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第14話 宿縁を紐解く道程

 放課後。

 理科室や実習室が多く入る旧校舎の一階にある『第四準備室』は、むせ返るような熱気と、生徒たちの体温で満ちていた。

 部屋の壁際には、長年放置された石膏像や古い理科の実験器具が無造作に積まれ、埃の匂いと古い紙の匂いが混ざり合って漂っている。

 黒板の前に立っているのは、相変わらずヨレヨレの白衣を羽織り、片手に無糖の缶コーヒーを持った一年の学年主任兼、一年E組担任のヴィクトル・ローレンツだ。

 死んだ魚のような青い瞳で、ずらりと並んだ生徒たちを眺めている。


「……えー。三年生は受験という崇高な使命があるため、この場にいるのは一年生と二年生の各クラス代表、男女二名ずつ。計三十二名ですね」

 ローレンツはだるそうに缶コーヒーを呷り、チョークを手に取った。


「開校八十周年記念企画。この第四準備室を丸ごと一つの巨大な展示空間にします。テーマは、我が霞陵学園の前身である『土浦航空隊』と『予科練』の歴史。そして、教室の中央には九三式中間練習機(赤とんぼ)の1/24の模型を製作し、周囲に歴史的資料をまとめて貰い展示します」


 練習機の模型……その言葉に、生徒たちの間にざわめきが広がった。

 ローレンツが黒板に乱雑な字で役割分担を書き込んでいく。

『一年A〜D組:模型担当』『一年E〜H組:予科練資料担当』

『二年A〜D組:模型担当』『二年E〜H組:土浦航空隊資料担当』


「活動時間は部活完全下校時刻の十八時三十分まで。部活所属者は十七時三十分までここで活動し、その後部活に合流するように。……では、親睦を深めるためにも、手短に自己紹介を……1年A組から」

