナンス用の油、研ぎ石が整然と並んでいる。


「すまない、匂ったかい? 王都警備隊を退役したとはいえ、長年使っていた手入れ道具だからね。キルシュブルーム家へ婿養子に入るにあたって、どれを持っていくか仕分けていたんだ」


エーリヒは苦笑しながら、床に広げた木箱に荷物を詰めていく。

彼は近々、各地を飛び回る大商人であるキルシュブルーム家へ嫁ぎ、フェリシアと結婚する予定だった。警備隊長としての腕を買われ、結婚後はキルシュブルーム騎士団(商人専属の警備隊)の隊長に就任することが決まっている。


「うちの屋敷にも警備用の備品はありますけれど、お手馴染みの道具は持っていかれた方がよろしいかと。……それで、わたくしにお手伝いできる『仕分け』はどれかしら?」


エーリヒは机の上に積み上がった本や書類の束を指し示した。

「あそこにある書類の整理や本の仕分けをしてくれないか?」


フェリシアは指示された通り書類の整理をしようとしたところ、ふと近くに壁掛けられていた立派な油彩画 に目を留めた。


その絵画には、なだらかな平地に針葉樹が生い茂る黒い森、その傍らに湖と水辺にはピンク色のベル状の花々が咲き誇っていた。

荷造りするエーリヒにフェリシアは尋ねる。


「この立派な絵画は…」

といいかけたところで、エーリヒが荷造りしながら話す。


「ああ、この絵画は母の故郷のフロイデバーグの景色だと聞いているよ。昔、母が自分で描いたものらしいんだ」

そう答えられても、フェリシアは絵画を凝視したまま沈黙していた。


黙々と作業を続けていたエーリヒだったが、あまりにもフェリシアが無言のまま絵を見つめているため、首をかしげた。

「えっと……どうかしたかい?」

「この絵画…フロイデバーグではございませんわ…」

エーリヒは一瞬驚くがすぐに否定する。

「えっ?そんなことないよ、母本人が言っていたんだから本当だよ」


しかし、フェリシアはエーリヒに「この国の地図はお持ちかしら?」と尋ねた。エーリヒは渋々自室にあった国の全体地図をフェリシアの前に広げた。彼女は地図を指先で指しながらスラスラと話し始めた。


「フロイデバーグからこのシュヴァルツヴァルト(針葉樹が生い茂る黒い森)は見えませんわ。確かに地図上では隣接しておりますが、実際のフロイデバーグは、この森が広がる『崖の下』に位置しておりますもの。シュヴァルツヴァルトのような針葉樹林の森は他にもございますが、土の色や背後の山脈などの特徴がございます。

この絵画は…湖の大きさと水辺に群生するピンク色の花から推測するに、ここはフロイデバーグより北部に位置するヴァルトゼーヘンあたりでしょうか」


エーリヒはフェリシアの地理学を駆使したロジカルな説明にしばし絶句した。


「えっと…フェリシアはどうしてそこまで土地に詳しいんだい?」

物心がついてから剣術一筋で生きてきたエーリヒは、他領へ旅した経験などほとんどなかったのだ。


「商人の父に、幼い頃から各地へ連れ回されておりましたから。その土地ならではの地形、植生、建造物の特徴はすべて記憶しておりますの」

フェリシアは誇らしげに胸を張り、満足げな笑みを浮かべた。

エーリヒは少し呆れたような顔で呟く。


「母が言い間違えたかもしれない…」

「故郷の景色を言い間違えたりいたしますかしら? わたくし、とても不思議でなりませんわ……何か裏がありそうな気がしてワクワクしてしまいます!」


目を輝かせる彼女に、エーリヒは「商人としての血筋だろうか……」と呆れ半分に溜息をついた。

すぐさま両親へ絵画について尋ねようにも、二人はあいにく地方に出かけており、帰宅は三日後だ。


不安そうな顔を浮かべているエーリヒにフェリシアは楽しそうに提案した。

「では実際にヴァルトゼーヘンとフロイデバーグに行ってみませんこと?王都から馬車で三時間ほどですわ。ちょっとした小旅行ですわね!荷造り作業も…今日書類をざっと見て確認しましたが荷造りも拝見しましたが、エーリヒ様がお持ちになるべきは愛用の剣と整備道具、お召し物くらいしかございませんもの」


