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地理特定令嬢フェリシアは明かしたい 〜景色から真実を暴いてみせますわ〜  作者: 百松あおい


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3-2. アトリエの場所

「いやー!楽しみだな、ストラスブルク!」


疾走する馬車の中で、レオンが心地よさそうに大笑いした。


後日、ボルマン商会から正式な協力要請が届き、フェリシアとエーリヒは子爵に呼び出されたのだった。


『ボルマン家からご指名だよ。破格の依頼料と旅費まで前払いしてくれてねぇ。ふたりとも、しっかり商会の名誉のために働いておいで。エーリヒ、娘を頼んだよ』


報酬の手厚さに機嫌を良くしたキルシュブルーム子爵の顔を思い出しながら、エーリヒは苦笑いをする。その横でフェリシアは手元の厚紙に視線を落としていた。


「あれ? その紙、どうかしたのか?」


隣に座るエーリヒが覗き込むと、彼女は誇らしげに胸を張った。


「レオンの屋敷にあった二枚の絵を、事前にスケッチしておきましたの。流石に本物の大きな絵画を持ち歩くわけにはいきませんでしょう?」

「なるほど、相変わらず手際が良いな」


彼女の準備の良さに感心しながらも、エーリヒは気になっていた疑問を口にした。


「そういえばレオン、そのセドリックは人気の若手画家だと言っていたが、具体的にはどういった作風の人物なんだい?」


「ああ、あいつはただの風景画家じゃねぇんだ」

レオンは腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「あの野郎が得意なのは、いわゆる『騙し絵』やギミックの効いた仕掛け絵なんだよ。見る者を驚かせるような特殊な描き方をする。前に王都で競り落とされた作品なんて、ちょっとした男爵家の資産並みの値がついたらしいぜ」


言葉の意味を理解したフェリシアとエーリヒは、思わず息をのんで顔を見合わせた。


レオンがなぜあれほどまでに消えた三枚目の捜索に執念を燃やしていたのか、そのカラクリが完全に氷解した。単体でそれほどの価値を生む画家の連作が、もし三枚揃って完全な形で市場に出たならば――その経済的価値は計り知れない。


「……なるほど。強欲な商人が目の色を変えるわけですわね」

「だろ? だからこそ、何が何でもストラスブルクで最後の一枚を見つけ出さなきゃならねぇんだ! 」


そんな会話を交わしながら揺られるうちに、馬車はエルストライヒとプロヴァンの国境検問所へと差し掛かった。


レオンが手際よく書類を提示して入国手続きを済ませ、馬車はいよいよ隣国プロヴァンの領内へと進んでいった。


検問所を抜けた馬車がゆっくりと街道を進むにつれ、車窓の風景は二つの国の文化が密やかに溶け合う、不思議な情景へと移り変わっていった。


ストラスブルクはプロヴァン領でありながら、そこに広がるのはエルストライヒ特有の重厚な木組みの建物たちだ。しかし、壁面はパステルカラーの鮮やかな色彩で彩られ、窓辺には溢れんばかりの花々が咲き誇っている。


掲げられた店舗の看板にはエルストライヒ語の文字が躍り、行き交う人々が交わす明るい挨拶の言葉も聞き馴染みのある母国語だった。異なる文化が出会い、長い歴史の中で育まれたストラスブルクの街並みは、まるで開かれた絵本の世界そのものだった。


「ここに来る前に、ストラスブルクで絵画を取り扱う画廊を調べておいたんだ。まずはそこに行って話を聞いてみようぜ」


レオンの提案に従い、馬車は賑やかな大通りを抜けて目的の画廊へと向かった。一階に店舗を構える古風な佇まいの前で馬車が止まると、三人は降り立ち、重厚な扉をくぐった。


店内には、様々な手法で描かれた色とりどりの油彩画が、壁や太い木柱にびっしりと飾られている。どうやら特定の画家に絞らず、幅広い作品を扱う画商のようだった。


「よう、主人。ここでセドリックという画家の絵は取り扱っているかい?」


レオンが店の奥にいた初老の店主へ声をかける。


「いや、つい最近まであったんだがな、今はもう売れちまったよ。なんだ、お前さんたちもセドリックの絵を探しているのかい?」


レオンが大きく頷くと、店主は顎を擦りながら言葉を続けた。


「三ヶ月ほど前だったか、セドリックはこの街で個展を開いていてね。ちょうどその時に何枚か買い付けたんだが……飛ぶように売れてしまってね」


「そうだったのか! ちなみに、その個展で三枚でひとつの風景になる連作を見かけなかったか? 俺たちは今、その絵を探しているんだが……」


身を乗り出すレオンだったが、店主はあいにくと言わんばかりに首を横に振った。期待を外されてがっくりと肩を落とすレオンに、店主はふっと思い出したようにポンと手を打った。


「その連作とやらは知らんがね、セドリック本人はまだこの街に滞在しているはずだぞ。個展の際に話していたのを聞いたのさ。詳しい場所までは分からんがな…」



◇



「有益な情報が聞けたぜ!まだセドリックはこの街にいるぞ!本人に会えりゃ、自分が描いた三枚の絵の行方も分かるはずだ!」


店を出るなり、レオンは意気揚々と拳を握りしめた。 一方、エーリヒは隣で静まり返っているフェリシアに視線を向ける。彼女は手元にあるスケッチ画をじっと凝視したまま、何かを考え込んでいた。


