68.ライアスルート5〜過去から未来14〜
ライアスの執務室の扉が勢いよく開いた。
バンッ!
「ライアス!」
突然飛び込んできたリリアに、書類仕事をしていたライアスは目を丸くする。
「ど、どうしたんだ!?そんなに慌てて。」
リリアは肩で息をしていた。
頬も少し赤い。
よほど急いで来たらしい。
そして。
「告白された!」
ライアスの手が止まった。
「・・・は?」
「告白されたの!」
「誰に?」
「ノアとアルベルトとセドリック!」
「はぁ!?」
ライアスが立ち上がる。
椅子が大きな音を立てた。
リリアはさらに追い打ちをかける。
「結婚するかもしれない!」
「はぁ!?」
今日二度目だった。
「とりあえずノアと付き合ってみる!」
そう言ってリリアは踵を返す。
「じゃあね!」
「待て!」
ライアスが思わず叫んだ。
リリアは心の中でガッツポーズをする。
「(かかった!)」
だが表情には出さない。
振り返る。
「何?」
「その三人と付き合うのはやめてくれ!」
「何で?」
「何でって・・・!」
「顔はいいじゃない。」
「顔はな・・・だが。」
「性格はちょっとアレだけど。」
「そこは否定しないんだな!?」
リリアは腕を組んだ。
「じゃあ何よ。ちゃんと言って。私、わかんないから。」
ライアスは言葉に詰まる。
「俺は・・・俺は・・・・・!」
何度も口を開く。
だが続かない。
リリアはそこで気付いた。
ライアスが苦しそうだった。
五年間ずっと見てきた顔。
何かを抱え込んでいる人の顔。
だから少しだけ声を和らげた。
「ライアス、無理に言わなくても――」
「いや。」
ライアスは首を振った。
「もう逃げたくない。」
静かな声だった。
「五年間も君を困らせた。」
「・・・・・。」
「曖昧なままにしてきた。」
ライアスは真っ直ぐリリアを見る。
「だから聞いてほしい。」
リリアは頷いた。
「うん。」
ライアスは全てを話した。
前世のこと。
カテリーナを信じたこと。
リリアを傷付けて追い詰めたこと。
復讐されたこと。
処刑されたこと。
そして。
ライアンのこと。
「ライアンは俺の全てだった。」
ライアスの声は震えていた。
「命より大事だった。」
リリアは黙って聞いている。
「俺はカテリーナの事は、前世で復讐されてからは愛してなかった。でも今世になってもライアンは愛していた。」
少しだけ目を伏せる。
「今世でまたライアンに会えるならそれでよかった。父親でいられるならそれでよかった。だからカテリーナに婚約者として振る舞った。愛してなくても優しくはできるから。」
ライアスは苦しそうに言う。
「なのに全部失った。」
「・・・。」
「ライアンにはもう会えない。二度と。」
拳を握る。
「しばらく毎晩泣いたよ・・・今でも、夜に思い出すとたまに泣きたくなる。」
リリアの胸が締め付けられた。
ようやく分かった。
ライアスが抱えていた痛みが。
「私のせい・・・?」
思わず口から出た。
「ライアンくんに会えなくなったの。」
ライアスは即座に首を振る。
「違う。」
そして優しくリリアの手を握った。
「カテリーナは君に会う前から破滅へ向かっていた。俺は何度も止めた。でも止まらなかった。前世の事を言えばよかったけど、言えなかった。」
ライアスは小さく笑った。
「だから君のせいじゃない。」
リリアの目から涙が零れる。
「私の告白に答えられなかったのは。ライアンくんが心の中にいるから?」
ライアスは頷いた。
「そうだ。君といると楽しい、君が笑うと嬉しい、もっと一緒にいたいと思う。でも――」
ライアスは苦しそうだった。
「ライアンを忘れそうになるんだ。忘れたくないのに。」
リリアは黙って続きを待った。
ライアスは震える息を吐く。
「ライアンは俺の全てだった。だから怖かった。もし君を愛したら、もし君との未来を望んだら、ライアンとの思い出が薄れていくんじゃないかって。」
ライアスは拳を強く握る。
「でも今日、君が誰かに取られるかもしれないって聞いた時、頭が真っ白になった。ライアンのことも、前世のことも、何も考えられなくなった。」
リリアは息を呑んだ。
ライアスは真っ直ぐ彼女を見る。
「リリア、ライアンとの思い出は大事だ。これからも忘れない。忘れるつもりもない。でも・・・。」
まるで迷子になった子供のような顔で言った。
「ライアンは許してくれるかな・・・。」
リリアの瞳が揺れた。
「俺が幸せになっても、君を愛しても、たまにしかライアンを思い出さなくなっても、許してくれるかな・・・。」
ライアスの目から涙が溢れそうになる。
「父親失格だって言われないかな。忘れないって誓ったのに、それでも君と一緒にいたいって思ってしまった。ライアンは怒るかな・・・。」
リリアの目からも涙が溢れた。
彼はずっと、五年間ずっと、前世への息子への愛と、自分への想いの間で苦しんでいたのだ。
リリアはライアスの両手を握る。
「大丈夫。」
ライアスが顔を上げた。
「ライアンくんは怒らないよ。」
