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地理特定令嬢フェリシアは明かしたい 〜景色から真実を暴いてみせますわ〜  作者: 百松あおい


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3-5. 追跡のデッサン画

翌朝、フェリシアとエーリヒが旅籠のラウンジで静かに朝食を摂っているところへ、レオンが王都から飛び込んできた。その表情は勝利を確信したかのように晴れやかだった。


「ビンゴだぜ! やっぱりシャルタン家は果実酒の醸造所を手広く営む男爵家だった! うちの商会の帳簿を当たったら、過去に何度も取引した記録が残ってたぞ。念のため最新の貴族名鑑も確認したら、ちゃんとエミリーの名も記載されていた!」


一息に捲し立てるレオンに、フェリシアは静かに満足げな笑みを浮かべた。


「さらにだ! 美術品の物流名簿を追ったら、半年前にセドリックの絵画をシャルタン家のカールストゥール本邸へ配送した記録まで残ってた。間違いねぇ、エミリー嬢はセドリックと深関わっている!」


「素晴らしいですわ。これでエミリー様がセドリック様の手がかりを握っていることは確定いたしましたわね」


鮮やかに繋がった情報にフェリシアが頷く。エーリヒは、一晩でここまで正確な情報を引き出してきたレオンの商人としての情報収集能力と行動力に、ただただ舌を巻くばかりだった。


朝食を終えた三人は、すぐさまカールストゥールへ向けて旅立った。プロヴァン領を後にし、母国エルストライヒへと再び足を踏み入れる。車窓の遥か彼方にシュヴァルツヴァルトの深い緑を望みながら、馬車はさらに南へと街道を駆け抜けていく。


「シャルタン家とは年に数回程度の付き合いだが、太い顧客だ。絵画納品の確認という名目で話をつければ、屋敷に取り次いでもらえるはずだぜ」


馬車の中で意気込むレオンの言葉通り、カールストゥールに到着した三人は、その足でシャルタン男爵家の広大な屋敷へと向かった。門番へボルマン商会の名と『納品済みの絵画の状態確認』という名目を告げると、数十分ののち、奥から身なりの整った年配の執事が出迎えた。


「これはこれは、ボルマン商会のご子息様。お久しぶりでございます。半年前に納品いたしました絵画の件でお越しとお聞きいたしましたが……何か不備でもございましたでしょうか?」


「あっ…いやいや! 実はこちらの街に用事がありましてね。近頃、わが商会では高額な油彩画の梱包・保管方法の見直しを行っているのですよ。納品後のキャンバスに湿気などの影響が出ていないか、アフターケアの点検に伺った次第です。 その後いかがでしょう?」

レオンは事前に打合わせた筋書き通り、滑らかな口調で爽やかに微笑んで見せた。


「なるほど、そういうことでしたか。さすがは細やかなボルマン商会様です。ええ、若手画家の描いたあの連作は、エミリーお嬢様が大変いたく気に入られておりましてね。今もご自身の私室に飾られております」


そう言って笑顔を見せた執事だったが、途端に少し困ったような顔で口ごもった。


「……ただ、誠に申し訳ないのですが、現在お嬢様は近く執り行われるご婚約を控えられた大事な時期。身内以外の男性をご自室やお近くへお通しすることが叶いませんでして……」


予想外の障壁に、三人は顔を見合わせた。

「なるほど……それは残念ですね」

肩を落とすレオンに対し、執事は気を遣うように言葉を添えた。


「もし数日ほどこの街にご滞在の予定がおありでしたら…実はシャルタン家やカールストゥールにいるほかの醸造所が今年の果実酒の出来を祝う夜会が明日あるのです。ぜひボルマン様方もご参加なさいませんか?それまでに私どもで、お嬢様の部屋の絵画の状態を確認しておきますので」


願ってもない渡りに船の申し出を受け、三人は礼を述べて屋敷を辞した。



◇



「エミリーご令嬢に接触する足がかりはできたが、肝心のセドリックの野郎の行方はさっぱりだな……」

シャルタン家を離れた通りで、レオンが不満そうに肩をすくめた。


フェリシアはストラスブルクの部屋から集めてきた、数枚のデッサン画を並べて思考を巡らせた。


「……このデッサン画、地上からの視点では描けない構図になっておりますわ。この角度……シャルタン家の屋敷を少し高い位置から俯瞰しておりますでしょう? もしかするとセドリック様は、カールストゥールでも屋敷が見渡せる場所にいらっしゃるのではなくて?」


一瞬で冴え渡るフェリシアの指摘に、レオンの瞳に再びキラキラとした輝きが戻った。


「よし! そうと決まれば手分けして捜索だ! カールストゥールはそう広い街じゃねぇ。絵が描かれた場所に張り付けば、ひょっこり本人と出くわすかもしれねぇぞ! 案内所で街の正確な地図をもらってくる!」


こうして、フェリシアとエーリヒがデッサン画のモデルとなった場所を、レオンが街のランドマークを片端から当たる手分け作戦が始まった。


「先ほどのシャルタン本邸を見下ろせる場所となると……この付近で一番高い建物は、あの教会か……?」

エーリヒが地図とデッサン画を見比べながら見上げる。 二人はシャルタン家の近隣に建つ古い教会へ足を踏み入れ、牧師へ聞き込みを行った。


「画家のような男……? ああ、一ヶ月ほど前でしょうか。二階のテラスから街の風景を描かせてほしいと頼み込んできた青年ならおりましたよ」


牧師の証言により、セドリックが間違いなくこの街に滞在していた形跡が掴めた。二人は礼を言って二階のテラスへ上がってみた。


「確かに、ここからならシャルタン家の屋敷が綺麗に見下ろせますわね……。執事の方のお話と合わせますと、セドリック様はこの街に来てからも、エミリー様にお会いできずにいたのでしょう」