「フェリシア、どうかしたかい?」

「ええ。少し確かめてみたいことがありますの。実際に、この三本の川が合流する場所へ行ってみたいですわ」


セドリックの滞在先を片端から探す当てもないため、一行はまず、三枚の絵のモデルとなった場所を目指すことにした。画廊からは馬車で目と鼻の先ほどの距離だった。


目的地に到着すると、そこには三本の川が交差する美しい橋が架かっていた。建物の窓辺を彩る鮮やかなガーデニングの花々、川面に反射する木組みの家々のコントラストを、行き交う人々が楽しげに眺めている。


「――まさに、あの絵の通りのロケーションだな」


エーリヒが感嘆の声を漏らす。馬車を降りた三人は辺りを散策し始めたが、フェリシアだけは手元のスケッチと目の前の景色を交互に見比べながら、終始無言を貫いていた。


「……おかしいですわ。この絵の視点、普通に街の通りや橋の上から描いたのでは、どう見てもこのような構図にはなりませんもの」


ポツリと漏らしたフェリシアが、視線を上へと巡らせる。


「どこかの建物の中から描いたとしたら……この角度から見下ろせる場所は……」


彼女の視線を追うように、エーリヒたちも橋の傍らに佇む重厚な石造りのアパートを見上げた。その建物は川に面した部屋ごとに、大きな開放的なテラスが備え付けられている。


「このような大作を描き、かつ保管しておくには、部屋を借り切るしかありませんわ。あのアパートの一角に、彼はいます!」



確信を得た三人はすぐさまアパートのエントランスへ向かい、整然と並ぶ郵便受けを確認した。最上階を示すポストのプレートに、『セドリック・ルーミス』の名が刻まれている。


「ビンゴだぜ! 行ってみようぜ!」

レオンが先立って、年月の刻まれた螺旋階段を威勢よく駆け上がっていった。



「こんな……階段が多い場所、初めてですわ……」


長旅の疲れもあってか、フェリシアは階段の途中でついに足を止め、壁に手をついて肩で息を吐いていた。日頃から知識を蓄えることには長けていても、このような急勾配の階段を登り切る体力は持ち合わせていない。


その華奢な背中を見つめていたエーリヒは、ためらうことなく歩み寄ると、彼女の膝裏と背中にすっと腕を差し入れた。


「え……? あ、ちょっと――っ!?」


次の瞬間、視界がふわりと浮き上がり、フェリシアの口から情けない悲鳴が漏れた。気がついたときには、完全に横抱き――いわゆるお姫様抱っこの体勢で、エーリヒの腕の中に収まっていた。


「エーリヒ様!? 何をなさいますの! 放してくださいませ!」


耳まで真っ赤にしたフェリシアが胸元でわちゃわちゃと暴れ、何か叫んでいる。だがエーリヒはそれを制するように腕の力を少し強め、何事もなかったかのように最上階への階段を登っていった。


「そんなドレスだと登りにくいとも思ってね…」


口から出たのは、至って冷静で理当的な「護衛として」の言葉だった。


初めて抱き上げた彼女は、驚くほど軽かった。それと同時に、衣類越しに伝わってくる体温や、ふわりと香る髪の匂い、何より自分の胸に押し当てられている彼女の小さな鼓動が、ダイレクトに身体へ伝わってくる。


平静を装って前だけを見つめていたが、腕に伝わる確かな柔らかさと華奢な存在に、エーリヒは激しい戸惑いを覚えていた。


「おーい、セドリック・ルーミスさーん!いるなら返事してくれー!」


一足先に到着していたレオンが、最上階の部屋のドアをしきりにノックしていた。しかし、室内からの反応はまったくない。


「どこか出かけてんのかなぁ」


首を傾げたレオンが何気なくドアノブに手をかけると、ガチャリと軽い音が鳴ってあっけなく扉が開いた。鍵がかかっていないようだった。


「セドリックは不在なのかい?」


お姫様抱っこから解放され、まだ顔を赤くしているフェリシアを横目に、エーリヒがレオンに尋ねる。


「わからねぇ。叩いても反応はないし鍵もかかってねぇ……。少し中の様子を見せてもらうか」


三人が恐る恐る足を踏み入れた室内は、まさに異様な光景だった。乱雑に立てかけられた無数のキャンバス、床一面に散らばった厚手の用紙とデッサン画――足の踏み場もない荒れ様に、三人はただ呆然と立ち尽くした。


「……なんという散らかりようですの」


眉をひそめたフェリシアが、足元に気をつけながら室内へ進む。レオンはセドリック名を呼びながら奥へと進み、テラスの方にも出てみたが、やはり人影はなかった。


「どこへ行っちまったんだか。おっと、例の三枚目の絵があるか探さねぇとな」


レオンは髪をかき上げながら、立てかけられたキャンバスを片端から検分し始めた。


その傍らで、フェリシアは床に散らばる厚手用紙の一枚にふと目を留めた。そこに鉛筆で緻密に描かれていたのは、ストラスブルクの風景ではない、全く別の街のスケッチだった。


「これって……」


フェリシアが違和感を口にしようとした――その瞬間。


キンッ!


硬質な金属と金属が激しくぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、直後、玄関の方から男たちの荒々しい争い声が室内に打って変わった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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