「・・・どうしてそう思うんだ?」
「だってライアンくんはライアスの息子でしょ?」
リリアは涙を流しながら笑った。
「きっと優しくて。きっとお父さんのことが大好きで。だから絶対に言うよ。」
優しく微笑む。
「お父さん、幸せになってねって。」
その瞬間。
ライアスの涙が決壊した。
「っ・・・ライアン・・・!」
震える声が漏れる。
「優しい子だったんだ。本当に、優しい子だった・・・!」
リリアはさらに手を握る。
「ねぇ。私にもライアンくんの話を聞かせて!」
ライアスが目を瞬く。
「え?」
「いっぱい聞かせて。私も覚える。二人で覚えていれば忘れないでしょ?」
ライアスは泣きながら笑った。
「そうだな・・・ありがとう。」
そして、ライアスはゆっくりと跪いた。
リリアが目を見開く。
「五年待たせた、ごめん。」
ライアスは真っ直ぐリリアを見上げる。
「リリア。」
「うん。」
「俺と付き合ってください。」
一瞬止まる。
そして首を振った。
「違う。」
ライアスは涙を拭った。
「俺と結婚してください。」
リリアの目が大きく見開かれる。
そして次の瞬間。
「嬉しい!!」
リリアは勢いよくライアスへ抱き付いた。
「私も!私もライアスと結婚したい!!」
ライアスは笑った。心の底から。
リリアを抱き上げる。
くるりと回る。
「ライアス大好き!」
「俺も。」
二人は深い口付けを交わした。
長い遠回りの末に。
ようやく、結ばれたのだった。
数か月後。
ノア商会主催による盛大な結婚式が帝都で行われた。
会場には帝国中の有力者や商人達が集まり、二人の門出を祝福していた。
その様子を少し離れた場所から見ていたノアが肩をすくめる。
「僕ら3人とも失恋しましたね。」
隣にいたセドリックは豪快に笑った。
「まぁな。でも嫌な気はしねぇよ。」
「そうですね。」
ノアも苦笑する。
セドリックは幸せそうな新郎新婦を見ながら続けた。
「リリアがライアスのことで頭抱えて悩んでた頃を思うと、こうなるのが一番だったんだろうな。」
アルベルトはシャンパンを口に運びながら鼻で笑った。
「五年間も両想いで足踏みしてたんだ。むしろ遅すぎる。」
「それは本当にそうですね。」
「まったくだ。」
3人は顔を見合わせる。
そして。
「幸せになれよ。」
誰ともなく呟いた。
その言葉は祝福の拍手に紛れて消えていった。
それから二年後。
リリアは一人の男の子を出産した。
小さな産声が響く。
ライアスは震える手で我が子を抱いた。
そして、その瞬間。
目を見開いた。
金色の髪。碧い瞳。
まだ赤ん坊なのに、自分によく似ている。
もちろん分かっている。
この子は前世のライアンではない。別人だ。
それでもなぜだろう。
胸の奥が熱くなる。
まるで長い長い旅の果てに、もう二度と会えないと思っていた大切な存在と再会したような気持ちになった。
「ライアン・・・。」
ぽつりと零れた言葉。
次の瞬間、ライアスの目から大量の涙が溢れ出した。
「うぅ・・・っ。」
「ライアス?」
ベッドの上のリリアが呆れたように笑う。
「あなた・・・泣きすぎよ。」
そう言いながら。
リリア自身も涙を流していた。
ライアスは赤ん坊を見つめたまま涙を止められない。
前世。愛していた息子。二度と会えないと思っていた存在。
もちろん違う。
この子はライアンではない。
それでも、この子を見ていると。
ライアンがくれた幸せも。
ライアンと過ごした日々も。
全部肯定された気がした。
「ありがとう・・・。」
誰に向けた言葉なのか。
ライアス自身にも分からなかった。
リリアは優しく微笑む。
「名前、あなたが決めて。」
ライアスは小さな頭を優しく撫でた。
そして、少しだけ震える声で言う。
「この子の名前は――ライアン。」
涙を拭いながら笑った。
「ライアンだ。」
リリアも微笑む。
「素敵な名前ね。ライアン。」
ライアスとリリアは何度もその名前を口にした。
まるで宝物を確かめるように。
そして夫婦は顔を見合わせる。
二人とも泣いていた。
二人とも笑っていた。
幸せを噛みしめるように。
その様子を。
誰にも気付かれず見守る存在がいた。
窓の外。少し離れた場所。
元ヒロインは腕を組みながら苦笑していた。
「あーあ。こっちも幸せになっちゃったか。」
ライアスが泣きながら赤ん坊を抱いている。
リリアがそれを見て泣ながら笑っている。
元ヒロインは小さく笑った。
「でも悪役令嬢は結局、自分で破滅を選んじゃった。人生って難しいなぁ。」
しみじみと呟く。
そして幸せそうな家族を見つめながら優しく笑った。
「頑張ったね、ライアスくん。正直ちょっと見直したよ。」
彼女は背を向ける。
役目は終わった。
もうこの世界は大丈夫だ。
「さて帰ろっと。これ以上見てたらリリアに見つかって説教されそうだし。」
くすりと笑う。
そして最後に一度だけ振り返った。
幸せそうな3人の姿。
それを目に焼き付ける。
「お幸せに。」
その言葉を残し。
元ヒロインは静かに自分の世界へと帰っていった。