フェリシアが静かに佇み、遠くの屋敷を見つめる。


「いつも同じ場所に留まっているとは限りませんものね。行ける場所を片端から巡ってみましょうか」


教会をあとにした二人は、次のデッサン画へと視線を移した。

「ええと……次はこの葡萄畑と建物が描かれた場所だな。この建物は、街外れの安宿だろうか?」


二人が向かったのは町外れの葡萄畑が見える二階建ての宿だった。一階の食堂からは屋外テラスへ木製のテーブルと椅子が並べられている。


その日当たりの悪いテラスの隅に、一人、みすぼらしい衣服を身にまとった青年が身を丸めて座っていた。彼は外界の音を遮断するかのように、大きめのスケッチブックへ一心不乱に筆を走らせている。


「あっ……あれって……」


エーリヒが息をのんでフェリシアを見る。


「……間違いありませんわね。……エーリヒ様、お声がけをお願いできますかしら?」


苦笑いを浮かべるフェリシアに背中を押され、エーリヒは観念したように前へと進み出た。


「失礼……君は、セドリック・ルーミス殿だね? 君の描いた絵を追って、ストラスブルクから訪ねてきたのだが」


声をかけられた瞬間、青年は弾かれたように跳ね起き、盛大に椅子ごと転げ落ちた。


「ひやぁっ……!? す、すみません! 借金を返せていなくて……! もう少し、もう少しだけ待ってください! 次の絵が売れたら必ず返しますから……っ!」


地面に擦りつけるように土下座をし、がたがたと震えるセドリック。あまりの情けなさに、エーリヒは思わず頭を抱えた。


「いや! 誤解しないでくれ、僕たちは借金取りではないんだ……。君が描いたストラスブルクの三枚の連作を探してここまで来たのだよ。……君の部屋に勝手に入ってしまったことは謝るが、そこにエミリー・シャルタン嬢の肖像画があっただろう? 彼女の足を追っていたら、君に行き着いたというわけだ」


エーリヒが事の経緯をかいつまんで説明すると、エミリーの名が出た瞬間にセドリックの肩が大きく跳ね上がった。


「まったく……もし私たちが部屋からあの肖像画を持ち去らなければ、いずれ借金取りがエミリー様を探し出し、お二人のお関係を問い詰めて大沙汰になっていたところですわよ?」


フェリシアがあたかも「二人のために肖像画を持ち出した」と言わんばかりの澄ました顔で言い放つ。自分が無断で絵を持ち去った罪を華麗にすり替える婚約者の図々しさに、エーリヒは苦笑いを噛み殺すのが精一杯だった。


地面に伏したまま、セドリックはぽつりぽつりと力なく語り始めた。


「……エミリーは、僕の売れない絵をずっと好きでいてくれたんだ。ストラスブルクに別荘があると聞いて、僕はそこを拠点にして密かに彼女と会っていた……。けれど、彼女に急な婚約の話が持ち上がってしまって……彼女はカールストゥールへ連れ戻されてしまった。僕は彼女を追いかけてここまで来たけれど、男爵家の警備は厳しくて、会うことすら叶わなくて……」


自信なさげに俯き、ウジウジと悲恋を嘆くセドリック。その情けない姿を見ているうちに、エーリヒの胸の奥で、静かに熱いものが込み上げていた。


(……身分が違うからと、想いを残したまま諦めるというのか)


脳裏をよぎったのは、昨夜、ストラスブルクの月明かりの下で自分を見上げて微笑んでいたフェリシアの姿だった。 自分たちの関係にも、様々な壁や枠組みが存在している。けれど、彼女の素直な笑顔や、自分を頼ってくれた瞬間の愛おしさを知ってしまった今、エーリヒにはセドリックの諦念が、どうしても他人事には思えなかったのだ。


本来の目的である三枚目の絵の捜索も一瞬頭から吹き飛び、エーリヒは思わずセドリックの肩を力強く掴んでいた。


「君は……このカールストゥールまで来て、本当にこれで満足なのか!? 自分の気持ちに蓋をして、彼女に一言も想いを伝えないまま逃げ帰って……一生後悔しないと言切れるのか!?」


セドリックはおどおどと、弾かれたようにエーリヒの顔を見上げた。まっすぐに見つめ返してくるエーリヒの瞳には、怒りではなく、真摯な優しさと情熱が宿っていた。


「僕は……もう一度だけ、エミリーに会いたい。最後になってもいい、僕の描く絵を愛してくれたこと、僕を救ってくれたことを伝えたいんだ」


弱々しい声ではあったが、セドリックの瞳の奥に確かな決意の火が灯ったのを、エーリヒは見逃さなかった。


「……よし。その言葉が聞ければ十分だ。すぐにレオンと合流して作戦会議をしよう。明日の夜会で、君とエミリー嬢を必ず引き合わせよう」


エーリヒは柔らかく、けれど力強く頷くと、呆然と立ち尽くすセドリックの背中を優しく押して馬車へと促した。


どこか自分の姿を重ね合わせるように熱を帯びていく男二人を前に、取り残されたフェリシアは馬車の隅でぽつりと呟いた。


「……あら? 私たちの本来の目的である三枚目の絵の捜索は、一体どこへ行ってしまいましたの……?」


その可憐な呟きは、セドリックの恋を応援することに一命を賭しているエーリヒの耳には、惜しくも届いていなかった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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