確かにいざ荷造りをしてみたが、僕が持参する荷物は限られている。


この一日でフェリシアの指摘間違いがわかるのであればと思い、エーリヒはその提案を承諾した。




「ヴァルトゼーヘンとフロイデバーグは王都から南西に広がる巨大なシュヴァルツヴァルトの東側に位置しておりますの。まずは近いヴァルトゼーヘン行くのが近いですわ」


馬車に揺られながら、フェリシアは楽しそうに旅路を説明する。

王都を出てすぐは、のどかな牧草地や明るい広葉樹の森が広がり、遠くに南西の山並みがうっすらと見えていた。

だが、南西へ進むにつれて車窓の景色は一変する。明るい陽光は遮られ、トウヒやモミといった黒々とした針葉樹が立ち並び始めた。


フェリシアは地図を頼りにヴァルトゼーヘン近くにある湖を目指すように従者に、行き先を示す。


「おそらくもう少しで着くと思いますけど…」

フェリシアが呟くとすでにエーリヒたちの乗る馬車は針葉樹が立ち並ぶ薄暗い湿った景色のなかにいた。


そして樹木の隙間から、静かな湖面が姿を現す。


「ーーーまさか…嘘だろ」

エーリヒは息をのんだ。


そこはなだらかな平地、立ち並ぶ針葉樹、そして湖のほとりに咲き誇る、ベル状のピンクの花々。アシュフォード邸の自室にあった、あの絵画の景色そのものが眼前に広がっていたのだ。


「いかがかしら?」と言わんばかりに、フェリシアが満足げな笑みを浮かべる。

まさか本当に言い当てられるとは思っていなかったエーリヒは、母が言っていた故郷の謎に一気に不安を募らせた。

エーリヒたちは湖近くに馬車を停め、外に出てしばらくあたりを散策した。

その時一人の男性がエーリヒに声をかけた。


「アシュフォード子爵様…!?」

男性はエーリヒをみて驚いた様子であった。


エーリヒにその男性は見覚えがないが、アシュフォード子爵とは父のことだ。男性は自分の父と自分を見間違えたのかと推測した。


「…その名前は私の父です。私は子爵の息子ですが」


「ああ…なるほど…息子様でしたか。最近子爵様をお見かけしないと思いましたが……お父上に代わって墓参りに来られたのですか?」


「墓参り…?」


エーリヒは困惑の表情を浮かべた。父からこの地へ墓参りに行くなどという話はこれまで一度も聞いたことがなかったのだ。

エーリヒの表情を察し、すぐに男性はしまったと言わんばかりに顔を曇らせた。


「私の父が墓参りに来ているとはどういうことか教えていただけないだろうか」


エーリヒの真剣な眼差しに押され、男性はすこし躊躇ったあと静かに口を開いた。


「……子爵様はクララ様の墓参りにここに来られていました。十八年前に亡くなられた、子爵様の先妻様ですよ。子爵様はお子様方が幼い頃に亡くなられたため、クララ様のことは覚えていないだろうと、いつもお一人でお参りされていました」


エーリヒは頭を殴られたかのような衝撃だった。父からも…今の母にもそのような事実を聞かされることなく、実母だと信じて疑わずに暮らしてきた。

(じゃあ……僕が母だと思っていた人は、一体誰なんだ……?)

激しい混乱と不安に襲われるエーリヒの横で、フェリシアがぽつりと呟いた。


「…後妻にあたるソフィア様は、なぜここをフロイデバーグであるとおっしゃったのでしょうか…うーん、不思議でなりませんわ」


重苦しい空気を察しないフェリシアの言葉にエーリヒは思わず「今はそれどころじゃ……!」と声を荒らげそうになる。


事態を把握しようと混乱するエーリヒに男性はある提案をした。


「申し訳ありません、余計なことを喋って混乱させてしまい……。私から話すよりも、クララ様のご実家でお話を聞かれた方がよろしいでしょう。私はそちらで使用人をしております。旦那様に取り次ぎますので、どうぞお屋敷へお越しください」


ここで立ち尽くしていても真相は分からない。そう判断したエーリヒたちは、男性の案内に従い、実母の生家へ向かうことにした。。






次回更新 8/29 15時になります。

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