 担任のヴィクトル・ローレンツが白衣のポケットに手を突っこんだまま、面倒くさそうに進行を丸投げした。

 教室の前方、一角に固まっていた生徒たちが、目配せを交わしながら順に立ち上がり始める。


「はい、俺から行きますね!一年A組の神谷香一です! 人をまとめるのは得意なんで、一年生は気軽に声かけてください。よろしくお願いします!」

 先陣を切った神谷が爽やかな笑顔で頭を下げると、固かった部屋の空気がフッと和らいだ。

「同じくA組の白石莉央です。担当になった仕事は最後まで責任を持ってきっちりやります。よろしくお願いします」

 隣の白石が一切の隙を見せない引き締まった表情で一礼する。

 少し神経質そうではあるが、仕事ができるタイプに見える。


 続いてB組へ。

「……一年B組、桐生洸一。よろしく」

 必要最小限の言葉だけを口にして深々と首を折る桐生。

 その静かな佇まいには、どこか周囲を俯瞰して観察するような鋭さがあった。

「はーい!同じくB組の水野結菜です!みんなで楽しく展示作れたらいいなって思ってます!困ったことあったら何でも言ってねー!」

 ツインテールを揺らしながら、花が咲いたような明るい声で手を振る水野。

 沈黙を守る桐生とのコントラストが鮮やかだ。


「一年C組、相馬玲司だ。よろしくお願いします。」

 眼鏡の奥の目を光らせ、素早く話す相馬。

「C組の篠原美月です……よく、おっとりしてるって言われますけど、中学では美術部だったので、看板とか装飾の作製でお役に立てればと思います」

 柔らかい雰囲気を纏いつつも、芯の強さを感じさせる笑顔で篠原が微笑む。


「一年D組、瀬戸悠真ッス!細かいことは苦手だけど力仕事とか、そういう系の作業なら何でも言ってください! 即効で終わらせます!」

 運動部らしい威勢の良さで胸を叩く瀬戸。

「同じくD組、桜井千紘。瀬戸くんはよく暴走するので、うまく操縦します。よろしくお願いします」

 クールな眼差しで瀬戸の勢いをいなし、ぺこりと頭を下げた桜井の姿に、早くも迷コンビの予感が漂う。


 そして、順番は一年E組へと回ってきた。

「一年E組、海老山蒼汰です。バスケ部です。模型でも資料でも、言われた仕事は全力でこなします!」

「同じくE組、額賀月乃です。バドミントン部です。しっかりと役目を果たしたいと思います!」

 二人は無難に挨拶を終えて着席した。


 続いてF組。

「一年F組の黒川颯太でーす!雑用でも何でもノリと勢いで打ち返します!居心地のいい空間作りに貢献しまーす!」

 お調子者らしくおどけたポーズをとる黒川。

 しかし、その目線はさりげなく部屋全体の雰囲気を探っているようにも見えた。

「F組の高瀬杏奈。やるからには妥協したくないから、変な手抜きしてる人がいたら先輩でもツッコミます」

 腕を組み、負けず嫌いな性格を前面に出して言い放つ高瀬に、黒川が「怖っ!」とおどけてみせる。


「……一年G組、久世直哉です。人と話すのは少し苦手ですが……パソコン作業とかデータの整理なら任せてください」

 少し身を縮めながら小さめの声で話す久世。

「同じくG組の藤崎遥です。久世くんのサポートもしつつ、みんなが作業しやすいように気配りしていきたいと思います」

 落ち着いたお姉さんといった風情で、優しくフォローを入れる藤崎。


 一年生の最後、H組。

「一年H組の三上陽向です。一生懸命がんばりますのでよろしくお願いします!」

 ニコニコとした無邪気な笑顔の三上。

「……H組、榊原澪。よろしく」

 ボブカットの隙間から覗く鋭い瞳で手短に告げ、榊原は静かに着席した。


 後輩たちの挨拶を一通り聞き終え、いよいよ二年生の番となった。

「二年A組、鳴海拓海だ。二年生のまとめ役として、一年生が動きやすいように全体を見ていく。何でも相談してくれ」

 威厳と安心感を兼ね備えた立ち振る舞いで頼もしさを見せる鳴海。

「A組の小泉朱里だよ!固くならずに楽しくやろうね!一年生も遠慮なく頼って!」

 弾けるような笑顔で気さくに声をかける小泉。


「二年B組、西園寺蓮だ。任された役割はきちんとやる。雰囲気を悪くしないためにも、余計な干渉はお互いに無しでいこう」

 優秀ゆえの距離感を感じさせる西園寺の挨拶に、隣の椎名が苦笑いを浮かべる。

「同じくB組の椎名真帆です。西園寺くんはちょっと口数が少ないけれど、根はすごく真面目だから気にしないでね。意見が割れた時は私が間に入るから」

 柔和な笑みで場の空気を取り持つ椎名の協調性に、周囲がほっと胸を撫で下ろす。


「二年C組、サッカー部の高城陸だ!気合で最高の展示作ろうぜ!あ、海老山、部活の合間にここでもよろしくな!」

「あ、はい! 高城先輩、よろしくお願いします!」

 ランニング中によく話しかけてくる高城から振られ、蒼汰は慌てて深々と頭を下げた。

 面識のある先輩がいるのは心強い。


「同じくC組、宮本香澄。みんな、大事なのは数字よ。予算やスケジュールを無視しないでね。私がガチガチに管理するから」

 電卓を取り出しそうな勢いで冷ややかに全体に釘を刺す宮本。


「二年D組、朝倉祐介です。作業で分からないことや力仕事があれば、いつでも言いに来てね」

 温厚な笑みを絶やさず、後輩たちを見渡す朝倉。

「同じくD組の立花紗英よ。やるからには八十周年に相応しい完璧なものを作るわ。スケジュール遅延は許さないからそのつもりで」

 凛とした声で宣言する立花。

 その厳しい言葉の裏には、仕事に対する並々ならぬ責任感が垣間見えた。


「二年E組の御堂圭吾で〜す。まぁ、面倒な仕事はパスしたいのが本音だけど……やるって決まった以上は、ちゃんとやるさ。女の子と共同作業希望かな」

 ひょうひょうとした態度で肩をすくめる御堂。

「同じくE組、芦田佳奈です。御堂くんは口ではそう言いつつ、まじめな自分を照れ隠しで戯けているだけですから安心してくださいね。悩み事があったらいつでも聴きます」

 そんな芦田のフォローに、御堂が「余計なこと言わなくていいから」と頭をかいた。


 そして――二年F組。

「二年F組、真田圭介だ。……一応、バスケ部でキャプテンをやっています」

 立ち上がったのは、長身で鋭い目つきをした男だった。

 霞陵バスケ部の絶対的エースであり、蒼汰にとっては直属の先輩にあたる。

(真田先輩も企画委員だったのか……!)

 厳しい練習で知られるバスケ部だ。

 企画委員と部活の両立で先輩たちから目をつけられないか密かに危惧していた蒼汰だったが、キャプテン自身が参加しているとなれば、部活への遅れも大義名分が立つ。

「同じく二年F組、西園寺詩織です。……圭介くん、部活で忙しいのに……私が無理にお願いしたから……その、ご迷惑はおかけしませんので」

 真田の隣で、透き通るような白い肌をした女生徒が控えめに頭を下げた。

 どこか儚げで病弱そうな彼女は、真田の幼馴染であり恋人だと校内でも噂になっている。

 真田は「気にするな」とぶっきらぼうに呟き、西園寺を気遣うようにそっと着席させた。

 病弱な美人と噂される彼女が、なぜ『文化祭の企画』に真田を巻き込んでまで参加したのか――蒼汰はふと、小さな疑問を抱いた。


「二年G組、蒲田慶介です。プログラミングやデータ解析が得意なので、展示の映像系や機材を担当します」

 大人しい口調ながらも、技術面での絶対的な自信を覗かせる蒲田。

「同じくG組の藤井遥です!難しいことはできないので、いろいろ指示してくれると嬉しいです!特技の空手は黒帯です」

 ニコニコと可愛らしい笑顔で物騒な特技を告げる藤井に、男子生徒たちが一瞬身を引いた。


 最後は、強烈な存在感を放つ二年H組の二人だ。

「二年H組、十五太助だ。特に旧日本海軍の航空発達史、および予科練の編成・運用実績に関する戦史資料の収集・考証を担当させてもらう。模型のスケール感や兵装の細部についても妥協は許さない」

 眼鏡の位置を直しながら、一息に専門用語を捲し立てる十五。

 根っからのミリタリーオタクである彼の眼光は熱い。

 

 そして、その隣に立ったのは、黒髪ロングの息をのむような美しい少女だった……ただ、前髪で顔が隠れすぎていて……怖い。

「同じくH組、女子バスケ部所属、妖狐原麒麟。……趣味はゾンビと心霊……。ちなみに最近の悩みは『ゾンビクライム7』のハードモードがクリアできないことだ。アドバイスを求む」

 端正なモデル顔負けの容姿から繰り出される、重度の心霊・ゾンビマニア発言。

 室内には何とも言えない微妙な静寂が広がり、生徒たちが「うわあ……」という表情で視線を泳がせた。

 ……いわゆる“がっかり美少女”である。

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