番外編.淡白な母子〜元悪役令嬢と元王子〜
「ライアン様よー!」
「ライアン様ぁ!」
「素敵!執事様は今日も美しいわ!」
「ライアン様!私とどうですかぁ?サービスしますわよぉ!」
「私なんて無料でサービスしますわよ!」
「ライアン様ー!」
化粧の濃い煌びやかな女性たちに囲まれながら歩くのは、帝王直属の執事ライアンだった。
整った顔立ちに穏やかな笑み。
その人気は帝都中に知れ渡っている。
特に女性からの人気は凄まじかった。
「あははは・・・結構です。」
顔を引きつらせながらも慣れた様子で女性たちをかわしていく。
そして娼館の最奥にある豪華な扉の前で立ち止まった。
コンコン。
「母さん、今月の税の徴収に参りました。」
「入りな。」
不機嫌そうな声が返ってくる。
ライアンが扉を開けると、そこにはカテリーナがいた。
若い頃は絶世の美女と呼ばれていたが、今ではすっかりふくよかにで別人になっている。
だが代わりに身につけたのは、帝国一の高級娼館を築き上げた経営者としての圧倒的な貫禄だった。
豪華な椅子にふんぞり返りながらキセルを吹かしている。
「あの女・・・。」
カテリーナは煙を吐いた。
「実の息子に税の徴収をさせるなんて性格が悪いったらありゃしないよ。」
「母さんが毎回渋るからでしょう。」
ライアンは呆れたように言う。
「それに『あの女』じゃありません。リリア様です。」
「様なんて呼ぶぐらいなら死んでやる。」
即答だった。
「あの女に父親を殺されたってのに、お前にはプライドってもんがないのかい?お前は元王子なんだよ。」
「何十年前の話ですか。」
ライアンは肩をすくめる。
「三歳の頃のことなんてほとんど覚えてませんよ。」
ライアンはルシウスやリリアの影響で、歳を取らないので実年齢より若く見えていた。
「あの世でライアスも泣いてるよ。どうでもいいけど。」
「相変わらず父を愛していたのか憎んでいたのかわからない人ですね。」
「ふん。」
カテリーナは鼻を鳴らした。
「あいつは私を助けようともせず、ただ突っ立っていただけだからね。」
「その割には大成功しましたけど。」
ライアンは部屋を見回す。
「今では娼館のオーナーですからね。」
「娼館じゃない。帝国一の高級娼館だ。」
「そこ重要ですか?」
「重要だ。」
カテリーナは胸を張る。
「王都では伝説になってるんですよ。」
「何がだい?」
「嫌われ元王太子妃の成り上がり物語です。」
「売れてるのかい?」
「かなり。」
「ならいい。」
「良くないですよ。」
ライアンはため息をつく。
「王都歩いてると聞かれるんですから。」
「人気者の母親を持つと苦労するねぇ。」
「全然反省してませんね。」
「するわけないだろ。」
「たまにリリア様のファンに怒られるんですよ!母親を反省させろって!」
「ふんっ!してたまるか。」
カテリーナは鼻で笑った。
「リリアに言っときな。税を徴収するなら金になる客を寄越せって。」
「言えるわけないでしょう!」
「チッ!」
カテリーナは金庫を開ける。
そして金貨がぎっしり詰まった袋を机の上に置いた。
「ほらよ。」
「はい。確かに受け取りました。」
ライアンが確認していると、カテリーナがニヤニヤしながら言った。
「そういえばお前。」
「なんです?」
「リリアのことが好きなんだろ。」
「ぶっ!!」
ライアンは盛大にむせた。
「なななな何を言ってるんですか!」
顔が真っ赤になる。
カテリーナは面白そうに笑った。
「はぁ~・・・。」
カテリーナは大きなため息を吐く。
「あの女、本当に私から全部奪っちまったよ。」
カテリーナはキセルを咥える。
「王太子妃の地位、名誉、人生。」
煙を吐いた。
「ついでに息子のハートまで。」
「違います!」
「はいはい。」
「もう帰ります!」
ライアンが踵を返した、その時だった。
バンッ!!
扉が勢いよく開いた。
「ライアン無事!?」
飛び込んできたのは第一皇女アリアだった。
ピンク色の髪と瞳。
若い頃のリリアによく似た容姿をしている。
「アリア様!」
ライアンは頭を抱えた。
「何度も申し上げていますよね!?こんな場所に来てはいけません!」
「だってライアンが帰ってこないんだもん!」
「僕は仕事中です!」
アリアは当然のようにライアンの腕に抱きつく。
そんな二人を見ながら、カテリーナは呆れたように煙を吐いた。
「安心しな、小娘。」
「え?」
「ライアンの童貞は無事だよ。」
「母さん!!」
ライアンが悲鳴を上げる。
「本当!?」
アリアの顔がぱっと明るくなった。
「良かったぁ!」
「良くありません!」
「教えてくれてありがとう、おばさん!」
「オーナーと呼びな。」
「ありがとうオーナー!」
「返事だけはいいねぇ。」
ライアンは頭を抱えた。
「ああもう!アリア様、帰りますよ!」
「はーい!」
アリアは嬉しそうにライアンの腕に抱きついたまま部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静寂が戻った。
カテリーナはキセルを吹かしながら窓の外を見た。
「ふん。」
リリアは嫌いだ。
今でも嫌いだ。
たぶん死ぬまで嫌いだろう。
今だに外を歩いていると、『反省しろ』と物を投げられる。
だが反省など絶対しない。
リリアと最後にあった日、カテリーナは平気そうにみえたが、平気そうなフリをしているだけだった。
この娼婦という仕事を好き好んでいるように見ただろう。
まるで天職のように見えただろう。
本当は違った。
何人、何百人男達の相手をしているが、全てを奪われた悔しさで乗り切っただけだった。
何度も、何度も泣いた。声を出さないように。
そうして生きていくうちに、帝都一の高級娼館のオーナーになっていた。
だが人生というものは本当にわからない。
かつて憎んだ女の息子に育てられたような男と。
その女の娘が恋をしている。
なんとも皮肉な話だった。
「リリアと親戚になるなんて、まっぴらごめんだね。」
そう呟きながら煙を吐く。
だが口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。
「まったく・・・人生色々あるもんだよ。」
帝国一の高級娼館のオーナーとなったカテリーナは、今日もキセルを吹かすのだった。




