3-3. 画家の行方
「フェリシア!!来るな!」
慌てて玄関へ向かおうとするフェリシアを、エーリヒの制圧するような強い声が制した。
玄関付近で警戒に当たっていたエーリヒは、飛び込んできた男たちとすでに対峙していた。
「セドリック!!!今日こそ借金を返してもらうぞ!!!」
「何のことだ!僕らはセドリックじゃない!」
「へっ…?」
踏み込んだ男が一瞬見せた動揺の隙を、エーリヒは見逃さなかった。長剣の鞘で鋭く突き上げ、相手の手にあったナイフを天井近くまで跳ね飛ばす。間髪入れずに鋭い膝蹴りを腹部に叩き込むと、男は呻き声を上げて床へと倒れ込んだ。
その圧倒的な速さに、控えていたもう一人の男は顔を引きつらせ、慌てて壁際まで後退すると降参を示すように両手を上げた。
「す、すまん! いきなり襲って悪かった!! セドリックが帰ってきたと思って勘違いしたんだ……! 」
だがエーリヒは剣先を突きつけたまま、氷のように冷たい眼光で警戒を解こうとはしなかった。
「おいおい! 一体何事だ!?」
騒ぎを聞きつけたレオンが部屋から飛び出し、玄関で倒れている男を見て目を丸くした。
「レオン、部屋に彼らを拘束できる紐のようなものはあるかい? そこに倒れている男を縛ってほしい。 壁際にいる男は…セドリックについてなにか知っていそうだ」
静かな指示を下すと、エーリヒは生きた心地のしていない男の首根っこを掴み、乱雑な室内へと押し戻した。
「人違いにしてもよぉ、よりによって貴族様に刃物を向けるたぁついてねぇな、お前ら。普通ならその場で斬り捨てられても文句は言えねぇぞ?」
手足を縄で固く縛り上げられた二人の男を前に、レオンが呆れたように呟く。
「セドリックの情報についてこの場で話すのなら地元警備隊に単なる脅迫罪の軽罪 として引き渡してやる」
いつもの穏やかな物腰は完全に影を潜め、かつて王都警備隊に所属していた頃の、相手を圧する厳しい口調でエーリヒが問い詰めた。男は生唾を飲み込み、途切れ途切れに話し始めた。
「……セドリックとは半年ほど前、個展で知り合ったんだ。こいつは金のなる木だと思ったよ。描いた絵がどんどん高値で売れていくからな。ある日、大金が必要だと言い出したあいつに、絵を担保にして金を貸してやったのさ。そうしたら先日、急に姿を消しやがった……。部屋に来たらもぬけの殻でね。この近くを張っていたらテラスに人影が見えたから、てっきり戻ってきたセドリックだと思って……」
「セドリックの行き先に心当たりはないのか?」
エーリヒが尋ねると男性は思い出したかの様に答えた。
「知らん……だが、この部屋によく出入りしていた女がいたな。個展でも見かけた、上品で綺麗な女だ。確か、あいつが消える少し前から見かけなくなった。女のところへ逃げたのかもしれねぇ」
今度はレオンが身を乗り出した。
「俺たちはセドリックの描いた三枚の連作を探してるんだ! 担保にした絵はどうした!?」
「……絵なんてとっくに売っちまったよ。あいつがいなくなってすぐにな。あの若手には熱狂的なファンが何人もいるからな、言い値で売れたぜ」
「おい! 誰にどんな絵を売ったんだ!? この街の景色を描いた絵はあったか!?」
「何枚もまとめて渡されたし、絵の目利きなんて興味ねぇから覚えてねぇよ! エルストライヒの方から来た貴族お抱えの商人にまとめて売った。それ以上の流れて先なんて知るか!」
「くそっ……!!!!」
レオンは膝から崩れ落ちるように床へ手をついた。三枚の絵の最後の一枚はこの部屋に残されているか、手掛かりが得られると踏んでいたのだ。完全に暗礁に乗り上げ、途方に暮れるしかなかった。
◇
これ以上の情報は得られないと判断したエーリヒたちは、約束通り男たちを地元の警備隊へ引き渡した。
その手続きを行っている間、フェリシアは先ほど気になっていた床のデッサン画を拾い集めていた。 厚手の用紙に描かれていたのは、緩やかな斜面に整然と広がる段々畑と、そこにびっしりと植えられた果樹の風景。他の紙片にも、建物の背後にかすかに映り込む同じような段々畑が描かれている。
「……これは、エルストライヒのカールストゥールですわ」
フェリシアの確信に満ちた呟きが静かな室内に響いた。
「この美しい段々畑と、特産である果樹の景観で有名な街ですの。ストラスブルクから南西に三十キロほどの場所にありますわ」
さらに彼女は、部屋の隅で古びた布を被せられていたキャンバスに近づき、その覆いを静かに取り払った。
そこに描かれていたのは、埃を被らないよう大切に保管されていた一人の女性の肖像画だった。柔らかな笑みを浮かべ、澄んだ瞳で正面を見つめる気品ある美女。フェリシアが視線を右下へ落とすと、そこには筆文字で『エミリー・シャルタン』と記されていた。
「先ほどの借金取りの男性が、この部屋に出入りする女性の存在を口にしておられました。個展で絵画を買い取れるのは、それ相応の資産を持った貴族くらいなものですわ 。おそらく、その方こそがこのエミリー・シャルタン嬢……。もし彼女の出身地がカールストゥールであるなら、セドリック様も共にそこへ身を寄せている可能性がありますわ。……まだ、確定的な証拠ではありませんけれど」
フェリシアの深い洞察に基づく推理を聞いたレオンは、しばらく腕を組んで黙り込んでいたが、覚悟を決めた不敵な笑みを浮かべた。
「よし!!俺、一回王都に戻って実家の飲料物流の顧客帳簿を調べてくるわ!エミリー・シャルタンがカールストゥールの貴族令嬢なら、実家は特産の果実酒を扱う大きな醸造所か農園を経営しているはずだ。うちと直接取引がなくても、同業の商人仲間を当たれば一発で身元が割れる! ストラスブルクの旅籠は予約してあるから、二人はそこで待っていてくれ! 」
「美術品だけでなく、飲料の物流まで幅広く手掛けているんだな」
エーリヒが感心したように漏らすと、レオンは誇らしげに胸を張った。
「うちの商会をただの画商だと思うなよ? 高級ワインの樽を傷ひとつつけずに運べる自前の船と馬車網があるからこそ、湿気に弱い高価な絵画も安全に流通させられるんだ。美術品も酒も、上流階級(金持ち)の顧客名簿は全部つながってるからな」
そう言い放つと、「旅籠で落ち合おう!」と言い残し、レオンは風のように部屋を飛び出していった。
嵐のような男が去り、静けさを取り戻した室内で、フェリシアは振り返った。
「エーリヒ様、この肖像画を木枠から外していただけないでしょうか。エミリー嬢を探す手がかりとして、持ち歩きたいのですわ」
「他人の部屋から持ち出すのは、少々泥棒のようで気が引けるのだが……」
「セドリック様ご本人にお会いできた折に、正式に買い取らせていただきましょう」
苦笑しながらも、エーリヒは手際よくキャンバスを木枠から外し、傷がつかないよう丁寧に丸めた。フェリシアもまた、カールストゥールの風景が描かれたデッサン画を慎重にまとめた。
「思いがけない足止めになってしまいましたが……せっかくの機会ですもの、少しの間、休暇だと思って羽を伸ばしましょう」
フェリシアはそう提案し、二人はレオンが予約した旅籠屋に向かった。
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