7.彷徨う2人〜過去5〜
学園を追放された翌日。
男爵家の空気は完全に変わっていた。
使用人達は露骨にリリア達を避け、陰でひそひそと囁き合っている。
「盗作犯の親子。」
「家まで評判が落ちた。」
「男爵様も被害者よね。」
聞こえないふりをしても、言葉は耳に刺さった。
リリアは俯きながら母エミリアの後ろを歩く。
「・・・お母さん。」
「大丈夫よ。」
エミリアは無理に笑った。
でもその顔は疲れ切っていた。
目の下には濃い隈。
ここ数日ほとんど眠れていないのだろう。
リリアは胸が苦しくなった。
「(私のせいだ。)」
自分が嫌われたから。
自分が追放されたから。
お母さんまで苦しんでいる。
その時だった。
「・・・エミリア。」
振り返ると、そこには男爵が立っていた。
以前は優しかった義父。
だが今の彼の顔には疲労と苛立ちしか無い。
「あなた・・・。」
エミリアが不安そうに夫を見る。
男爵は少し沈黙した後、重々しく口を開いた。
「もう限界だ。」
エミリアの肩が震えた。
「毎日抗議文が届く。取引先も離れていった。」
苦しそうな声。
「リリアの件で家の評判は地に落ちた。」
「で、でもリリアは——」
「やめてくれ。」
男爵は顔を歪めた。
「もう庇いきれない。」
リリアの胸がぎゅっと締め付けられる。
「だから・・・離縁する。」
その言葉に、空気が止まった。
「・・・っ。」
エミリアの顔から血の気が引く。
「あなた・・・。」
「金は少し渡す。」
男爵は目を逸らした。
「だが今日中に出て行ってくれ。」
リリアは呆然と義父を見つめた。
何も言えない。
頭が真っ白だった。
エミリアは唇を震わせながら、それでも深々と頭を下げた。
「・・・今まで、お世話になりました。」
その声は震えていた。
その日の夕方。
リリアとエミリアは屋敷を追い出された。
荷物は少しだけ。
お金もほとんど無い。
通りを歩く人々は、二人を見ると嫌そうに顔をしかめた。
「見ろよ。」
「あの盗作女だ。」
「親まで追い出されたんだ。」
笑い声。
蔑み。
リリアは俯いた。
「……ごめんなさい。」
「謝らないで。」
エミリアは娘の手を握る。
「貴女は悪くないわ。」
でも。
その手は冷たかった。
夜。
二人は安宿を探して王都を歩いていた。
だが。
「空いてません。」
「帰ってください。」
「問題を起こされたら困りますので。」
どこへ行っても断られた。
盗作犯の娘。
その噂は王都中へ広がっていた。
雨が降り始める。冷たい雨だった。リリアは濡れた母を見て胸が痛んだ。
「お母さん・・・。」
「大丈夫よ。」
エミリアは笑おうとする。
でもその顔は限界だった。
その時。
「お困りですかな?」
突然、男が声をかけてきた。
黒い帽子を被った中年男。
にこにこと愛想の良い笑みを浮かべていた。
「宿をお探しで?」
エミリアが顔を上げる。
「・・・はい。」
「それはお気の毒に。」
男は優しげに頷いた。
「実は知り合いの宿がありましてね。事情がある方でも泊めてくれる場所なんですよ。」
リリアの目がぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですか!?」
「ええもちろん。」
男は笑った。
「女性二人では危険でしょう。案内しますよ。」
エミリアは一瞬迷った。
だが他に選択肢は無かった。
「・・・お願いします。」
「ではこちらへ。」
男は暗い路地へ入っていく。
リリア達はその後を追った。
そして。
それが地獄の始まりだった。
「っ!?」
突然、後ろから口を塞ごうと布が口元にあたる。
リリアは目を見開いた。
複数の男達。
「離してっ……!!」
エミリアが叫ぶ。
だが腹を殴られ、その場に崩れ落ちた。
「お母さん!!」
「静かにしろ。」
男達は乱暴に二人を縄で縛る。
リリアは恐怖で震えた。
「やだ・・・!離して!ムグゥ!・・・・!」
「高く売れそうだ。」
「母親もまだ十分いけるな。」
下卑た笑い声。
リリアは初めて理解した。
人攫い。
自分達は騙されたのだと。
「(誰か助けてぇっ!!!)」
連れて来られた場所。
そこは薄暗く、酒と香水と汗の臭いが混ざった異様な建物だった。
派手な化粧の女達。酔っ払った男達。下品な笑い声。
リリアは本能的に理解する。
ここは危険な場所だと。
「新入りか。」
奥から太った男が現れる。
娼館のオーナーだった。
ギラギラした目でリリア達を値踏みする。
「娘の方は上玉だな。」
その瞬間。
エミリアがリリアを抱き締めた。
「お願いです!!」
泣きながら叫ぶ。
「この子に手は出さないでください!!」
エミリアにはここが何処かわかっているようだった。
オーナーは目を細めた。
「ほぉ?」
「私がその分働きます!だからこの子だけは・・・!」
必死だった。
母親として。
娘だけは守りたかった。
オーナーはしばらく考えた後、ニヤリと笑った。
「いいだろう。」
エミリアの顔に希望が浮かぶ。
だが次の言葉で凍りついた。
「その代わり、お前には他の娼婦三人分働いてもらう。」
「・・・っ。」
「できないとは言わせねぇぞ?」
リリアは青ざめた。
「お母さん・・・。」
エミリアは震えながら娘を抱き締める。
「大丈夫。」
泣きそうな声だった。
「お母さんが守るから。」
リリアは何も言えなかった。
ただ、猛烈に嫌な予感だけが胸に広がっていった。




