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地理特定令嬢フェリシアは明かしたい 〜景色から真実を暴いてみせますわ〜  作者: 百松あおい


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3-1. 不完全な二枚の連作

フェリシアとエーリヒは、キルシュブルーム家の顔繋ぎと人脈づくりのため、王都で催された華やかな夜会に足を運んでいた。


「……やはり、このように人に取り繕うのは苦手ですわ」


慣れない着飾りと社交の空気に気疲れしたフェリシアが、エスコートするエーリヒの腕にそっと寄り添いながら小さく呟く。


「キルシュブルーム家は新興貴族だから、そう身構えてしまうのも無理はないよ。でも単に慣れていないだけさ。君は僕の隣で、ただ微笑んでいてくれればそれで十分だよ」


エーリヒは優しく目を細め、彼女を安心させるように腕へ軽く力を込めた。


会場であるきらびやかな大広間では、煌々としたシャンデリアの下、着飾った紳士淑女たちがグラスを傾けながら優雅に歓談している。エーリヒは古くから交流のある貴族たちへ手際よく声をかけながら、彼女を自身の婚約者として紹介して回った。


「ぜひ、妻の実家となるキルシュブルーム商会も、お見知りおきを」


婿養子としての役割を果たし、実家への宣伝も怠らない抜かりなさに、フェリシアは感心するばかりだった。しかし、あらかたの挨拶を終えた頃には、彼女の微笑みは限界を迎えて今にも引きつりそうになっていた。


そんなフェリシアの限界を察したエーリヒは、苦笑いを浮かべながら彼女を人混みから離れた壁際のソファへ腰掛けさせた。


「飲み物を取ってくるから、少し休んでいて」


彼がグラスが並ぶテーブルへ向かい、フェリシアがひとり息をついていた、その時だった。


一人になった彼女のもとに、ある男性がやってきた。


「よう、フェリシア。ひさしぶりだな!」

「…レオン、お久しぶりね」


フェリシアの氷のように冷ややかな視線を受け止めながらも、豪快に笑う大柄な青年の姿があった。


シャンパングラスを手にして戻ってきたエーリヒは、彼女の傍らに見知らぬ男が親しげに佇んでいるのを目にして、思わず足を止めた。


「フェリシア、これシャンパン…ええと、こちらの方は?」


エーリヒがフェリシアにシャンパンを差し出して尋ねた。


「エーリヒ様。こちらレオン・ボルマン、私の幼馴染ですわ。――レオン、こちらは私の婚約者のエーリヒ様よ 」


双方を引き合わせたフェリシアの言葉に、レオンは信じられないと言わんばかりに目を丸くした。


「はぁ!?お前が!?婚約???あの地理オタク令嬢が???地理にしか興味ないと思ってたわ」


失礼極まりない言いぐさに、フェリシアの眉がぴくりと跳ね上がり、あからさまに不機嫌な顔を覗かせる。


「地理オタクと婚約に何の関係もございませんわ。これは家同士の政略結婚ですもの。レオンこそ、身分が上がっても平民時代の無礼な口調が抜けていらっしゃらないのではなくて?」


普段、家族や使用人以外の大人の男性と口論する姿など見せたことのないフェリシアが、感情を露わにして軽口を叩き合っている。その光景を横で見つめるエーリヒの胸の奥に、不意にうっすらモヤのようなものが立ち込めた。


(……そうだ。僕たちの関係は政略結婚だ。僕には、彼女の幼少期の思い出も、互いに気置けない過去も存在しない)


ヴァルトゼーヘンやハイデルシュタットでの旅を経て、彼女の理解者になった気でいた。しかし、レオンが「昔から商売で行った街の話ばかり聞かされてさ!」とフェリシアと思い出を共有している姿を見ると思わず心がざわついてしまった。


「そうだ、今も絵だけで場所を特定する特技、健在なのか試してみろよ!」


「ええ、いいでしょう。そこまで仰るなら受けて立ちますわ!」


幼馴染の煽りにすっかり乗せられてしまったフェリシアは、その場で啖呵を切って約束を取り付けてしまった。


「フェリシア、本当に大丈夫なのか?」


エーリヒが案じて声をかけると、フェリシアははっと正気に戻ったように肩を落とし、耳まで赤くして俯いた。


「……ついカッとなって、みっともなく感情を出してしまいましたわ。でも、あんな言い方をされては引き下がれませんもの……!」


悔しそうに拳を握りしめる彼女の、普段は見せない素顔。それすらも自分以外の男によって引き出されたものだという事実に、エーリヒはまたしても胸の奥のざらつきを抑えられなかった。



◇



後日、ふたりは約束通りボルマン家の屋敷を訪れていた。


「早速だが、この二枚の絵を見てくれ」


レオンに応接室へ通されると、壁に立てかけられた二枚の油彩画が二人の目を惹きつけた。

一枚目には、三本の川が流れる合間に、この地方特有の木枠を組み込んだ美しい家々が描かれている。二枚目には、街並みの遥か奥に、際立って巨大な大聖堂らしき建造物が威容を誇っていた。


「この絵に、何か謎でも隠されているのか?」

エーリヒが絵画に顔を近づけ、まじまじと観察しながら尋ねる。


「本来、これは三枚でひとつの風景を成す連作なんだ。額の端に『セドリック・ルーミス』のサインがあるだろ? 今、王都のコレクターたちの間で飛ぶように売れている新鋭画家の作品さ」


「では、なぜここには二枚しか存在しないのでしょう?」


フェリシアの至極当然な疑問に、レオンはバツが悪そうに頭の後ろを掻いた。


「……競りで落としたのは俺なんだが、手に入れるまで三枚の連作だって見抜けなかったんだよ。俺の不覚さ。おかげで売りに出そうにも出せなくて困ってる。残りの一枚はこの絵のモデルになった街にあるらしくてな。フェリシア……お前なら、この街がどこか解るか?」


あきれ果てた溜息をひとつ吐きながらも、フェリシアは二枚のキャンバスへと歩み寄った。


凝視する彼女の瞳に、不自然な違和感が引っかかる。空や街並みを描いた絵の具の層が妙に重く、表面には微かな不自然な凹凸が見受けられた。まるで、何かの意図を持って上から塗り潰し、隠したかのような不自然な厚み――。


違和感を思考の隅に留めつつも、彼女は描かれた建物の様式や川の配置へと意識を集中させた。


「この国の地方で見られる、伝統的な木造建築のようだが……」


エーリヒが彼女の横で思案するように呟く。


「……いいえ。ここはこの国の西に接する隣国、プロヴァンのストラスブルクですわ」

フェリシアが断言するように静かに告げた。


「えっ?でも建物の建築様式はこの国、エルストライヒの文化にそっくりじゃないか?」


「ええ、ストラスブルクはエルストライヒとプロヴァンのちょうど国境近くに位置する街ですの。この街は昔から両国で主権が何回も変わっていますわ。そのため両国の文化が融合している街なのです。この建物の間を流れる三本の川と遠くに見えるのがストラスブルク大聖堂でわかりましたわ、間違いありません」


フェリシアのスラスラとした解説が響く室内で、レオンは口元を手で覆ったまま、呆然と固まっていた。


「……レオン?」


覗き込んできたフェリシアの顔を見るや否や、レオンは弾けたように話始めた。


「……よし、実際にストラスブルクへ行くぞ! フェリシア、お前も一緒に来い!」


「ふふっ、望むところですわ! その絵の仕掛け、私が解き明かしてみせます!」


「お、おい、ちょっと待たないか――」


二人の勢いにエーリヒが慌てて制止に入ろうとした瞬間、フェリシアは人差し指をピッと立ててレオンに微笑みかけた。


「で・す・が! 私たちの旅費と正式な鑑定依頼料は、しっかり頂戴いたしますわね?」


「ハッ、商売上手になったじゃねぇか! いいぜ、お前の親父さんにも俺から話を通してやる。ボルマン商会が全額出すって言えば一発OKだろ!」


トントン拍子に話を進める二人のやり取りを前に、エーリヒはただ溜息を吐くことしかできなかった。

今回のエピソードは全五話で終わらせるつもりが七話になってしましました。ぜひ最後までお楽しみください。


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